第27話 12/2001・戦技教官

リンド高等学園・1年2組教室


 ケヴィンは教室に入り、挨拶してくる同級生に返しながら自分の席へ歩いていく。

 昨日と違って、同級生の人当たりが良くなっている気がする事に若干戸惑いを覚えるケヴィン。

 実は1年2組生徒間では昨日のウナとのやり取りを経て、ただの珍獣扱いから「ウナに可愛がられる」が頭に付属していたのだ。

 その結果、ウナと同類の微笑ましい存在として認知されてしまったのである。

 この事をウナの人徳のおかげと呼べるかどうかは微妙なところであろう。


 ともかくケヴィンにとって1年2組教室が少し居心地の良いものになった事は間違いない。

 その事に気を良くし、席の前に座る二人に挨拶しながらケヴィンは席に着いた。


「おはよう。トビー、フィン」

「………………」

「おはよう。ケヴィン君」


 挨拶をするケヴィンにフィンは笑顔で返してきたが、トビーの方は様子がおかしい。

 じっとケヴィンの方を焦点の合わない目で見ている。

 昨日とまるで違う雰囲気を醸し出す隣人に不気味さを感じたケヴィンはフィンに尋ねてみた。

 トビーを指差しながら。


「どうしたんだコレ」

「あ、あはは……まあ何というか、ね」

「…………どう、いう……」

「は? なんだって?」

「一体、どういう、ことなんだああーー!」

「おわっ⁉」


 突如としてガバッと立ち上がるトビー。

 そこから素早い動作でケヴィンの胸倉を掴み顔と顔がくっつきそうな距離まで近づけた。

 血走った目をしており、フーッフーッ、と荒い息を吐いてケヴィンの銀髪を揺らしている。

 いきなり起きた叫び声に教室中が騒ぎ立てる。一体何事か、と。

 一部で「きゃあああ♪」などという黄色い歓声が混じっていたが。


「待て、トビー落ち着け。

 顔、近すぎるから。

 あと息もかかってるから、な?」

「……さっきのあれは、どういうことか説明して貰おうか……!」

「さっきのあれって何の事だよ?」

「しらばくれるんじゃねえ……っ。

 登校中に上級生のお姉様二人とよろしくやってただろーが!

 羨ましすぎる!」


 あまりにも欲望に正直なトビー渾身の一言で教室内は静まり返る。

 皆、呆れて物が言えないようだ。

 教室の前の方では肩をわなわなと震わせている茶髪お下げ女生徒の姿が。

 フィンも両手を横に広げてやれやれ、と首を横に振っている。

 ケヴィンだけはトビーの言っている意味が理解できていないので、まだ話は続く。


「よろしくやる、という意味がよく分からんが……。

 ミュリエルとエムの二人と一緒に登校してきた、というならそうだとしか言えんな」

「既に名前呼び捨てっ⁉

 な、なんて恐ろしい野郎なんだ……。

 だが、俺も男だ。

 こんな程度で負けるわけにはいかねえ」


 トビーは信じられないものを見たとばかりにケヴィンを放して後ずさる。

 しかし、すぐ覚悟を決めた漢の目をして立ち直る。

 次の瞬間、ニヤリと笑ったトビーの白い歯がキラリと光を放ち――


「どうか綺麗なお姉様方と仲良くなる方法を教えてくだ――」

「いい加減にしなさいっ、この馬鹿トビー!」


 全力で頭を下げながら懇願してくる男の姿と、その男の頭を引っぱたく女の姿がそこにあった。

 ちなみに言うまでもないことだが、女の方はコリーヌだ。

 トビーは叩かれた頭を抱えており、コリーヌの方は完全に怒っている。


「何すんだ、この暴力女!」

「あなたがいつまでも下らない事言ってるからでしょう!

 毎度毎度同じ事しか考えないの?」


 始まった男女二人の言い争いに同級生どもは慣れた感じでそれを観戦していた。


「お、嫁さんが参戦したぞ。

 今日はこれで閉幕かな」

「何言ってるんだ、これからが本番だろ」

「級長もホント甲斐甲斐しいよね~」

「相手がアレじゃなきゃ素直に応援するんだけどねー」


 もはや当事者のケヴィンを放置して教室の至る所で盛り上がりを見せている。

 ケヴィンは最近よく置いてけぼりになるな、と思いながらも今最も話が通りそうな人間に話しかけた。


「えっと、毎度同じ事ってコリーヌ言ってるが。

 フィンは何の事か分かるか?」

「うん、分かるよ。

 というか僕の時と全く同じ状況だしね」

「フィンの時と同じ?」

「昨日、僕が貴族の先輩女生徒に誘われてるって話したじゃない?

