第26話 12/2001・気の置けない間柄

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【神暦1498年6月12日

 朝方、校舎へ向かおうと部屋を出た時にちょうど隣のミュリエルも部屋を出たところだった。どうせなら一緒に行こうという話になる。毎朝エムと待ち合わせしてるそうなので、待ち時間で少し話した。一昨日教会で見かけた話をすると挙動不審気味に手をバタバタさせていた。照れていたのかな、あれは。

 話をしてるうちにエムがやってきた。まずオレをからかった後、何やらニヤケた顔でミュリエルと内緒話を始めた。先日会った時も思ったが仲の良い二人だ。

 今日の授業には戦技科目があった。主教官の名はディック。まさしく猛者という印象だ。そんなことより自己紹介で『オレ様』と言ってた方が驚きだったが。

 他2名の副教官も中々曲者のようで面白い。

 また、保健教師もいてベニタという女性だった。この人は学生寮長でもあったので、何となく安心感が湧く。

 戦技は1・2組共同授業。ここで一悶着あった。同級生のオレを見る目が引き気味になっていた。あれでやり過ぎだと思われるのか……。

 そんな空気の中、陽気に話しかけてくる奴がいた。レナードという男。この国の第3王子とか言われた。良い奴……なんだろう。師匠が王族というものを嫌っていたから、正直そういうものだと思い込んでしまっていた。また反省だな】


リンド高等学園・学生寮


 いつものように毎朝の日課を行うケヴィン。

(寮の目の前が運動場というのはいいな。ここなら全開で動いても問題ないだろうし)

 実はコネリー邸での日課は、迷惑を考えて抑え気味に行っていたのである。

 その事に物足りなさを感じていたため、全開で動ける環境というのはありがたく感じていた。


 運動場を見渡してみれば、ケヴィンの他にも何人もの生徒が見える。

 円状に走り続けている女子生徒がいたり、数人並んで剣らしき物の素振りを繰り返している男子生徒もいた。

 自分以外にも自己鍛錬に励む姿を確認でき同類がいた事が嬉しかったのか、ケヴィンはいつもより熱の入った動作になっている。

 ダンッ、と力強く右足を地面に踏ん張らせる。

 ゴォッ、という音と共に右拳が中段に突き出される。

 再びダンッ、という音、今度は左足を前にして踏ん張る。

 再びゴォッ、という音、続けて中段に繰り出される左拳。

 左拳を突き出した態勢のまま、右足での蹴りに移行しブォンと音が鳴る。

 次に右足を踏ん張らせて左足での蹴り、先程と同じくブォンという音がした。

 やはり型でも何でもないただの中段の突きと蹴りである。

 だが攻撃時に確かな音がしたり、時折風を纏っているように見える。

 そして段々と攻撃間隔が狭くなって一連の動作がより速いものになっていった。

 運動場の片隅で延々と繰り返す姿を、他の生徒たちが横目で興味深く見ていることにケヴィンは気付くことはなかった。


 寮の食堂で朝食を済ませ、コネリー邸から送られていた食料の中から適当に見繕って簡単な調理をして弁当にする。

 身だしなみを整え、姿見で確認。

(よし、今日は曲がってないよな)

