第6話

『あ…』

『ふ、二人とも…何やってるの…?』

紫穂とえっちしていて気づかなかった。

ドアを開けて一部始終を見てしまったお母さんは信じられないといった様子だ。

私を上から見下ろす紫穂も冷や汗をかいたまま止まっている。

『着替えてたの』

『えっ?』

最初に出た言葉がそれだった。

ローターがお母さんに見られたかはわからない。

だが、この状況下でそれ以外の言い訳が思いつかないのも確かだ。

お母さんも少し戸惑いを見せる。

『勉強してると体が熱くなって…。さっきお風呂も入ったし…。だ、だから着替えようってことになって…その…紫穂が椅子に足をぶつけて体制を崩してこんな体制になってるだけだから…』

『そ、そう…なの…そ、それじゃあ二人とも風邪引く前に早く着替えるのよ』

『うん』

『は、はい』

お母さんが部屋から出ていく。

多分…気づかれた。

私の腕は見事に結んであるし床も服も濡れている。

『紫穂…。これから家でする時は気をつけ…』

『ごめん。私のせいだ。私が来海ちゃんを襲ったから…』

私の頬に涙が落ちる。

『そ、そんなこと…私も夢中になってたし…そんなに落ち込まないで…』

紫穂の涙を拭こうと手を伸ばすも紫穂が私の手を掴んで止める。

『ごめん。来海ちゃんの迷惑になることだけは避けたかったのに…。もう、えっちするのはやめよう』

『えっ?なんで紫穂。べ、別にお母さんがいなかったら問題ないじゃん!なのに…なんで…?』

『来海ちゃんのためだよ。成績優秀で人柄もいい、私とは正反対の来海ちゃんが私と関わっていいわけがない。それに、この前の約束を今回の件で破った頃になるしね…。私…最低だっ…だから、私達…別れよう。これが私達にとって一番いい対処法だと思う』

