第20話 9/2001・入学試験

「それでは支部長と私は別室で話し合うとして、ケヴィン君はこの部屋でまず学科の試験を受けて下さい。

 支部長、誰か手の空いている人をケヴィン君の監督に回してもらえますか?」

「了解。手配してきますよ」


 ホリスは一旦退出し、少し後ミリーを伴って戻ってきた。


「あ、ホントにケヴィン君だ。

 ちゃんとコネリーさんに会えたんだ。よかったね」

「ああ、ありがとう」

「ミリー、これからこいつに学園入学用の試験を受けさせる。

 お前はここでこいつの監督しながら自分の事務仕事でもやっとけ」

「はい分かりましたー。

 準備してくるので少し待って下さいね」


 そう言ってすぐに部屋を退出するミリー。

 一方でケヴィンはコネリーから裏返しにされた一枚の紙を渡される。


「これが試験用紙です。

 全問正解しないといけない、とかではないのであまり気張らずに」

「分かった。なんとかやってみるよ」


 その後ミリーが戻ってきて、コネリーとホリスの二人は退出。

 すぐに試験を始める事となった。


「それじゃ始めるよ。

 制限時間は2時間。

 よーい、始め」


 開始の合図を出しながらミリーは持ってきた砂時計をひっくり返す。

 ケヴィンも試験用紙を表にして問題を読み始めた。口に出しながら。


「えーっと、問1、次の文章で正しいと思うものに――」

「ちょ、ちょっと待った。

 ケヴィン君ケヴィン君、こういう試験はね? 何も喋らず行うものなのよ。

 ほら、今日はケヴィン君一人だけど、本来は何人も一緒の所で試験するわけだから」

「そうなのか。

 またやってしまったな……。

 指摘してくれてすまない」

「いいのいいの。

 それじゃ再開して、今度は静かにね」


 そう言いながらミリーはいつの間にか横倒しにしていた砂時計を元に戻す。

 どうやらさっきのやり取りを制限時間に含めないでいてくれるらしい。

 その小さな心配りに感謝しながらケヴィンは試験に臨んでいったのだった。


「――はーい、2時間経過っと。

 筆置いてね」


 ミリーに言われてケヴィンは机に筆を置く。

 砂時計を見れば確かに砂は落ちきっていた。

 用紙を回収しながらミリーはケヴィンにこの後の事を話した。


「それじゃ、コネリーさん呼んでくるから少し待っててね。

 この後は魔法の試験。

 賢者様のお弟子さんなら問題ないと思うけど、頑張ってね」

「分かった。ありがとう」


 ミリーが退出していった後、ケヴィンは思わず体を伸ばしてしまう。

 彼は気付いてなかったが、学園へ通うという進路に関わるものであったことと、知らない問題が幾つも出たということから、そういう経験の無いケヴィンはかなり緊張していたのである。

 ん~、とケヴィンが大きく腕を伸ばしているところにコネリーが入室してきた。


「お疲れ様でした。

 ざっと見た限りですが、基準は超えているようなので学科は合格です。

 魔法関連は完璧、計算も問題なし。

 ですが、やはり一般常識に欠けますね。

 これから頑張って学習していきましょう」

「ふうっ、大丈夫だったか。

 解けない問いが多かったから、ダメかと思ってしまった」

「あくまで基準を測るためですからね。

 入学後に伸びてくれればいいのです。

 さて、では次はここの横にある魔法修練場に行きますよ」


 コネリーは安堵の息を吐くケヴィンの案内をしながら魔法修練場の説明を始める。

 修練場とは組合支部本館に併設されている場所で、各護導士の訓練のために解放されている施設である。

 地上部分は魔法の、地下部分に魔法無し戦闘の修練場がそれぞれ設けられている。

 魔法修練場は、魔法を扱うという特性上、煙や粉じんが舞ってしまうので、基本的には屋根などなく開かれた状態だ。

 そんな場所を訪れたケヴィンは、おお、と感嘆を漏らす。

 そこには何人かの護導士が思い思いの魔法を練習している光景があった。

 他人の魔法の練習風景など見たこと無いケヴィンとしては興味が出ても仕方ないことだった。

 しかし今は自分のやる事優先、と思い直しケヴィンはコネリーに問い掛ける。


「それで、ここで何をすればいいんだ?」

「まずはあそこへ向かいましょう」


 そうコネリーが指さす場所の先には横に広がる高めの土塁があった。

 それの前には堀があり、ある程度水が張られている。

 さらにその前には地面に一直線上等間隔で、およそ10m間隔であろうか、描かれている円。

 そんな場所まで近づいてからコネリーは指示を出す。


「土塁の真ん中に×印が描かれているのが見えますね?