 と自身のネクタイの形を見ながらケヴィンは満足していた。

 最後に浄化を自身に行使しつつ、部屋を出て鍵を掛ける。

 その時、扉が閉まる音が左側から聞こえたのでケヴィンがそちらを向くと、ちょうどミュリエルが部屋から出てくるところだった。

 彼女もケヴィンの存在に気付き、ニッコリ笑って挨拶をする。


「あっケヴィン君、おはよう。

 昨日はよく眠れた?」

「おはよう、ミュリエル。

 ああ睡眠は問題ないんだけど、部屋が無駄に豪華で少し落ち着かないのがな」

「ふふ。

 私みたいに外国からの留学生、しかも貴族が寝泊まりするんだからどうしてもそういう配慮は必要なんだろうね」 


 優し気に笑うミュリエルの姿は以前会った時とそれほど変わらない。

 違うのは彼女は今学園の制服を着ていている事。

 その首元には青色のリボンタイがついていた。

 それが意味する事とは。


「それにしても昨夜は本当に驚いたよ。

 まさかケヴィン君が学園に入学してて、しかも隣部屋になるだなんて」

「驚いたのはこっちもだ。

 同い年って聞いてたミュリエルが上級生だったとは」


 聞けばミュリエルの誕生日は4月であり、学期の関係で去年入学したのだと言う。

 昨夜二人は色々な事を話していた。

 ケヴィンがワイスタの弟子である事やコネリーが後見人である事はもちろん、ミュリエルの事についても。

 ミュリエルの本名はミュリエル・マドレーといい、ツーベルリ王国という国の侯爵家令嬢なのだそうだ。

 ツーベルリ王国は、地理的にここメリソルク大陸の反対に位置するロメスト大陸の国家だ。

 地図上ではメリソルク大陸が西の大陸、ロメスト大陸が東の大陸である。

 地図上では両大陸の間に二つの大陸が挟まっているが、西外海を通じて考えれば両大陸はそれほど離れてはいない。

 ツーベルリ王国は農業が盛んという土地柄もあって、壮麗なもの、派手なものは好まない風潮が国民の間にはある。

 貴族も例外ではなく、ミュリエルもその例から漏れていない。

 そのため本来、外国貴族留学生は縁故のあるメリエーラ貴族の邸宅で世話になるところを、ミュリエルは寮住まいにしているのだった。

 そういった諸々の偶然が重なり、今二人は肩を並べて歩いている。


 寮の入り口に二人が辿り着く。

 そのまま学園に向かうと思いきや、ミュリエルが立ち止まっていた。

 何故彼女が止まったのか分からないケヴィンはミュリエルに問い掛けた。


「どうしたんだ? こんな場所で立ち止まって」

「あ、私は毎日ここでエムを待っているから。

 ケヴィン君は気にせず先に行ってていいよ」

「ああ、やっぱりエムもいるのか。

 じゃあ俺もここで待つかな」

「え、いいの?」

「せっかく一緒になったんだ。

 別々に行くことはないだろう。

 それにだ、そんな事するとあいつ水臭いとか言いながら突っかかってくるんじゃないか?」


 ケヴィンの返答に少しだけ意外そうな顔をしたミュリエルだったが、続く言葉を聞いて嬉しくなりはにかんだような笑顔を見せた。


「うふふ。確かに言いそう。

 でも……うん、そうだよねっ。

 一緒に3人で学園に行こっか」

「ああ」


 これまで見たことの無い種類の笑顔を見せられ、ケヴィンも自然と笑顔になる。

 そんな風に笑い合いながらエムを待つ事になった。

 待っている間も自然と会話は続いていく。


「エムの部屋に直接誘いには行かないのか?」

「うん。

 去年、寮住まいを始めた当初ね、部屋に誘いに行ってたんだ。

 でもねあの子、私が来ると分かってからは自力で起きるの止めちゃったのよ。

 さすがにエムのためにならないと思ったから入り口で待ち合わせる事にしたんだ」

「――プククッ。

 あ、いやすまない、いかにもエムらしく、そしてミュリエルらしいと思ってな」


 容易に想像できるその光景を思い浮かべてしまい、思わずケヴィンから忍び笑いが漏れてしまう。

 まさか笑われるとは思っていなかったミュリエルは、少し頬を膨らませた。

 その姿を見たケヴィンは即座に謝ることを選択。

 ついでにそのまま思った事を口に出してしまっていた。


「え、私らしいって?」

「いや、さっきの話だと他の人ならエムのこと放っておきそうじゃないか。

 でもミュリエルはエムのことを考えつつ結局一緒に行くためここで待ってるだろ?

