第22話 11/2001・学園初日
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【神暦1498年6月11日
今日から学園に通う。寮住まいになるからこの邸宅に戻るのは休息日毎だ。アチェロが寂しがっていた。戻ったらちゃんと構ってやりたいと思う。
学園長室でコネリーと待っていると一人女性が入ってきた。見たままの印象を口に出したら、突然叫びながら突進してきて腹を殴られた。中々痛い。たぶんかなり格上。
その女性、ウナというエルフは学園の魔法教師でオレが所属する1年2組の担任。コネリーはウナを叱りつけていたが、同時にオレの言葉も注意された。悪い癖になるらしい。気を付けよう。
教室に連れていかれて自己紹介。じろじろ見られて正直困った。オレの席は教室の隅角。昼休みに前の男子生徒から声を掛けられた。トビーとフィン。ともに平民で気楽に付き合えそうだ。
授業は新鮮だ。師匠から教えて貰えなかった事が沢山出てくる。
その後無難に授業をこなして終業時間。学園の南側にある寮に案内された。オレの住む部屋はここでも隅だった。隣部屋の人に挨拶しようと訪ねてみたら驚いた。先日一緒に行動した内の一人ミュリエルだったからだ。
初日からして濃い一日だった。明日からも楽しみだ。】
メリエーラ王国 王都パルハ・バーク伯爵邸
部屋に掛けられていた姿見で自身の姿を捉えながら、ケヴィンは身なりを整えている。
白のシャツに赤のネクタイ、灰色のズボンという上下。
そこに今羽織ろうとしている、明るい黄よりの茶色をしたブレザー。
彼は学園の制服を着ていた。
「よし、と。こんなものかな。
そろそろ向かうとしよう」
最後に護導記章を首からぶら下げた。
たぶん問題ない、と少し適当な感じで身支度を切り上げたケヴィンは荷物を持って部屋を出る。
1階には見送りをするためか、アチェロとパウレッタが屋敷の入り口で待っていた。
「わあ、ケヴィン兄さん、制服姿もいいですねっ」
「そうかな。
オレとしては服が上等すぎて正直落ち着かないんだが……」
「貴族街の住人でしたら、これくらいが普通ですよ。
……あら? ケヴィン様少しネクタイが曲がっておりますね」
パウレッタがケヴィンの正面に立ち、記章を横に動かしてからネクタイを直し始めた。
彼女は慣れた手つきでそれをしているが、されるがままのケヴィンとしては何となく落ち着かない気分だ。
やがて直し終わったのか、パウレッタは離れてアチェロの斜め後ろに立つ。
「さあ、これで大丈夫ですよ。
これからは寮住まいなんですから、次からはご自身でちゃんとなさって下さいね」
「ありがとう。
なんとか心配されない程度には頑張ってみる」
「はい。
――さ、坊ちゃま。
お見送りするためにここにいるのでしょう?」
「うん……。
あの、ケヴィン兄さん、その……」
一応は話し合いで納得したとはいえ、寂しいものは寂しいのだろう。
アチェロのそんな感情がよく見えるような歯切れの悪さを見て、ケヴィンは彼の頭に手を置く。
そのまま撫でるのかと思いきや、クシャクシャと乱雑にアチェロの髪を掻き乱した。
「わわっ……兄さん?」
「休息日になって戻ってきたら一緒に遊ぼうな、アチェロ」
「――は、はいっ!
