痛みの理由
退勤時間が差し迫った夕方。署内の廊下を歩いていると手一杯に書類を抱えて足速に何処かへ向かう女性職員と擦れ違う。彼女の動きに合わせて風が舞いはらりと資料が床へと落ちるが、意識を散らしているのか当人がそれに気づく事なくそのまま足を動かし続け、進行方向へ向かって通り過ぎてしまう。
慌てて床に落とした紙を拾おうとした体を捻った瞬間、腰に激痛が走り眉根に深く皺を寄せ苦悶の表情が浮かぶ。咄嗟に背中へ手を回し労るように摩りながら緩徐に後ろを振り返ると、持ち主の姿は既に無く残された一枚の紙が静かに佇んでいた。
「゛あーー、いやっ、や、 ゛んぁ…」
「っ゛っー、 もぉ…、、いっ、ら゛んー」
腹の底からくる止まらない悦楽を少しでも緩和しようと握り込んで寝具の布に皺を作り、静止の言葉が喘ぎと共に口から吐き出される。然し、背後から覆い被さり快楽に溺れ、目の前の獲物を貪り喰らうしか脳が無い男の耳には届かない。回らない脳でこの場をどう収めるか必死に考えるが、思い付いた所で唇から滑り落ちる音は嗚咽混じりのなまめかしい旋律と零れ落ちる涎だけ。
「っっ〜〜、、゛いたいっ 、っ、」
「ーー、かンに゛っ、んっっーシて、ぇ、や゛ぁーー」
鋭く尖った犬歯が首筋へ食い込み甲高い唸り声と共に痛みを訴えるが、それすらも男には甘美に聞こえるようで逆効果にしかならず、切望の言葉と共に右腕を強く背後へ引かれ傾いた左肩が寝具へ沈み込む。卑猥な音を立たせずるりと引き抜かれ、やっと訪れたとばかりの内臓を圧迫する感覚から開放感に息を吐くが、次の瞬間にはそれが落胆へと変わる。淫楽へ浸り切った体に抵抗する力すら残っておらず、されるがままに腰を抱きおこされ体を捩って回転し、寝具に背中を預けると濡羽色の瞳と対面する。
男の額から滴り落ちる雫が頬へと伝い、逃がさないと言わんばかりのギラつかせた視線が芯を更に深海へと叩き落とし身体中の血液がざわつき出す。腰を高く持ち上げられ股関節限界まで両脚を開かされると、妖美に誘い込むようにひくつく秘壺が暴かれ煥発入れずにずぶりと深く突き刺すさすように蹂躙され絶叫と共に吐精する。
底知れない欲求を埋める術を知っているのだとしたら、男よりも強い支配欲だろう。男の首筋に両手を這わせながらもっと己を欲するように仕掛ける言葉が唇から滑り落ちる。
「んっ、、そんな゛にっっ、、 俺が ほしっっ、…… ゛いか?」
「ーーっ、、おくっ ゛ンー ごろ…、…っ もっ…と かきまっ、ー わ゛してやっ…」
疼きを孕む痛みに耐えている側で何食わぬ顔で落とし物を拾い上げる男に、自身の不調の責を押し付けるように鋭い視線を一瞬向け、軽口を押し流し去っていった女性の行方を探して署内を移動するのだった。
12-短編 那住錆 @a_nox_b
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