第64話

 満面の笑顔で桃を食べながらも、終始無言の女性陣。切り分けられた一切れ一切れをゆっくりと口に運んでいき、その美味しさや効能を噛みしめている様に見える。その姿は、母さんや叔母さんたちが桃を食べる時とそっくりだ。

 そして桃を食べ終わった三人は、長く深く息を吐いて、‟若返りの桃”を十二分に堪能し終わった様だ。桃を食べ終わった三人の肌艶が心なしか、非常に良くなっている様にも見える。


「流石は、桃の中でも最高位に位置する‟若返りの桃”。効能を抜きに考えても、味もさることながら香りに瑞々しさなど、果物としても最高級なのは間違いありません」

「私もそう思います。それに、もの凄い甘いのも良いですね」

「それに皮まで美味しいなんて、もう普通の桃では満足できませんね」


 クララ嬢のその言葉に、アンナ公爵夫人とイザベラ嬢はウンウンと頷いて同意を示している。三人共ご満悦の様で、もうニッコニコの笑顔のままだ。


「皆さん味見の結果はどうでしたか?これなら誕生日の贈り物に相応しいですか?」

「ええ、間違いなく喜ばれるでしょう」

「マルグリット様が喜ぶ姿が目に浮かぶわ」

「そうね。マルグリット様も女性だから、この桃を贈り物としてもらえるのなら嬉しいでしょうね」

「ではこの‟若返りの桃”を使って、?」

「「「!?」」」


 俺の口から出た発言に、三人共衝撃を受けた様に固まってしまう。しかし流石は経験豊富な公爵夫人、直ぐに我に返って俺の発言から様々な事を脳内で想定し、今後の動きを色々考え始めた。

 アンナ公爵夫人に遅れる事数十秒、イザベラ嬢もクララ嬢も我に返って、アンナ公爵夫人と同じ様に色々と考えを巡らせ始める。アンナ公爵夫人とイザベラ嬢たちでは、交渉する相手の年齢に差はあるだろうが、それでも同じ女性である事には違いない。

 そして年齢は違えど同じ女性、この‟若返りの桃”の持つ暴力的なまで魅惑の力には、余程強靭な意志を持つ者以外は抗えないだろう。極論を言えば、この国の全ての女性を、こちらの味方に引き入れいる事が出来るかもしれないという事だ。


「…………所属する派閥の関係で、絶対に味方にはならないという人たちもいるかもしれないけれど、中立を維持している人たちとは協力関係を結べるかもしれないわね」

「私たちの方も、同じ様にどこの派閥にも属していない女生徒たちと、協力関係を結べると思うわ」

「それから、ここ最近のマルグリット様とナタリーさんの様子を見て、考えを改めた子たちにも効果があるかもしれないわね」

「という事は、この桃は食べ物としても政治的に考えても、十分利用価値があるという事でよろしいですか?」

「両方の意味でも、間違いなく価値があると断言してもいいわ。それこそマルグリットとナタリーを守るのに、これ以上ない程の武器になると言ってもいい」


 社交界の頂点の一角に君臨し、海千山千うみせんやませんの貴族や商人たちと渡り合ってきたアンナ公爵夫人の太鼓判に、俺は笑みを浮かべた。

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