ケヴィン兄さん、行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃいませ、ケヴィン様」
「うん、行ってくる」
二人はそれぞれ見送りの挨拶をした。
アチェロは大きく手を振りながら、パウレッタはお辞儀しながら。
そんな二人にケヴィンも手を振り返した。
屋敷を出て門へ向かうと、そこにはモーガスがおり彼とも挨拶するケヴィン。
「行ってらっしゃいませ。
どうぞお体などお気を付けください」
「ああ、ありがとう」
コネリーは既に馬車で出発済みなので、結局家の者全員に出発の挨拶をしたことになる。
こういう経験は初めて。
だが気持ちよく学園生活を始められそうだと、ケヴィンは思うのだった。
昨日も歩いた学園への道のり。
本来であるならケヴィンのような学生服姿が他に見えるはずである。
しかし、今日の所は担任教師との顔合わせや説明などがあるとコネリーに言われ、他の生徒が出歩くよりも早い時間にケヴィンは登校していた。
学園に近づくと、さすがに早目の登校をしている生徒の姿がある。
男子生徒はケヴィンと同じ制服だが、ネクタイの色が違う生徒もいる。
女子生徒は男子とは違い首元にはリボンタイを付け、下はスカート。
色は男女共通で統一感があるようになっていた。
そうした他生徒を見ながらケヴィンは学園の敷地に入っていく。
貴族街西部・王立リンド高等学園
入り口たる門からして豪奢、という形容が似合う造り。
そこに「メリエーラ王立リンド高等学園」の文字が書かれた看板が無ければ、誰もそこが学校などと思いはしないだろう。
校舎は3階建て。外観は白い壁と赤茶色の屋根であまり凝ったものではないが格式高い造り、と言われている。
ケヴィンがコネリーから聞いた説明によると、元はリンド公爵家の敷地建物であったらしい。
その家が断絶してしまったため王家が接収し教育機関として利用することになったとか。
校舎内に足を踏み入れても、豪勢な造りは目を引く。
入口広間に備え付けられた天井の照明は豪華一辺倒、柱の一本一本に細かな文様が彫られていたり、壁と一体化している彫刻が有ったりと、とても学校とは思えない。
これでもまだ教育機関にするための改修をした後だそうなので、元がどれほどであったのかケヴィンには想像もつかなかった。
校舎に入り1階を左手に進む。
コネリーに「1階廊下左手の、最も大きな扉」が学園長室なのでそこに来るよう言われたケヴィン。
進んで間もなくして目当ての場所が見える。
明らかに他と大きさの異なる扉だ。
そこには「学園長室」という札が掛かっていた。
言われた場所に間違いないと確認したケヴィンは扉をノックする。
「ケヴィンだ。
言われた通りに来たぞ」
「時間通りですね。
どうぞ。
入ってきてください」
「失礼する」
扉を開けたその部屋もまた華美な装飾がそこかしこに見える。
今コネリーが座っている机などは彼の自宅にある物よりも二回りは大きく、何のための大きさなのかとケヴィンは思ってしまう。
「よくこんな部屋で仕事ができるな……。
オレなら絶対落ち着かないぞ」
「何事も慣れ、という事ですよ。
それはともかくとして、もうすぐケヴィン君の担任を務める教師が来るはずです」
事前の説明で1学年には1組あたり約30人ずつの生徒がいて、それが4組あり合わせて120人ほどになるとケヴィンは聞かされている。
その4つの学級それぞれに担任と呼ばれる教師が付き、生徒をまとめる役を担っているのだとか。
ケヴィンの担任がもうすぐこの場に現れるらしいが、その前にコネリーの印象も一応聞いておきたかった。
「担任の教師……。
一体どんな人物なんだ?」
「そうですねぇ、彼女は――
っと、どうやら来たようですね」
コネリーの物言いから女性であるらしい事は分かったが、その他を聞く前に扉から聞こえたノック音にケヴィンの思考は中断される。
「――学園長。ウナです」
「どうぞ、ウナ先生。
入ってください」
「失礼します」
そうして開けられる学園長室の扉。
ケヴィンはその女性の声から奥深い経験を滲ませるものを感じ取ったため、現れるのは成熟した女性だと思い込んでしまった。
しかし今ケヴィンの視線の先にいるのは。
「小さな……女の子⁉」
ケヴィンがそう呟いてしまった瞬間に部屋の空気が凍り付いた、と後にコネリーは周囲に語る。
その刹那コネリーはまずい、と感じ防御魔法を行使しようとするが、事態の進行はそれを許さないほど速かった。
目を瞑り、フルフルと震えながら右拳を固めるウナと呼ばれた女性。
かっ、とその目を見開いたその直後――
「だぁーれぇーがぁー、ちびっ子エルフかーーーーーーっ!」
見た目の体躯からは想像もできない程の加速力を以て、ケヴィンに肉薄。
そして繰り出される右拳、それもまた見た目の印象からは程遠い程の威力を秘めていそうであった。
実際ケヴィンの腹に直撃した時に、ズドォン、という大きな衝撃音を出している。
しかしそんな攻撃に対してケヴィンは体を少しくねらせただけであり、一歩も後ずさってはいなかった。
「……痛い」
「――な、あんた、一体……?」
ウナが止まった事で事態は一旦収まったようである。
そう感じたコネリーは魔法行使を中断した。
そして底冷えのするような重い雰囲気を出しながらウナを見据える。
「……ウナ先生?」
「は、はいっ!」
名指しされたウナは冷や汗をだらだらと流しながらコネリーに向き直る。
その目は直接コネリーを捉えることなく泳いでいる。
そんな彼女の姿を見てコネリーは溜息を吐いた。
「――1割減棒、3カ月」
「そんな、酷いよ学園長!
