第21話 10/2001・先の準備

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【神暦1498年6月10日

 学園に通うのは週頭の明日から、と言われた。明日からの準備もあるし今日は街に出て色々買い求めることに。

 アチェロ(コネリーの養子)が下町を案内してくれるというので、パウレッタ(女中でアチェロのお付き)と共に3人で出かけた。改めて街の広さと人の多さに驚かされる。

 装備の手入れしてくれるところ探したいと伝えると、コネリーが懇意にしているというドワーフのフルヴを紹介して貰った。なんだか気に入られた。必要な時に利用させて貰おう。

 買い物終わって帰り道、教会付近を通りがかった際に顔見知りを見かけた。子供に囲まれたけど何してたんだろうか。また会えるようなら聞いてみよう】


メリエーラ王国 王都パルハ・バーク伯爵邸


 ケヴィンが王都を訪れてから初めてとなる休息日。

 彼は明日から王立リンド高等学園に通う予定だ。

 そのための、学園までの道順を確認したり必要な物を買い揃えたり、といった準備をしておこうと考えていた。

 実は学園に通うにあたり、少し話が揉めたのだが……。

 ケヴィンは昨日夜の事を思い出していた。


時は戻り、9日夜同所


 ケヴィンとコネリーはアチェロと共に、夕食後の茶の時間にその日の出来事について語り合っていた。

 ケヴィンは朝コネリーから聞いた学園に関する事柄の覚書を見ながら、ふと思い出したかの表情を見せる。


「ちょっと聞きたいんだけどさ。

 ここから学園までってどれくらいの時間が掛かるんだ?」

「徒歩で1時間といったところですね。

 私は立場上馬車で向かっておりますが、それでも4~50分は掛かっています」


 バーク伯爵邸は貴族街の中でも北東の端に近い場所にある。

 一方、学園の位置は貴族街の西端に近い場所。

 正反対という程離れてはいないが、遠めの位置にあると言えた。

 ケヴィンは通学にかかる時間を聞き、少し眉をひそめる。

 そして質問を続けていく。


「学生寮って所からは?」

「早ければ5分、10分もあれば十分でしょう」


 朝方聞いた話の中で、学生寮というものがあることを覚書に記していたケヴィン。

 それによれば、学園は国内貴族であればそのまま貴族街から直接学園に通うが、そうでない生徒は学生寮に住みそこから通う、とある。

 そこから出た質問だったのだが、かなりの時間差がある事にケヴィンの心は揺れた。


「……ここから“身体昇”を全開にして学園まで駆けてもいい?」

「駄目に決まっているでしょう。

 毎日学園へ通う度にそんな事をしていては周囲から常識を疑われますよ。

 ケヴィン君はそういった事も学びに行くのではなかったのですか?」

「う……それはそうなんだが。

 でもなあ……」


 ケヴィンは学園まで時間が掛かる事、それ自体は気にしていない。

 自宅から王都まで直進せずに遠回りで旅してきたことからも、それは分かる。

 学園の始業時間という制限がある事によって、彼としては生活周期が崩れる事を気にしているのだ。

 具体的には毎朝の日課の時間が大きく減少する事を。

 それにケヴィンは朝に強いと言っても、夜はしっかり時間かけて寝る類の人間、それも決めた時間に。

 そういった諸々を崩したくないが為に、非常識な行動を口に出してしまったのである。

 しかしそういう非常識な行動を取らずとも崩さずに済むというのであれば……その考えの果てが続く言葉で露わになる。


「なら、オレは学生寮から学園に通うことにする」


時は再び、10日同所


 あの後、コネリーに考え直すよう言われたり、アチェロに涙目で寂しがられたりしたが、ケヴィンの考えが固いを分かると最終的に二人共折れた。

 ただ、ケヴィンとしてもアチェロを悲しませたりするのは本意ではない。

 なので、休息日はこっちの邸宅に戻る事を約束してなんとか話はまとまったのだった。


 そんな経緯もあってこの日ケヴィンは、これからアチェロとお付きのパウレッタに街の案内をして貰いながら買物などをしていくことになっている。


「それでは出発しましょうか。

 坊ちゃま、お手を」

「えっと、今日はケヴィン兄さんに繋いで貰いたいなって」

「あら、振られてしまいましたね。

 ふふ、ケヴィン様お願いできますか?」

「いいよ。アチェロ、ほら」


 ケヴィンが左手を差し出すと、アチェロは嬉しそうに右手を繋げてきた。

 とても楽しそうに歩いているアチェロ。

 ケヴィンはそんな彼との歩幅の差を考えて普段より遅めに歩いていた。

 そんな二人を一歩下がったところで見守っているパウレッタ。


「ケヴィン兄さんの手は大きくて逞しいですねっ。