 そういうのがなんていうか、優しいなって思ったんだよ」

「え⁉

 そ、そうかな……?」


 まさか優しい、という言葉をケヴィンから言われるとは思わず、ミュリエルは顔を赤くしてしまう。

 そんな彼女の様子に気付くことも無く、ケヴィンは会話を続ける。


「そうだよ。

 あ、そう言えばミュリエルに会ったら聞こうと思っていたことがあるんだ」

「な、なにかな?」


 直前に照れるような言葉を聞いたばかりなので、若干ミュリエルは警戒している。

 その頬の赤みはまだ戻っていなかった。


「一昨日、北部の下町にある教会の辺りで何してたのかなって」

「一昨日? その日は休息日だから、教会の休息日学校をお手伝いを……。

 って、まままさかっ、ケヴィン君見てたの⁉」

「え? ああうん、下町に買物帰りで歩いていたら見かけたんだ。

 組合での別れ際の約束もあったし、声かけようかとも思ったんだけどさ。

 ミュリエルが子供たちに囲まれて、とても幸せそうな笑顔してたから声かけづらくって。

 でも、そうかあれが休息日学校だったんだな」

「~~~~っっ」


 話だけは聞いた事のあった休息日学校について聞けてケヴィンは納得しつつ頷いている。

 一方でミュリエルの方はそれどころではない。

 今度こそ顔を真っ赤にしてわたわたと髪を弄ったり眼鏡を直したり服装を整えたりしていた。

 そんなミュリエルの様子を見たケヴィンは、どこかで見た光景だと記憶を振り返る。

 あれは、そう自分がミュリエルに対して失言めいた言葉を出してしまった時で――

 そこまでケヴィンが考えた時、後方から救いの手が現れる。


「……朝っぱらから、なにミュリエル困らせてんのよっ!

 この軟派野郎ーーっ!」


 手ではなく拳であった。

 結構な勢いをつけて迫っていく。狙いはケヴィンの後頭部。

 その攻撃をケヴィンは体を少しだけずらして手で受け止める。

 そして不意打ち(叫び声付き)してきた張本人に体を向けて言い放った。


「おはよう、エム。

 そっちこそ朝っぱらから随分なご挨拶じゃないか、うん?」

「お、おろ? アタシの不意打ちをあっさりと……。

 って何よ、ケヴィンじゃないの。

 ん? てかなんであんたここにいんのよ?

 しかもウチの制服着て」

「……お前には相手も確認せず不意打ち食らわせようとした事について、まず謝るという気持ちはないのか……?」


 予想通りと言えば予想通りなエムの反応に、ケヴィンは溜息を吐きながらエムの拳を放した。

 その後3人は学園へと歩きだす。

 その途中でケヴィンはミュリエルにしたのと同じような報告をエムにもしている。

 なお、ミュリエルとエムの両者共にケヴィンが賢者の弟子と聞いてもほとんど驚かず、納得する様子しか見せていない。

 エムはケヴィンが下級生と知るや否や思いっきり調子に乗り出した。


「ほっほーう。

 ということは、ケヴィン・エテルニス君は名実ともに!

 このアタシ、エム・ブラントの後輩君だというわけね~」

「お前に先輩面されると何か腹立つな……」


 何となく悔し気な表情を見せるケヴィンの姿を見て、エムは更に調子を上げる。

 遂には芝居がかった仕草までし始めた。


「おほほ、所詮後輩の戯言、軽く聞き流してさしあげましょう。

 では敬意を込めて、アタシの名を呼びなさいっ。

 ほら、“エム先輩”と!」

「はいはい、エムしぇんぱいね」

「敬意が足りん!

 あんた馬鹿にしてるでしょ」

「というか真面目な話、オレから先輩呼ばわりされたいのか? お前」

「ううん、ちっとも。

 今更ケヴィンに呼ばれ方変えられるなんて気持ち悪いじゃない」

「こいつ……」

「ふふふっ。

 数日しか経ってないけど、何だか懐かしいやり取りだね」


 ミュリエルの言う通り、数日前と同じような気分に浸りながら歩き続けて、やがて3人は校舎に辿り着く。


リンド高等学園・校舎


 階段を上り、2階に着いたところでケヴィンは二人と別れることに。


「それじゃ二人共、またな」

「うん、ケヴィン君またね」

「んじゃあねー」


 エムはケヴィンと別れてすぐミュリエルの耳元でひそひそ話を始める。

 その表情は悪戯心に満ちており実にいやらしいものだった。


「いい? ミュリエルっ。

 これはいい機会よ。

 ケヴィンは後輩。

 お姉さんとしてその胸から溢れんばかりの魅力を駆使して、あいつを落とすのよっ」

「――っ⁉

 い、いきなり何言い出すの!

 あ、こら待ちなさい、エム!」

「わははー。

 ミュリエル、顔真っ赤だぞーっ」


 エムの言葉を真正直に想像してしまったのか、またしても顔を赤に染めてしまうミュリエル。

 エムを叱りつけようとするが、当の本人は笑いながら2年2組の教室に逃げ込んでいた。

 ケヴィンは階段下からうっすら聞こえるそのやり取りで

(やっぱり仲良いよな)

 と思いながら自分の教室目指して階段を上っていくのだった。

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