第28話 12/2001・格と強さ

 二人と別れ経験者組の集まる所へケヴィンは向かった。

 その場所へ到着したところ、ディックが手招きしてケヴィンを呼び寄せる。


「おう、そこの賢者小僧、ちょっち来い」

「……賢者小僧って、オレの事なのか?」

「生徒の呼び方なんざどう呼ぼうがオレ様の勝手だろうが。

 いいからとっとと来い」


 乱暴な論法で疑問を切って捨てたディックに、仕方なく言われた通りに近づいていくケヴィン。

 必然的に経験者組生徒たちの前に出てしまう事になる。

 彼らの、それも主に1組所属の生徒たちの目はケヴィンを見定めようと厳しい視線を向けていた。

 残る2組生徒と1組生徒の極一部は何が起こるのかと、興味丸出しの視線しか出していない。


「これから経験者組は前衛と後衛に分かれて訓練なんだけどよ、お前どっちやりたい? 選ばせてやる」


 ディックの言葉に経験者組生徒たちの間でざわめきが起こる。

 その言葉が意味するところ、即ちケヴィンが前衛と後衛の両方をこなせるということに他ならないからである。

 狩猟の腕に優れるエルフの中でたまに遠近双方をこなす者が出てくるが、基本的に少数。

 エルフでもなく、細めのヒト族にしか見えないケヴィンがどちらもこなせるようには見えていなかったのだ。

 ケヴィンはディックに言われた内容を少し考える素振りを見せる。

 そして次に出した台詞は再びざわめきを起こすのに十分だった。


「……教官と戦いたい、というのは駄目なのか?」

「――ッハァ。ウハハハハハハハハハハハッ!

 あー、面白え奴だなお前、いきなりオレ様と戦いたいってか。

 非常に残念だが、まだ早え。

 その内相手してやっから、今はそっち側で頑張っとけ」

「そうか。

 じゃあ仕方ないから前衛側で」


 ケヴィンの言葉に大層愉快なものを覚えたディックは大笑いする。

 彼は「残念」という言葉を強調しながらケヴィンの意を否定していた。

 ケヴィンの方は特に残念がるでもなく、ただ事実を受け止めて次善の選択を取る事に。

 だがその時のケヴィンの様子があまりにも淡々としすぎていたため、生徒たちの一部は侮られているように受け止めてしまう。


「……なんと生意気なっ!

 無謀にも教官に挑もうとするだけではなく、我らのことも愚弄するとは!」

「??」


 紫髪の生徒が憤慨する様子を見せて声を張り上げていた。

 その生徒の周りでは別の生徒たちが同調するように「そうだそうだ!」と囃している。

 その生徒たちはケヴィンにとって見覚えが無かったので1組の生徒なのだろう。

 2組生徒たちは既にケヴィンがこういう性格である事を理解しているので、特に何とも思っていない。

 理由は分からないが、状況からおそらく自分の言動が原因で怒らせてしまったと考えたケヴィン。

 穏便に済ませるために謝ろうと言葉を出そうとする。


「その、すま――」

「そもそも!

 そのような大口を叩けるだけの実力が貴様にあるのか?