 その時もトビー君、僕に頭下げてたんだ。

 俺にも幸せを分けてくれ! とか言ってとっても潔く」


 そんな理由で頭を下げることができるというのを潔いと言っていいのだろうか。

 フィンの言葉を聞いたケヴィンは一つふむ、頷きを入れて考え込む。

 そして次に口に出した台詞は教室を更なる混沌に導くのだった。


「……そんなに上級生女子と接点が欲しいなら、オレからその二人を紹介しようか?」


 ケヴィンとしてはトビーは友達、ミュリエルたちも友達、なら友達同士仲良くすればいいんじゃないかと思っただけである。

 だがその言葉は教室の動きを止めるのに十分な威力を秘めていた。

 静まり返る教室の中、段々とトビーの顔に希望が満ちていっているのが分かる。

 もはやあとは転がり落ちていくのみ。


「……う、うおおお! やったぜー!

 ありがとう、心の友よ!」

「ちょ、ちょっとケヴィン君⁉

 ダメよ、こんな奴に仲の良い女性を紹介なんかしたりしたら!」

「あはは、これはちょっと予想外だなあ」

「これは、新展開!」

あいつケヴィン、天然だよな」

「ああ、だが……見事だ」

「ねえこれ級長危機なんじゃない?」

「いやいやむしろこれで本気になれるでしょ」


「あんたたち……朝っぱらから元気良いわね……」


 いつの間にか教室に入ってて教壇の前にいたウナが大きな溜息を吐いていた。

 その後も騒動はしばらく続き、ウナの癇癪が炸裂するまで収まらなかったという。


リンド高等学園・戦技修練場


 この日の午後には戦技授業があった。

 戦技とはその名の通り、戦うための技術全般を指す。

 しかし元より学生の授業であるため、生まれなどから素人や経験者が混ざってしまうのは仕方のない部分。

 それらの学生全員を魔族との戦いで最低限生き延びさせるくらいにまで引き上げるのがこの授業の目的だ。

 授業後は戦闘素人から経験者まで満遍なく疲労の極みで動けなくなるということから、必ず午後に行われる。

 午後の2限分を丸ごと使い、そのため1組と2組、3組と4組といった二組合同の授業となっていた。

 生徒は制服ではなく、男女共通の運動服に着替えて受ける。

 ちなみに形は男女共通ではあるが、制服同様学年で色分けされており、今の1年が赤色、2年が青色の運動服だ。

 二組合同授業ということもあり、担当の教師は主教官一人と副教官二人の3人体制となっている。

 さらに怪我人もよく出るため、保健・養護担当教師も付く事が決められていた。

 そして今、何故かケヴィンの目の前に戦技教師陣4名が勢揃い。

 ケヴィンのみがこの授業を初めて受けるために顔合わせ……というのは建前で賢者の弟子を見物しに来たのである。


「オレ様はディック・オーダムってんだ。

 戦技科目の主教官……長を張ってるモンだ。

 お前が賢者の弟子ってのか。

 ふーん……。

 ま、ちと細えが悪かねえ。

 これからみっちり扱いてやるから楽しみにしとけ」


 ディックと名乗ったケヴィンより頭一つ大柄な男は一頻り値踏みすると心底楽しそうに獰猛な笑みを浮かべた。

 全身鍛え上げられており筋肉が力強さを主張しているが、ケヴィンの見るところ無駄な肉は削ぎ落とされている。

 燃えるような赤い短髪と鋭い目つきが合わさり、トビー曰く「野獣様」というのも納得がいく姿と言動だった。

 続いてディックよりさらに大きく見える男が自己紹介を始める。


「自分はジェム・ケンプだ。

 名高き賢者殿の弟子に教える機会が巡ってくるとはまさに僥倖。

 其方の力に少しでもなれるよう、戦技副教官として微力を尽くさせて貰おう」

「あ、ちなみにコイツ、オレ様よりでっけえがヒトじゃなくてドワーフだから」


 ディックがジェムと名乗った男性の肩に手を掛けながら補足説明をしていた。

 それを聞いたケヴィンは驚きのあまり、目を見開いてジェムの姿を眺める。

 よく見れば並んで立っているディックと同じ位の背丈だが、全身の筋肉量が全く違う。

 ディックのは引き締まったと表現できるが、ジェムのそれは打ち崩すのが困難な肉の壁とでもいうべきものだった。

 攻撃的な圧が凄いディックとはまた違った威圧感を感じる人物とケヴィンは認識した。


「私……ダーシー・ブレット。

 戦技副教官……よろしく」


 次に現れたのは細身の女性だが、必要最低限の事しか喋っていない。

 ダーシーと名乗ったその女性の視線はケヴィンから動かしていないはずなのに、彼からするとふらふらと動いて定まってないようにも感じる。

 それが肉体にも影響しているのか、細身、というくらいにしか思えない。

 このような感覚はケヴィンにとって初めて。

 そのためこの中で最も捉えづらい人物と考えるぐらいしかできなかった。

 そこでもう一人いた女性がケヴィンの様子を察したのか、補足するように話し始める。


「ダーシーちゃんは、口下手だから説明少なくてごめんねえ。

 この子は隠密技能に優れた子で、普段から勝手にそうなってしまうんだって。

 良い子だから仲良くしてあげてねぇ」


 そんな風に間延びした口調で話しながら、ケヴィンにふんわり笑いかける女性。

 昨夜寮長として出会ったベニタ・パーネル。

(前の3人が戦技教官って言ってたから、この人が保健教師ということか。でもなんか納得だな)