 父上と繋いだ時とまた違った感じで面白いです」

「ふうん、そんなものか。

 そう言えば養子って聞いたけど、どういったいきさつでそうなってるんだ?」


 ケヴィンの疑問をパウレッタが一歩進んで足並みそろえるようにしてから答えてきた。


「アチェロ坊ちゃまは旦那様の遠縁のお子様だったのですが、坊ちゃまが物心つく前にご両親が病で……。

 他に引き取り手の親類がいなかったので旦那様が養子にされました」

「……僕は実の父上母上の顔を覚えていません。

 だからコネリー父上が本当の父上ですし、パウレッタが母親代わりなんです」

「……お前も大変なんだな」


 両親がいないという似たような境遇を聞いて、ケヴィンはアチェロに同情した。

 しかし当のアチェロはそう思われたくはないようで、ほんの少し語気を強めてケヴィンの言葉を否定する。


「そんな事は全然無いですっ。

 父上は優しいですし、パウレッタはいつも一緒にいて温かいです。

 僕はそんな二人の子で良かったと思ってますっ」

「坊ちゃま……」

「そっか。

 変な事言って悪かったな」


 ケヴィンは一時左手を放してそのままアチェロの頭を撫でた。

 撫でられたアチェロは「えへへ……」と笑みを浮かべながらくすぐったそうにしている。

 パウレッタはそんな光景を前にまた一歩下がる。

 彼女は目に浮かんだ涙を拭う仕草をしていたのだった。

 

 しばらく雑談しながら歩き、学園までもう少しの所の別れ道に差し掛かった。

 遠目から明らかに他の貴族邸宅とは違う広大な敷地があるのが見える。


「このまま西に向かえばすぐ学園に辿り着きます。

 学園前まで行かれますか?」

「いや、今日のところは道順が分かればそれでいいよ。

 どうせ明日から通うんだし、じっくり見るのはそれからにしておく」

「かしこまりました。

 それでは次にお買物ですね。

 この別れ道を北に向かうと下町に出ますので、そちらに向かいましょう」


パルハ北西部下町


 ケヴィンとアチェロもパウレッタの言葉に異論はなく、貴族街を出て下町へ。

 途中、昼飯時になって屋台から出ていた美味しそうな臭いにつられ、ケヴィンはそこの肉串を2本買って口に運ぶ。

 見ればアチェロとパウレッタの二人も1本ずつ買って食べている。

 アチェロは貴族跡取りだが、立ち食いも気にせずやるようだ。

 そしてパウレッタもこういう時はしきたりなど口に出すことなく一緒になって食べていた。


 その後、文具屋などで学園へ通うにあたって必要な物を買い揃えていく。

 ケヴィンは当初、自分の金(ワイスタが遺した金)を使おうとしていた。

 だが、パウレッタから「旦那様から言い渡されておりますので」と、頑として聞かないので金払いは任せる事になってしまう。

 何となく申し訳ない気分になるケヴィン。

(せめて寮生活中は、自分で稼げるようになっておきたいところだ)

 そんな風に内心で考えていたので、ケヴィンは次に行きたい所の希望を口に出していた。


「護導士活動をしていく上で、装備の手入れができる手立てが欲しいかな……」


 呟くケヴィンにアチェロが反応し、彼はパウレッタと目を合わせて頷いた。

 そのすぐ後、ケヴィンはアチェロに腕を引っ張られている事に気付く。


「――ん?

 どうした、アチェロ」

「はいっ、ケヴィン兄さんに案内しておきたい所があるんです。

 そこは父上が護導士活動されている時から、懇意にされている鍛冶屋さんなんです」

「へえ、コネリーが。

 じゃあそこに案内して貰おうかな」

「えへへ、こっちですっ」

「坊ちゃまったら、ふふ。

 足元に気を付けて下さいね」


 パウレッタに見守られながらアチェロに引っ張られる形のケヴィン。

 そんな風に歩いていく内に、いつしか下町の喧騒は人の声よりも金物を叩く音の方が大きいものに移り変わっていた。

 一つ一つの音の響きが大きいものであることから、おそらく金属製の武器や防具といった物がここで造られたりしてるのだろう、とケヴィンは考える。


「ここはいわゆる職人街と呼ばれている地域です。

 名前の通り色々な種類の物を造っている職人さんが多くいらっしゃるんですよ」

「ほぉー」


 ケヴィンの考えを察したのか、パウレッタからの説明があり彼は興味津々と周りを眺めていた。

 その内、アチェロが一つの建物の前で止まる。


職人街・鍛冶屋ベザンツ


「ここがその職人さんの家ですっ。

 ――すいませーん、親方さんはいますか?」


 アチェロは簡単にその場所の説明をしたかと思えば、遠慮することも無く中に入っていった。

 パウレッタが何も言うことなく、そのままケヴィンを促しているので、何度も訪れた事があるんだろう。

 そう思いケヴィンも中に入っていく。


「――ん?