 今の貴様の格は幾つなのか、言ってみろ!」

「――オレの格? 3だけど」


 途中で言葉を遮られても特に気にせず、ケヴィンは聞かれた事を素直に返答した。

 その答えが意外過ぎて生徒たちは一瞬黙ってしまう。

 しかしすぐ後に笑い声が広がっていく。


「――プッ。

 おい聞いたか、あいつ今格3って言ったぞ」

「ああ、身の程知らずもいいとこだよな」

「クスクス、格3って言えばほとんどヒトの最低値じゃない。

 そんな数値でよくあれだけ言えるわよね」


「まーた天然かな、あいつ」

「あの表情見るにそうなんじゃねえ?」


 ほとんどの1組生徒は完全に嘲笑っている。

 そして今度ばかりは1組のみならず2組生徒の一部も一緒になって笑っていた。どちらかと言えば呆れた笑いの類ではあったが。

 だが全員ではない。

 敏い者は昨日のケヴィンの言葉を思い出し、その異常さに気付いている。

 1組生徒でも、極一部だけが笑うようなことはせず真剣な表情をしてケヴィンを見つめていた。


 この世界において格とは強さを測る上での基準と一般には考えられている。

 ヒト族の最低値は2。

 その意味でケヴィンがほぼ最低というのは間違っていない。

 そして今この場にいる経験組生徒たちは、ほぼ全員が格10を超えているのだ。

 基本的に格は魔族を倒す事でしか上昇しない。

 故にこの場における格数の差とは生まれ持った才能の差、埋めようの無い実力差と捉える者がほとんど。

 おそらくは無知とそれによる無謀、両方の意味でケヴィンは笑われているのだった。

 教官であるディックも笑っている。

 しかしその表情は嘲りや呆れを含んでおらず、単純に面白がっているもの。

 ディックはある人物と交わした会話内容を思い返していた。


数時間前、校舎1階職員室


 戦技科目は午後にしか行われない為、午前中は手持ち無沙汰となりがちな戦技教官陣。

 ジェムとダーシーは授業中適切な進行ができるよう、戦技修練場の確認や補修などに赴いている。

 ちなみにベニタは保健教師であるため、普段は保健室に詰めている。

 では主教官たるディックは何をしているか?

 なんと彼は職員室で授業の計画を立てていた。

 普段の大雑把な姿しか知らない人間が見れば、その事実を疑いを持つだろう。

 だが彼に似合わない行動をする、彼なり理由というのはある。

「ちゃんとやらないとうるさく言う奴が二人ほどいるから」という情けないものではあったが。

 ともかくディックは、生徒名簿を開き午後の授業の計画を立てているところだった。


「今日は1年の1組2組だったな……。

 さ~てどいつを扱いてや・ろ・う・か・なっと。

 ――おっ? あれは」


 対象の学級を考えていた時に、ちょうど背の小さい耳長の担任が入ってきたものだから、ディックは嬉々とした表情でちょっかいを出しに行った。

 野生の獣もかくや、という俊敏な速度で。


「――そこにいるのはウナお嬢ちゅわんじゃないか!

 よちよち、いつもちっこくてカワイイでちゅね~」

「だあああっ!

 お嬢ちゃん言うな! ちっこい言うな! 幼児言葉使うな! 頭撫でんなぁっ!」


 ウナが反応する間もなく、ディックは彼女の頭をぐりぐりと撫で回していた。

 同僚の教師たちは「ああまたやってるよ」と呆れた視線でその光景を見ている。

 両腕を振り回してディックの手から逃れると、彼を睨んでキシャーッ、と威嚇するウナ。

 そんな彼女に対して芝居がかった仕草で怯えてみせるディック。


「――おお怖い怖い。

 さて今日もウナちゃんを存分に揶揄ったし、仕事に励もうかね」

「この野郎……。

 いつか絶対泣かしてやるわ」


 ディックが大変満足気な顔して離れていき、ウナがそれを憎らし気に睨む。

 ここまでが日常的に行われている事だった。

 ところが今日は少し違う展開になる。


「あ、そうだ。

 午後にウチの学級、戦技だったわよね?」

「おん? そうだが、何かあんのか?」


 ウナの真面目な表情から、授業に関する事だと推測したディックは肯定し続く言葉を待つ。


「新入りが一人いるから。

 ちょっと注意して見てて欲しいかなって」

「新入りって、確かアレだろ?

 賢者の弟子とかいう」

「そう、そいつ。

 名前はケヴィン・エテルニス」

「ふーん。で、そいつがどうかしたのか?

 実はとんでもない暴れん坊だとか?」

「……そういう分かりやすいのだったら、まだ良かったんだけどね」


 名高き賢者、その弟子だろうと学園にいる以上は世の中を知らないガキ。

 そんな風に内心考えながらディックは、若干皮肉気な返答をしていた。

 しかし、その答えに対しても表情を変えずにいるウナを見て、初めてディックはケヴィンという存在に興味を持ち始める。


「ウナちゃんがそんな風に言うのは珍しすぎるな。

 一体どんな奴だ?」

「ウナちゃん言うな。

 ……一言でいうと、“異常”よ」


 一人の生徒に対して付ける印象の言葉ではない。

 しかも生徒たちと仲の良いウナから出た言葉である。

 賢者の弟子という事も合わさって、職員室の中では二人の会話に聞き耳を立てる者が多くなっていた。


「異常……ね。

 どう異常なんだ?