 あの印めがけて……そうですねケヴィン君なら……初級攻撃魔法を撃ってください。

 描かれている円の奥から2番目の所から放つようにお願いします」


 その指示を聞いてケヴィンは何事か考えながら、確認のためにコネリーの指示を復唱する。


「……あの、距離にして大体初級攻撃、でいいんだな?」

「そうですが、何か質問でも?」

「いやいい、大丈夫」


 少し首を傾げながらその円の場所まで向かうケヴィン。

 コネリーは何か不安点でもあっただろうかと思ったが、本人が大丈夫と言っているので気にしない事にした。

 そんな時にコネリーの後ろから先程聞いた声が響く。


「どうも。お邪魔しまーす」

「おや、ミリー。

 仕事はいいのですか?」

「支部長に、ついでに少し休憩してこいって言われて。

 せっかくならケヴィン君の見学をと思いまして」

「なるほど。

 それではさらについでで記録係をお願いしてもいいですか?」

「分かりました、やりますよ」


 ミリーはコネリーから渡された板に添えられている用紙を見た。

 そこには、「ケヴィン・エテルニス 初級攻撃 距離20m」と書かれている。

 それを確認したミリーは少し驚きの表情を見せる。


「えっ⁉ ケヴィン君、初級攻撃魔法でいきなり20mからですか?

 学園の試験って確か5m始まりですよね?」

「そうですが、まあ先生の弟子ですしこれくらいは問題ないという判断です。

 今朝、彼の魔法は見させてもらってますしね」

「へえー。

 ってケヴィン君杖持ってないみたいですけど……?」

「ああ、朝も彼は杖無しで魔法行使してましたよ。

 そういうところも先生そっくりなんですよねえ」

「はー、すごいですね」


 昔のワイスタを思い出したのかうんうん、と何度も頷くコネリーと既に驚いているミリー。

 そんな二人を遠目にケヴィンが指示された場所から声を出す。


「もう始めていいのかー!」

「どうぞー!」


 何故ミリーがいるのかわからないケヴィンだったが、コネリーからの返答があったので、そのまま魔法を行使する。


「『出でよ火の球』――火球」


 ケヴィンは右手を上に掲げ、その上に直径30cm程度の火球を出現させる。

 そしてそのまま印めがけて火球を放った。

 火球はケヴィンの狙いを違える事無く×印の中心にボン、という音を立てて着弾。

 その箇所はプスプスと音をたて少し煙を出している。

 その光景を見てコネリーは満足そうに頷いていた。


「やはり問題無かったですね。

 ――ケヴィン君、次は30mの地点から同じようにお願いします!」

「あんなにあっさりと……。

 しかも行使するの速すぎ――っとと、記録記録。

 使用魔法は火球で20mは〇、と。次は30m……」


 コネリーが次の指示を出し、ミリーは記録を書き出す。

 そして次の地点からケヴィンは再び火球を放ち印に命中させる。

 そうしたやり取りが100m地点まで行われることになる。

 それが行われている最中、周りで訓練していた護導士たちからどよめきが聞こえていた。


「おいおい、今あそこで火球撃ってるのナニモンだ⁉

 杖無しでもう80m当ててるじゃねえか」

「指示出ししてるのって、あれコネリーさんだよな。

 てことは撃ってる奴は学園生?

 でも制服着てないし、よく分からん」

「あ、今90mも当てました。

 世の中にはすごい学生さんがいるものなんですね……はは」


 そんな風に注目されているとは知らず、ケヴィンはまた首を傾げながらコネリーの元へ戻ってきていた。


「ケヴィン君お疲れ様でした。

 ……と浮かない顔をしていますがどうしましたか?」

「いや、最後の印を少し外してしまったからさ」


 コネリーは理由を聞いて苦笑する。

 ミリーに至っては先日とは違った意味で「この子本気?」という顔をしていた。

 確かに×印の中心からは外れているが、ちゃんと印には当たっている。

 そもそも100m離れた位置から1m程度の大きさしかない印に当てる事自体困難なのだ。

 それの中心を狙うなど精密にも程がある。

(私でもぎりぎりで印に当てれるかどうか。おそらくは、出来て高位の魔法系護導士や上位の魔法師団員くらいでしょうね)

