12『 不可視の証 』

那住錆

想起する

「―ー、―ふっ、 ごっ、ろ、」



 口内で粘膜同士が張り付き唾液を欲する。からからになった喉が水分を求めて、意識を覚醒させる。もぞりもぞり。欲求に抗って瞼を閉じたまま、鉛のような重い体を揺らす。ぼすっ。背中に人肌を感じる。どうやら、風邪の兆候が見え宵寝した間に、来訪者が現れたようだ。


 夢うつつな瞼に力を入れ、両眼を二へと形作る。カーテンの隙間からさす薄明かりをよすがに、布団の上へ手を這わせ覚醒を探し求める。携帯から発せられる眩しい電光が半睡状態をいたぶる様に刺激し、頭がくらくらする。

 真横の男は、いつも真夜中を超えると瞼をとろり垂れさせる。目尻を一倍下げ乳臭い表情が脳裏に浮かび、ふっと鼻から息を漏らし薄く唇を開く。そろりそろり。起こさぬように外れかけていた腕の中からじわじわ抜け出す。起こした体を振り返り、男の喉仏を愛部する。小さな寝息を立て夢路を辿っている姿が、頬を緩ませ目尻に皺を作る。

 


 視界が霞み距離感を掴みにくい。ーーしくった。眼鏡の存在を気づくよりも先に、心許ない携帯の灯りに導かれリビングへと到着する。部屋の電気を付けるのも億劫だ。冷蔵庫へ向かい水を取り出し喉を潤す。

 衣ずれの音を部屋に響かせ気怠い体を引きずり、ソファへとを腰を下ろしテレビをつける。びくり。肩を仰け反らせ慌てて音量を下げる。暗闇の中で眩い色が舞い遊ぶ。箱の中で動く人形達のお喋りが右から左へ通り過ぎ、記憶に残らない。喉彦が見えるような大きな欠伸を一つ。ソファに寝転びネットサーフィンをし始め、深い眠気の到来を暫く待つ。

 

 携帯を支えていた腕が悲鳴をあげ、筋肉が弛緩し額へと真っ逆さま。声を押し殺し痛みに悶え唇を噛み締める。ばさり。体の反動で何かを蹴飛ばす。眉根を下げ小さく息を吐く。緩慢な動きで体を起こし床へと視線を向けると、男のシャツとズボンが転がっていた。珍しく置きっぱなしになった服を一呼吸じっとり眺めやる。一連の動作を我知らず自覚した時には、腕の中に男のシャツを抱きしめていた。


 

 鼻に押し付け息を吸い込むと、微かに衣類に移る嗅ぎ慣れた匂いがする。むず痒い温かさと空白の侘しさが同時に込み上げ、血を掻き乱す。どくどく。熱に浮かされチグハグな思考回路が、この状況を迅速に打破するのみだと導き出す。

 指を下着へと滑り込ませ、上下にゆるりと動かし欲気を慰める。だんだんと血管が充血し質量を持ち下着が峙つ。しかし、あと一歩及ばず。焦燥感を募らせ生殺し状態が続く。きっと捨てられた蕾の玩具が高笑いしているだろう。

 欲望が満たせず腹立たしげにちろりと舌を出し、柔く噛み感情を発散させる。血気を含んだ吐息に眉根を寄せ、シャツで顔を覆う。到達出来ずとも広げた風呂敷を今更仕舞えず、滑りを帯びた指の腹を激しく動かす。

 欲に堕落した男の姿を脳裏に想い描く。されど、病との戦いで疲弊した脳が、名を何度も呼ぶ音声を再生する。ーー何で今やねん。無意識に呼応する名称が口から滲み出す。抑えきれない感情に触発され、どろり、白濁とした液体が手を汚し。



背後から幻影では無い、男の双眼に射抜かれて。

熱が下半身から急激に上昇する。この場を離れさせるには十分過ぎる痴態だ。

暫くは手洗いから出られそうに無いだろう。

 

“一二くん“

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