 学生にしては格が高すぎるとかか?」

「そんなに分かりやすくないって言ったでしょ。

 むしろその逆、格は低すぎる。

 ケヴィンの格は3しかないもの」

「はあ? 格3だと⁉

 ヒトのほぼ最底辺じゃねえかそれ。

 そんなんでどう異常と言えるってんだ?」


 ディックが格3という言葉を大きく言ったことで職員室の中が少しざわめく。

 ディックにしろ、他の教師にしろ、何が理由で“異常”となるのか見当もつかなかった。


「……あんたに分かりやすい例で言いましょうか。

 昨日学園長室でね、あたし誤ってあいつの腹を全力で殴っちゃったんだけど」

「……おいおい、オレ様が言うのも何だが大丈夫なのかそれ」

「大丈夫だったのよ、それが。

 吹き飛びもせず倒れもせず一歩も下がらずにその場で立ってたわ。

 一応、痛い、とは言ってたけど。

 どう? 十分異常でしょ?」

「「「「……………………」」」」


 ディックを始め国が誇る教師陣であっても言葉が無い。

 それほどの異常さだった。

 何故ならばウナの格は76。

 格だけならばディックをも超える学園最高位だ。

 魔法師という特性上、物理的な攻撃力は同格の前衛と比較して遥かに劣る。

 しかし、73もの格差がある前ではそんな比較など意味を成さない。

 普通に考えればウナのケヴィンに対する攻撃は、死に至らしめかねない程のはずなのだ。

 それを一言痛い、だけで済ませたという。

 確かに異常だと、職員室内の全員が理解した。


「なるほど、それは異常と言う他ねえな。

 で、その辺のカラクリって判明してんのか?」


 一時驚きはしても、そこは国内有数の前衛であるディック。

 異常さには異常さなりに理由があるという事をきっちり理解していた。

 ウナはそのディックの問いに少しだけ考える仕草をしてから返答する。

 その答えもやはり異常としか言えないものだった。


「“硬体”が掛かっていた事は間違いないわね。

 それとおそらく“身体昇”も」

「まあ耐えたっていうなら魔法使ったとしか考えられんわな」


 硬体の魔法とは対象の防御能力を飛躍的に高める魔法。

 そして身体昇の魔法とは筋力を中心に身体能力全般を向上させる魔法だ。

 どちらの魔法も行使者の力量によって増加分の幅が大きく異なるもの。

 熟練者が行使した場合はかなり格上の相手でも渡り合えるようになるくらいである。

 しかし問題の本質は別にある、とウナは言う。


「問題は時間なのよ。

 あの時、あたしが突進し始めてから攻撃が当たるまで2、3秒程度しか無かった。

 そんな短い時間で二つの魔法を同時に行使するなんて、世界の誰にもできない。

 それこそ、賢者ワイスタ様であろうと。

 だから残る可能性としては、二つの魔法を維持し続けていた、という事になる。

 これは直接本人に確認したわけじゃないから推測になるけど、おそらく正しいはずよ」


時は再び昼過ぎ、戦技修練場


 現在、ディックの目の前では紫髪生徒がケヴィンに指を突きつけながら何やら語り始めるところだった。


「全く思い上がりにも甚だしい。

 ルヴェン貴族としてそれを正してやろう!

 ――ディック教官、この者の訓練相手は僕が務めたいと思います。

 どうか許可を」


 紫髪生徒の表情は絶対的に優位な者が見せる驕りそのもの。

 高みから人を見下すことを日常的に行っている者の顔だった。

(コレを当ててみるのも一興か)

 ディックはそんな風に考えて申し出に許可を出す。


「おう、いいぜ。

 他の連中も組み始めろ。

 今日はオレ様からの指定は無しだ」


 ディックからの命令があり、各生徒は思い思いの組を作り始める。

 そんな中で紫髪生徒はなおもケヴィンに突っかかっていた。


「僕の名はエッカルト・フィードラー!

 栄えあるルヴェン王国公爵家の者だ。

 貴様に格の違いというものを教えてやろう!」

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