『そんな…。紫穂は…私のこと嫌いなの?』

『好き。好きだから…こうするの』

『し、紫穂っ…!』

紫穂は服を持って部屋を出て行った。

扉の向こうから他の部屋に入ったことが音でわかる。

『そんな…紫穂ひどいよ…』

私は一人紫穂が置いって行ったローターを持って泣いていた。


『ん…気持ち悪い…』

朝、明るくなった外の光で私は起きる。

なんだか、体が熱い。

吐き気もするし、体がだるい。

とりあえず、服着よう。

多分、裸で何もかけずに寝たのが原因だろう。

服を着て部屋を出る。

階段から落ちないよう手すりを使う。

リビングのドアを開けると紫穂とお母さんがいた。

二人とも朝ごはんを食べているところだ。

紫穂の表情はなんだか眠たそうだ。

多分不眠症が昨日発症してしまったんだろう。

『おはよう来海。朝ご飯準備するわね』

『おはよう来海ちゃ…大丈夫!?顔赤いよ』

『うん…少し…熱があるみたいで』

紫穂が私のおでこに触れる。

ひんやりして気持ちい…。

『ひんやり…』

『すごい熱っ!春さんっ!来てください!』

紫穂がお母さんを呼ぶと、おでこに今度は冷たい物体が貼られる。

『うぅ〜冷たい…』

『冷えピタよ。ほら服脱いで。首元と脇にも貼るから』

『自分でやるよ〜。えーと、ここ?』

私が貼った冷えピタは惜しくも…かなり髪を巻き込んでいく。

『痛い…』

『もう…。紫穂ちゃんやってあげて。私は学校に電話してくるから』

『えっ?ちょっ、春さん…』

お母さんは電話をしに行ってしまう。

残された私と紫穂。

昨日のことがあって少し気まずい。

『えーと…服、脱いで…』

『うん』

パジャマを脱いで昨日と同じブラが露わになる。

『それじゃあ、失礼します』

『はい』

腕を上げて脇に貼るよう促す。

紫穂が冷えピタを脇に貼り始める。

紫穂の指が脇に当たってくすぐったい。

『……んっ』

『ごめん。痛かった?』

『ううん。少し…くすぐったくて…』

『そっか。ほら、こっちも上げて』

『冷たい…』

『ちゃんと付けないと…。私のせい…だよね』

『違うよ』

『ううん。わかってる。それじゃあ、後ろ向いて』

髪を左右に分けて首筋を紫穂に見せる。

紫穂の指が私の首筋に触れる。

『綺麗』

『・・・いつ、戻ってくれるの?』

『わからないよ。今はまだ…このまま』

『私のこと好きなんでしょ?』

『・・・好きだよ』

『だったら…!』

『だから…って昨日も言ったでしょ。・・・はい。貼り終わったよ』

『紫穂のバカ…』

溢れそうな涙を紫穂に見られないよう隠して、出来るだけ速く歩く。

『来海ちゃん…』

紫穂のバカ…私の気持ちも聞かないで勝手に決めて…好きなのに…大好きなのに。

『来海、後で朝ご飯持ってくから…』

『別にいい』

電話が終わったらしきお母さんの言葉を無視してリビングを出る。

『紫穂ちゃん。今日は学校休んで来海の面倒見てくれる?私が見るよりいいと思うから』

『・・・わかりました。ですが、その前に話を聞いてもらっていいですか?』

『・・・わかったわ』


『それで…話っていうのは?』

『私達のことについてです』

『・・・』

春さんは無言のまま…。

いざ面と向かって緊張する。

こんな機会なかったし…昨日の今日だし。

『気づいてるんですよね?』

『ええ。昨日部屋に入った時確信したわ。いつから?』

『中学の時からです。私から告白しました』

『そう。来海のどこが好きなの?』

『えっ?えーと…優しいところとか、見かけとか、賢いとことか…全部です』

春さん結構積極的に聞いてくるな…。

『全部か…。今、来海とは喧嘩中なの?さっき、来海泣いてたから』

『あれは…。私が悪いんです』

『紫穂ちゃんが?』

『はい。私が無理に来海に迫ったから…。昨日のえ、えっちは私から誘ったようなものなので…』

『なるほど…。来海、嫌がってなかったでしょ』

『・・・確かに。えっちするのは嫌がってはいませんでした。むしろ…』

『むしろ?』

『私が別れようって言った時が一番悲しそうでした』

春さんが目を丸くする。

その後すぐに表情が険しくなる。

『別れるの?』

『そのつもりです。来海のことは誰よりも愛してる自覚はあります。ですが、昨日見られちゃったので…。こういうことが二度と起きないようにと思って』

『ふっ』

『ん?』

『ふふっ。昨日見られちゃったから別れるって…ふふっ結構紫穂ちゃん…あんなことしておいて現実的なのね…ふははっ…!』

わ、笑ってる…?

私の目が壊れていないなら確かにそうだ。

春さんが笑っている。

『は、春さん…?』

『ごめんなさい。つい…ね?でも、私は少し…いや、かなり別れるのは勿体無いと思うわよ』

『えっ!?』

春さんって、もしかして賛成派!?

そうだったら来海ちゃんとももう一度付き合えるかもしれない。

『春さんは私達の恋に賛成なんですか?』

『賛成も何も私も昔は女の子が好きだったの』

『えっ!?』

なんか今日驚いてばかりな気がする。

『後輩の子が好きでね。告白して一時付き合っていたけれど、二人とも大人になるにつれて気づいたのよ。世の中が認めてくれないって。だから、別れたの。今でも連絡は取り合うけど会う機会は少なくなってしまったわ』

『それじゃあ…!』

『ええ。私は二人が幸せなら付き合うことを認めるわ。昨日のことも口外しないし、好きにしなさい』

『ありがとうございますっ!』

まさかのオッケーに多少驚きつつでも、私は急いで来海ちゃんの部屋に向かった。


『紫穂のバカ…』

最初に告白してきたのは紫穂からだったのにこんなフリ方はあんまりだ。

私のこと散々えっちにしといて、バレたから別れるって…少しは私の話も聞いてよ…。

『もう、いいや。体辛いし今日は寝てよう』

今度はちゃんと服を着て布団をかける。

少し熱いけど冷えピタのお陰でよくわからない。

『紫穂…寂しいよ』

私の頬に溢れた涙は、部屋の景色と共に見えなくなった。


『んんっ…熱い…今、何時かな?』

朝から寝てどのくらいの時間が経っただろうか。

外を見る限りまだ昼頃だろう。

近くにあったスマホの画面を見ると私の写真と現在時刻が見える。

『一時…過ぎか…。あれ?これ私のじゃない…』

形が同じだからわかりにくいがまず、ケースの色とホーム画面が私の写真の時点で違う。

私はそんなことをするナルシストではないのだ。

『てことは…』

『すぅ…すぅ…』

『わっ!』

ベッドの上で腕を枕にして寝ている紫穂は寝息を立てている。

手に握られいるのは…手紙?