 コネリーは内心でそう思いながら、ケヴィンに対して問題はない事を告げる。


「あれだけ出来るのですから何の問題もありませんよ。

 さて、魔法試験も合格です。

 これで学科と合わせて入学試験合格となります。

 ケヴィン君おめでとう」

「そうか、合格か。ありがとう。

 魔法はともかく学科の方は本当に緊張したな」


 ケヴィンは肩をぐるぐる回しながら返答している。

 初めての試験というものを受けてそれなりに疲労しているようだ。


「試験は終わりましたが、もう少し帰るのは我慢してください。

 次にこのまま魔法適性の検査を行います。

 ミリー、引き続き記録をお願いできますか?」

「興味ありますし、最後まで付き合いますよ」


 そうして三人は修練場の一角へと移動する。

 先程ざわめいていた護導士たちも野次馬するべく距離を取って移動していた。

 そこには硝子の球体が銀の台座に載っている、器具らしき物があった。


「この球体の中に向けて行使できる生活魔法を順に唱えていってください。

 行使出来たと器具が判断した際に、ここの銀板が光るようになっています。

 それでもし次の行使が最初の行使より強かった場合、最初に光った銀板は消えます。

 そして最後に残った光る銀板の属性がその人に最も適性ある魔法属性という事になりますね」

「へえー、面白い仕組みだなこれ」


 ケヴィンは面白がりながら器具を眺めている。

 一頻り眺めて満足した後、魔法を行使しようとした。


「もう始めてもいいのか?」

「どうぞ、いつでも結構ですよ」

「分かった。それじゃ――――、

『火よ灯れ』――灯火

『そよ風よ吹け』――微風

『掘り起こせ』――掘起

『流れる水よ』――流水

『明かりよ』――照明

『落ちよ影』――陰影

『冷たき息吹よ』――冷却

『払い清めよ』――浄化」

「ちょ、ちょっと待ってよ⁉ ケヴィン君速すぎ!

 こんなのじゃ検査に……ってええええええ⁉」


 ミリーは光る銀板を見て驚愕している。

 コネリーも一瞬だけ目を開いたが、納得したように頷いている。

 遠巻きにしている野次馬はなんだなんだ、と騒がしくなってきていた。


「火、風、地、水、光、闇全部点いてる……。

 ぜ、全属性に等しく適性あり……?」

「やはりそうでしたか。

 今朝浄化を使った時点でそうではないかと思ってました。

 浄化は光と闇以外の複合ですからね」


 ミリーとコネリーの話を聞いていた護導士やじうまたちは先程より大きくどよめいた。


「あんだけ火球を精密に撃てるのに、全属性持ちかよ。

 信じられねえ……」

「あれ本当に学園生?

 それの皮を被った高位魔法師とかじゃないのか?」

「あはは……。もはや遠い世界の出来事みたいですねー」


 ケヴィンは少し騒がしいな、と思いつつも目の前の器具を面白そうに眺めている。

 自分のしでかした事大きさを理解せず子供のようにはしゃぐケヴィンを見てミリーは一つ溜息を吐くのだった。


 しかし騒動はまだ終わらない。

 今度はコネリーまで巻き込んでしまうことになる。


 修練場を出た三人はケヴィンの護導記章を発行する為に、本館にある格鑑定場を訪れていた。

 そこには先程の適性検査器具と似たような透明な球体が置かれていたが、透明度が若干低い。


「ケヴィン君も承知でしょうが本来、格鑑定の魔法というものは行使者の格を超える格を鑑定できません。

 ですが、各組合支部に一つずつあるこの鑑定器ならばどれほど高い格であろうと鑑定することが出来ます。

 そして鑑定された結果を記章に写すところまでがこの器具の役割ですね」


 そのコネリーによる説明にまたしても目を輝かせて器具を眺め始めるケヴィン。

 ミリーはそんなケヴィンを促す。


「ほらほら、興味あるのは分かったからこの上に掌を置いてね」

「こうでいいのか?」


 ケヴィンが掌を置いた瞬間、球体が淡い光を放つ。

 それを確認したミリーは脇に保管されていた銀板を取り出し器具に近づけた。

 やがて銀板も淡い光に包まれる。

 ほどなくしてそれは収まっていった。


「よし、これでおしまい。

 あとはこれを首飾りにして、と。

 はい、これがケヴィン君の護導記章になるよ。

 魔力を通すとその人の情報が浮かび上がるからやってみて」

「魔力だな、分かった」


 ミリーに銀板を首飾り状にされて手渡される。

 ケヴィンはワイスタが記章を光らせているところを見たことはある。

 だが自分のとなると当然初めてなので少し緊張していた。


「どれ……おっ、出てきた出てきた。

 ケヴィン・エテルニス、格3、所属メリエーラ王国護導士組合……。

 本当にちゃんと出てきてるな、すごいすごい」

「な、何ですって⁉ ケヴィン君今のは本当ですか?」


 すごいを連呼しているケヴィンにコネリーが食い付いてきた。

 ミリーの方はと言えばもう何が何やらと口を開けたまま呆然としている。

 何故コネリーがそんな反応をしているのかケヴィンには分からなかったが、そのまま記章を見せる事にした。


「本当だって、ほら」

「……確かに格3、ですね……。

 ふっ、うふふふふふふ。あっはっはっはっは。

 ワイスタ先生、貴方という方はどこまで私を驚かせてくれるのか……」


 驚いたかと思ったら今度は笑っている。

 そんなコネリーの姿を訝しみケヴィンは説明を求めた。


「師匠が何なんだ? 説明してくれよ」

「それはですね……今は秘密です。

 これは学園が始まってからのお楽しみとすることにしましょう」


 そんな風に笑うコネリーの表情は、どこかしら悪戯心を覗かせるものだったという。

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