 誰かと思えばコネリーんとこのアチェロ坊主か。

 今日は何の用だ?」


 すると奥にあると思われる鍛冶場の方から、のっそりと一人の男性がぶっきらぼうな口調をしつつ現れた。

 目には保護メガネをかけて、こげ茶色の髪を守るように頭巾を巻いている。

 髪の毛と同じ色した豊かな口ひげと樽のような印象を受ける体型、そしてその身長はアチェロより少し大きい程度。

 その人物は、ドワーフだった。


「フルヴ親方こんにちはっ。

 今日は紹介したい人を連れて来たんです」

「おう。

 ――確かに見慣れねえ兄ちゃんと一緒だな」


 元気よくアチェロが挨拶している横でパウレッタも軽く会釈している。

 対するフルヴと呼ばれたドワーフは二人に軽く返しただけで、あとはケヴィンを無遠慮に上から下まで眺めていた。

 ケヴィンの方はドワーフに対面するのが初めてだったため、こちらも興味深げにフルヴの様子を見ている。


「はいっ。

 こちらは父上が後見することになったケヴィン兄さんです。

 なんと賢者ワイスタ様のお弟子さんなんですよ!」

「――ほう。

 あの賢者の弟子か。

 道理でな、そいつぁ納得だぜ。

 ワシはフルヴ・ベザンツって鍛冶屋だ」


 アチェロからの紹介で、何事か感嘆した様子のフルヴ。

 そんなフルヴにケヴィンも挨拶しつつ、疑問を投げかけてみることにした。


「ケヴィン・エテルニスだ。

 コネリーのところで世話になっている。

 ところでさっき、あの賢者、って言ってたが師匠を知っているのか?」

「いんや、直接は知らねえ。

 ただ伝え聞く賢者の姿形と戦い方を考えれば、お前の体格の細さにも納得がいってな」

「へえ、すごいな。分かるのか」

「おうよ。

 この仕事続けて100年近く経とうってんだ。

 そいつがどういう体の使い方してるのかなんて、見りゃ分かるさ」


 普段周りから単に細い体型としか見られていないケヴィンを、フルヴは中身が相当鍛えられていると一目見て気付いていたのだ。

 そんな事ができるフルヴをケヴィンは素直に称賛する。

 褒められた事が分かったのか、フルヴの機嫌も良くなっていった。


「それで、ケヴィンと言ったか。

 お前、ワシのような鍛冶屋に何の用があるんだ?」

「ああ、オレはコネリーからの勧めで明日から学園に通うんだが、並行して護導士活動もちゃんとやっていきたいと思ってる。

 そこで装備の手入れをしてくれる所を探してたら、この二人にここを紹介されたんだ」

「ほほう。

 まあこの二人の紹介とあっちゃ無下には出来ねえな。

 いいぜ、必要と思った時にここに来い」

「助かる。

 浄化魔法で綺麗にはできるが、傷とか歪みは戻せないからな」

「ケヴィン兄さん、良かったですねっ」


 快諾されて喜びの表情をするケヴィンは、アチェロと共に笑い合っていた。

 そんな姿を眺めながらフルヴは一つ質問してみる事にする。

 それは彼にとって答えが半ば分かっていた問い。


「ちなみに、お前得物は何使ってるんだ?」

「いや、オレは武器使わないんだ。

 強いて言えば手甲足甲ってことになるかな。

 だから、手入れをお願いするのも防具中心ってことになる」

「――くっくっく。

 やはりそうなるか。

 よしよし、ワシに任せておけ。

 お前の持ってきた装備、優先的に見てやる」

「いや、ありがたいがそこまでしなくてもいいって……」


 フルヴは腕利きの鍛冶屋として、多くの護導士から装備の製作依頼や手入れの依頼を受けている。

 だがそのほとんどは武器であり、防具を大切にしようとする者はあまりにも少なかった。

 コネリーはその数少ない一人であり、それが家族含めて懇意にしている理由である。

 そのコネリーが後見を務めるほどの男であるなら、防具を無為に扱うことはしないだろうと、フルヴはみていた。

 また伝え聞く賢者の戦い方が真実なら弟子も似たような戦い方をするはず、とも考える。

 まさにその通りだったので、フルヴは嬉しくなり普段やらないような贔屓をしたのだ。

 一方でケヴィンは、何故か目の前のドワーフに気に入られたらしい事に首を傾げつつ、申し出に遠慮するのだった。


パルハ北部下町


 邸宅への帰り道、貴族街ではなく下町を通って帰ろうとアチェロがねだるので二人もそれに従う。

 空の太陽が傾き始めている頃、ふと大勢の子供たちが笑っている声がケヴィンの耳に届いた。

 そちらへ視線を向けると、建物の前で多くの子供に囲まれながら一緒に笑っている女性の姿がケヴィンの目に映る。


「ここは……?」

「ここはロムス教の教会です。

 ケヴィン様、以前住んでいた所にはありませんでしたか?」

「いや、近くの村には無かったな……。

 たまに神父が訪れていたようだったけど」


 パウレッタからの説明でどういう場所か把握したケヴィン。

 その目は変わらず女性を捉えて離さなかった。

 ただ、声を掛けようにも幸せそうに笑っている彼女の邪魔をするのも躊躇われ、結局その場を離れる事になる。

(あれは……ミュリエルだったな。教会の前で子供に相手に何をしていたんだろうか)

 今回は声を掛けれなかったが、次会う時があればこの時の事を聞いてみよう。

 ケヴィンはそう思いながら、帰途についた。

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