だってだって、こいつがあんな事言うからじゃない!」
ウナは横にいるケヴィンを指差しながら上下に細かく動かして言い訳している。
その姿は子供としか言いようがなかった。
「だってではありません――まったく。
一体どこの世界に、初対面の生徒相手に全力で殴りかかる教師がいるというのですか?」
「……すみません」
しょんぼりして謝るウナをケヴィンは横から眺める。
彼女は自身が言ったようにエルフで長い耳をしている。
容姿はエルフ特有の端整な顔立ちではあるが、幼さが消えていない。
栗色の長い髪をツインテールにしているのがその容姿によく似合っていた。
そう、とてもよく似合っていたのだ。幼い少女として見た場合この上なく。
ケヴィンがそう思ってしまったのも無理ないことだろう。
しかし、コネリーはケヴィンにも注意の言葉を告げてきた。
「ケヴィン君、君もですよ。
素直な部分は美徳だと思いますが、何でも口に出せばいいというものではありません。
特に相手の容姿というのは気を遣って言葉を慎重に選ぶ、時には話さない事も重要なのです。
分かりましたか?」
「う……その。反省する」
コネリーの言葉でケヴィンの脳裏に浮かんだのは、王都への道中の自身の姿。
具体的にはミュリエルに対してやらかしてしまった、あれやこれやである。
それを思い出してしまうと、とにかく自分が悪かったのだと思えてしまう。
「私の初対面の時も確かそうでしたか。
その辺りケヴィン君の悪い癖になっているようなので、自覚するように」
「……はい」
二人から十分に反省の色が見えたところでコネリーは雰囲気を元に戻した。
「ではお小言はこれまで。
二人共、互いに謝罪しつつ自己紹介を」
コネリーにそう勧められ、ケヴィンとウナは改めて正対する。
お互い気まずさを感じるが、そこは自分の役割を理解している年長者。
ウナの方から切り出した。
「その、いきなり殴って悪かったわね。ごめんなさい。
ウナ・コリンソン。
あんたが所属する1年2組の担任よ。
担当科目は魔法全般になるわ。
よろしくね」
想像していたよりもかなり素直に謝られた事にケヴィンは一瞬呆気にとられたが、そんな場合じゃないとすぐに復帰しウナに言葉を返す。
「こっちこそ、失礼な言葉を言ってしまい申し訳なかった。
ケヴィン・エテルニスだ。
こちらこそよろしく頼む」
その後ウナからワイスタに対する哀悼の意を表されると、ケヴィンはそれを受け入れ感謝した。
しかし、ウナにはまだ何か言いたい事があるようで、一つ溜息を吐く。
「――はああぁ。
でもまさかワイスタ様の弟子がこんなのだったなんて……。
どうして! 私はワイスタ様にお会いできなかったのかしらっ」
「……えっと?」
先程まで神妙な顔をしていたはずのウナが夢見る少女の顔になっている。
コロコロと表情が変わって面白い人だとケヴィンは思うが、さすがに「こんなの」扱いは酷い。
そんな二人の様子を笑みを浮かべて眺めていたコネリーは、補足するように説明を始めた。
「ウナはワイスタ先生の信奉者なのですよ。
いつか先生の弟子になるんだと言って憚りませんでした。
どこから嗅ぎつけたのか、私の邸宅に先生が訪れた事も把握してましたし、それはもう熱烈と言っていいくらいでしょうね」
「……師匠を崇めるのは、まあいいけど」
自分の世界から戻ってこないウナを見て微妙に先行きが不安になるケヴィン。
とはいえこのままでは話が進まないので、コネリーは切り札を出す。
「ウナ、ウナ。
ひとまずこれを見て下さい」
「――ああ、ワイスタ様……。
ってなんなのよ今いいところなのに」
ぶちぶち文句を言いながらコネリーの差し出した物を見るウナ。
それは一枚の紙でそこにはこう書かれていた。
ケヴィン・エテルニス入学試験結果・魔法、と。
「こいつの試験結果? これがどう……って嘘⁉
ちょっとコネリー、これ本当なの?」
「勿論です。
彼の試験に立ち会ったのは私ですし、その記録を確認し書いたのは組合の受付嬢。
一切の不正なくその記録が正しいものである事は疑いようもありません」
ケヴィンの試験結果を見た瞬間、それまで呆けていたウナの顔が真面目なものになりその紙を凝視する。
一方で提示したコネリーは悪戯が成功したと内心喜んでいた。
そしてまたケヴィンは状況に置いてけぼりにされるのだった。
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