 どこまでも柔らかく笑っているベニタの姿を見ているだけで周りが癒されそうな、そんな雰囲気を持っているとケヴィンは思っていた。


「ん? ベニタさんはそいつに挨拶しねえのか?」

「うふふ。

 わたしは寮で昨日挨拶しているからぁ。

 ねぇ?」

「ああ、改めてよろしく頼むよ」

「馬鹿野郎。

 お前、ベニタさんに迷惑かけねえぐらい強くなるんだよ。

 分かったか?」


 ベニタがケヴィンに挨拶しないのを訝しんだディックがその事を口に出した。

 その理由を説明したベニタに同意するケヴィンだが、何となくディックの言葉に違和感がある。

 「さん」付けしているのもそうだが、彼女に対してディックが敬意を払っているのだ。

 当のベニタは変わらず微笑んでいるだけだが、明らかに猛者という体のディックがそうすべき相手という事。

 それだけでもベニタを見る目を少し改める必要があると感じたケヴィンだった。


 戦技科目は生徒全員が同じ事を学ぶものではない。

 まず未経験者と経験者が混じっている為、そこで区分けされる。


 未経験組はまず動けないと話にならない為、基礎固めをさせられる。

 騎士のような前衛志望の生徒の場合は、希望武器種の模造品の素振りをしたり、全身鎧を着たまま運動場を走り回ったり、その二つを組み合わせたり、を繰り返し行う。

 前衛というのは戦場において前線の維持が最大の役割であり、それは軍団であろうと数人程度の小単位であろうと変わらない。

 そして隙あらば目の前の敵の打倒を狙う。

 故にまず何が求められるかと言えば、持久力。その次に筋力。

 それを目的とした基礎固めである。


 弓など使いたい者や魔法師といった後衛志望の生徒は、ひたすら短距離走と障害物走。

 後衛の役割とは前衛が前線を維持してくれている間に、有利な位置取りをして攻撃を叩きこんだり、支援を行ったりする事にある。

 さらに、弓や魔法で狙いをつけている間、敵は馬鹿正直に待つわけがない。

 動いて位置を変えたり、時には後衛を狙って攻撃を仕掛けてくる場合もある。

 そういう時に備えて、必要なのは短距離を駆け抜ける瞬発力。

 そして足場の悪い状況でも速度を落とさないようにする対応力だ。

 それらを得るための基礎固め。

 この世界では魔法師に体力が無いままで、戦いに生き抜ける程甘いものではないのだ。


 そして経験者組が行う事はと言えば、前衛であれば対人戦闘訓練を中心に、後衛は精密射的訓練を中心に行う。

 後衛の中でも治癒魔法師志望の者は直接戦闘に関する訓練は行わない。

 その代わりにベニタと同行して授業で怪我した人間を治す実地訓練をすることになっていた。

 それらの応用として必要に応じて複数人での対人戦闘を行ったり、前衛後衛を混ぜて行ったり、教官を相手取り訓練を行ったりもしている。

 なお、経験者組は未経験者組が行っているような事は苦も無くこなせるという前提であるため、一度経験者組に入っても基準に達していないと教官陣に判断された場合には未経験者組の方へ組み込まれる事になっている。

 強さを磨き続けたいのであれば、普段からの努力を怠ってはいけないという教官陣の方針の表れだった。


 ケヴィンは経験者に属するが、トビーは商家の出であるため素人、フィンは実家で対人訓練の経験はあるが、元々の体力に自信が無い。

 そのため二人は未経験者組の方で基礎固めに赴こうとしていた。

 トビーは重量のある全身鎧を装備して、フィンは手に杖を持って歩きながら共に溜息を吐いている。


「はああ~。

 これからぶっ倒れるまで走らされるって考えると憂鬱になるんだよなぁ~」

「でもそんな重そうな鎧付けて走り続けるだけでもすごいよ。

 僕なんて短距離の速さはそれなりに自信はあるけど、素の体力が無いからすぐバテちゃうんだよね……」

「基礎は大事だ、二人とも頑張れ」

「……いいよなぁ、ケヴィンは余裕ありそうでよ」

「まあオレは普段から鍛えているからな」

「ううっ、今だけはケヴィン君の余裕が憎らしいかも」


 実際ケヴィンは鍛えている。

 毎朝の日課はもちろんの事、魔力維持の解けた残りの時間にも鍛錬を行っていた。

 後者の時間はケヴィンが素の状態であるため、基礎体力を上げる事を重点的にしているのだ。


 ケヴィンはトボトボと未経験者組の方へ歩いていく二人の健闘を祈りつつ別の方向へ進んでいった。

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