第78話

 戻って来たたった十名足らずの者たちの姿に、王や王妃たち王族、そしてカルフォン公爵に激震が走った。余りにも満身創痍であり、余りにも怯え切っているその姿に、一体何があったのだと誰もが思った。

 それと同時に、王とカルファン公爵の脳裏に、『賢者』ジャック・デュバルの直談判と進言の内容を思い出す。王もカルファン公爵も、賢者が年老いた事で魔境を必要以上に恐れ、耄碌したのではないのかと内心思っていた。

 幾ら長年王城や王族を守護してきたとはいえ、耄碌したと思われる様な者を王城に置いていくわけにはいかない。それが、最強の魔法使いと称されている賢者ならばなおさら。本格的にボケた時に、その最強の力が周囲へと揮われたらたまったものではないからだ。だからこそ、職を辞すると賢者が伝えてきた時に、それを簡単に認めたのだ。

 しかし賢者が耄碌しておらず、あの時、あの場でただ一人だけ正しい事を進言していたとしたら…………。王とカルフォン公爵の心の中に、そんな思いが急速に増大していく。


「一体、何があったの…………」

「あ、あの場所は!!け、決して、……生易しい場所などでは、な、なかったのです」

「け、賢者様が、……正しかった!!」

「ま、魔境には、もっと多くの強い者たちを連れていくべきだったんです!!そうすれば……」

「…………地獄だ。あそこはまさしく、魔物たちの楽園だった」

「仲間が、…………目の前で喰われて……。我々は……何も…………出来なかった」


 王の言葉を遮るという不敬を犯しながらも、王族やカルフォン公爵家の戦力魔法使いや魔法剣士たちは、止まる事なく喋りつづける。それは報告とは言えない内容ばかりではあったが、所々に聞こえてくる言葉の端々から、如何に魔境と言う場所が恐ろしい地であったかというのは伝わってきた。

 戻ってきて暫くは、魔法使いや魔法剣士たちは精神的に不安定になっていたが、王都や王城に戻って来た事で安心の気持ちが強くなってきたのか、徐々に落ち着き始めてきた。そして、落ち着きを取り戻してきた者たちから語られた魔境での戦いは、凄惨を極めたものであった。

 生々しく語られる戦闘、仲間が喰われて死んでいく様子などを、事細かに報告されていく事に気分が悪くなっていく。玉座の間にいた大臣たちや文官・学者たちなども、嬉しい報告や興味深い報告が聞けると思っていた。だが蓋を開けば、聞かされたのは短いながらも吐き気を催す程の、死と生のせめぎ合いの物語だった。

 そして魔境で起こった全てを語り終えた魔法使いたちは、やり遂げた様にフッと気が抜けて気を失って倒れていく。大臣たちや文官・学者たちも気分が悪くなる者が続出し、不敬と分かってはいるものの、耐え切れずに玉座の間から退出していってしまう。

 報告の全てを聞き終えた王や王妃たち王族、そしてカルフォン公爵は、自分たちが安易に手を出してはいけない場所に手を出したのだと、事ここに至りハッキリと理解した。

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