ピンクの可愛い封筒にハートのシールが貼ってある。

まるで…告白の時にもらったラブレターのようで…。

『・・・』

開けても…いいよね?

書かれている内容は想像したくない。

紫穂の手から手紙を取って封を開けてみる。

『えっ?』

Dear my future wife 〜来海ちゃん〜

去年の春頃。

私の告白を来海ちゃんは笑顔で受け取ってくれました。

その時私は思いました。

あぁ、私は来海ちゃんを一生、離したりしないと。

・・・付き合ってからというもの、私達の間では特に変わったこともなくただの日常が流れていきました。

分岐点は多分あの日の夜でしょう。

私が不眠症で眠れない日。

来海ちゃんは眠たいにもかかわらず私とずっとテレビ通話で私を安心させようとしてくれたあの日。

あの時の来海ちゃんはとても………とても、えっちでした…!

・・・・・・・・・は?

思わず手紙を落として考える。 

えっち…えっちってどういうこと!?

あの時私達は確かにテレビ通話をしていた。

私はただ、紫穂を落ち着かせようと思っただけであってえっちなことなんて考えてもいなかった。

というかまず、この時まで私と紫穂の間にえっちすることはなかったはずだ…。

続きを読むために手紙を拾う。

ー紫穂の手紙ー

あの時の来海の息遣いはとてもえっちだったよ。

近くにはいないけれど確かに耳元では来海の声が聞こえる。

それだけでも十分だったけど…私には忘れられない思い出がまだあるの。

あの後…私が寝そうになっていた時に来海の寝息が聞こえてね。

来海はすぐ起きたから気づいてないと思うけどね。

実はあの時私…一人でニャンニャンしてたの。

・・・・・・・・・・えっ?

一人でニャンニャン?

つまり紫穂は私の寝息の音で…!!

は、恥ずかしすぎる…。

興奮した紫穂も悪いけど、まさか自分の寝息が紫穂を奮わせるなんて…。

『んん…来海…ちゃん』

『ヤバ』

紫穂が眠たそうな目を擦って起きてしまう。

『し、紫穂…』

『来海ちゃん起きてたんだね…。熱は、まだ少しあるみたいだけど…』

『うん…』

・・・・・・

紫穂はまだ手紙の存在に気づいていないのか何も言わない。

空気が重たい…。

用がもうないはずの紫穂は部屋から出ていかない。

きっと私に伝えたいことがあるんだと思う。

私はそれをじっと待つ。

『あ、あのさ来海ちゃん…。手紙…書いたんだけど…読んで…くれる?』

『もう……途中まで読んじゃったよ』

『えっ!?』

『ごめん。寝てる間に少し…』

『そ、そうなんだ…わ、私の気持ち…ちゃんと、伝わったかな…?』

『・・・紫穂が私を淫乱な目で見てるのは伝わったかな』

『・・・・・えっ?どこまで読んだの?』

『私の寝息を立ててニャンニャンしてるところまで』

『うっ…それは声に出さないでよぅ。恥ずかしい…』

『これは流石に私でもビックリしたよ』

『・・・・軽蔑した?』

紫穂が上目遣いで私を見つめてくる。

綺麗な目。

彼女の目は私を…私しか見ていない。

そんな彼女をまだ、私は愛おしいと思ってしまう。

もう、怒りは湧いてこない。

ただ、愛してると素直に彼女に言いたい。

『するわけないよ。私は紫穂を…愛してるから。紫穂は…私を愛して…ないの?』

『私も愛してるよっ!ただ、春さんにバレたことが怖くて…。でも、私はそれでも来海を愛してる。だから…だから私と、もう一度付き合ってくれませんか?』

『はい。喜んで』

紫穂の手を握り唇にキスする。

体が熱い。

熱のせいじゃない。

だって…だってこんな気持ちの良くて落ち着く体温に私をするのは一人しかいない。

『来海。愛してる』

『私も。もう…離れないから』

『うん。私も離さない』

昼の日光が暗い部屋をスポットライトのように照らす。

二人の主役は互いを愛し合う。

二人にしかわからない気持ちよさ、美しさが混じる部屋で彼女達は踊り狂った。

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