第19話 9/2001・バーク邸で迎える朝
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【神暦1498年6月9日
コネリーは学園長であっても、身内贔屓はしたくないらしい。ということでオレは入学試験というのを受けることになり護導士組合に連れていかれた。
色々言われたが基準は超えているので筆記試験は合格。
その後魔法適性を調べるのと魔法試験。
魔法試験は初級攻撃魔法を目標に向かって撃てと言われた。次に適性を調べるために生活魔法を一通り唱えた。
休憩中だったのか一昨日会ったミリーという名の受付嬢が見に来ていて、オレの結果に驚きの声を上げていた。何かあったのだろうか?
よくわからないがとりあえず魔法試験も合格ということだった。これで入学試験は合格。
その後に格鑑定を受けさせられた。今度はコネリーも結果に驚いているようだ。思い当たる節がない。一応何に驚いているのか聞いてみたが凄く良い笑顔ではぐらかされた。一体なんなのやら】
メリエーラ王国 王都パルハ・バーク伯爵邸
早朝4時半頃。
いつもと同じような時間にケヴィンは起床する。
そしていつものように魔力変換からの維持と魔法行使を意識する事無く行う。
その時、彼の目に映ったのは昨日の宿のものとはまた違う天井。
それを確認したケヴィンはそこがコネリーの邸宅である事を思い出した。
そして今ケヴィンがいる場所は、彼のためにあてがわれた部屋。
(昨日からここがオレの部屋、か。まさか家を出て一週間もせずにそのようなものを持てるとは)
フッ、と軽く笑いながらケヴィンは靴を履き部屋を出た。
日課を行うため、1階に降り中庭への扉を探していると、廊下の奥からカチャカチャと音が聞こえる。
昨日ケヴィンも行った食堂より奥から聞こえるので、おそらくモーガスかパウレッタのどちらかが朝食の準備をしているのだろうと、見当をつけた。
声を掛けて仕事の邪魔をすることも無いか、とケヴィンは考えそのまま中庭へ向かった。
中庭には建物に沿うような形で花壇があり、綺麗な花を咲かせていた。
ケヴィンから見て奥側には、広くはないが畑のようなものが見える。
家の誰かが育てているのだろうか、既に成熟した実をつけているのもあり、収穫間近のようだ。
そういった光景を目で楽しみつつ、ケヴィンは動ける場所を探す。
日課を行う上で、芝生が敷き詰められている場所ではせっかくの庭を汚してしまうことになる。
幸い通路と中央の足元は土の地面だったので、ケヴィンは中央の円形の場所で日課を始めた。
「――ハッ!」
掛け声とともに突き出される右拳、飛び散る汗。
ケヴィンが日課を開始してから1時間以上経った頃、ケヴィンの後ろからパチパチと手を叩きながらコネリーが近づいてきた。
その横にはまだ眠そうに目を擦っているアチェロがいる。
「おはようございます、ケヴィン君。
朝早くから精が出ますね」
「おふぁよーございまあす、ケヴィン兄さん。
ふわあああぁぁ」
「おはよう、コネリー、アチェロ。
もしかしてうるさくして起こしてしまったか?」
アチェロがあくびをしながら朝の挨拶をしてくるので、ケヴィンは眠りの邪魔をしてしまったのかと考えた。
しかしコネリーは笑顔で首を横に振る。
「大丈夫ですよ。
ケヴィン君の声は、部屋の方にあまり響いていませんでしたから」
「そうか、ならよかった」
ケヴィンが額の汗を拭いながらそう言うと、その姿を見たアチェロが手拭いを差し出そうとする。
「あっケヴィン兄さん、汗だくです。
これをどうぞ」
「ああ、ありがと……すまん、ちょっとだけそのまま持ってくれるか?
二人共、少しオレから離れて」
「分かりました。さあ、アチェロも」
「? あ、はいっ」
ケヴィンが何をしようとしてるのかコネリーには分かっているようで、素直に距離を取る。
分かっていないアチェロは首を傾げながらも父の横についた。
「よし。
『流れる水よ』――流水」
ケヴィンが魔法を行使すると彼の頭の上に大きな一塊の水が現れ、そのままケヴィンに向かって落ちていった。
ザバァ、という音の後ケヴィンのいたる箇所から水が滴り落ちる。
その姿に慌ててアチェロが手拭いを差し出してきた。
「魔法⁉ ――って、わわわっ、ケヴィン兄さんがびしょ濡れですっ。
は、早くこれで拭いてください」
今度こそケヴィンは手拭いを受け取り、それで顔を拭う。
その顔は満ち足りていて笑っていた。
「ふうーっ、さっぱりしたぁ。
『払い清めよ』――浄化」
それが行使された次の瞬間、ケヴィンの周りに魔法の光が満ちる。
光が収まりケヴィンの姿を見てみれば、彼自身や衣服、持っている手拭い、それらの水分が全て払われ乾燥していた。
それどころか、僅かに汚れていた部分も綺麗になっており、まるで新品同様に。
アチェロはその姿に目を輝かせ感動している。
「ふわぁー。
ケヴィン兄さん、スゴイです、カッコイイですっ」
「そうか? まあ手拭いありがとうな。
もう綺麗になってるからそのまま使ってくれ」
「はいっ」
「フフフ。
流れるような魔法行使はさすがです。
それに面倒くさがりな身の清め方も先生と全く同じやり方。
まさしく先生の弟子といったところですね」
「ははっ。
オレは師匠と違って風呂に入るのも好きなんだけどな。
ただ手早くさっぱりしたい時はこんな風に真似てしまうよ」
三人はそんな風に談笑しながら食堂へ歩いていた。
食堂では既に朝食の準備が整っており三人は席に着く。
給仕のため控えるように立つモーガスとパウレッタの姿を見てケヴィンが呟く。
「昨日の夕食で初めて聞いたけど、使用人の食事時は別というのはやっぱり違和感あるなぁ。
一緒に食べればいいのに」
「ケヴィン兄さんもそう思いますよね?
僕もパウレッタと一緒に食事したいのに……」
「坊ちゃま、そう我儘を申されては私が困ってしまいます。
これも仕事の内と何度も申し上げているではありませんか」
子供らしい姿を見せるアチェロを窘めるパウレッタ。
しかし一見澄ました表情の彼女の口元は軽く笑みの形を作っていた。
どうやらアチェロに言われたこと自体は嬉しい事のようである。
「私もモーガスやパウレッタは家族同然に思っています。
ですが、貴族のしきたりというのも無視できないものなんですよ。
その辺りは諦めて慣れてくれると助かります」
やや苦笑気味にコネリーがそう話を締め、三人の朝食が始まった。
納得できないという顔をしつつもアチェロは素直に食を進めていく。
ケヴィンもその事に口を挟むような真似はしなかった。
朝食後、茶で一服しているとコネリーが今日の予定を話し始める。
「今日はこの後、ケヴィン君に当学園の入学試験を受けて貰います。
とりあえず、諸々の説明を私の書斎で行いますので、後で来てください」
「試験……?
なんだかよく分からないが書斎に行けばいいんだな?」
試験、というケヴィンにとって耳慣れない言葉を聞いて首を傾げているが、言われたことには従おうとしている。
その様子を見たコネリーは一応の説明をすることに。
「試験というのは、その人物がどれだけの実力を持っているのか測るために行うものです。
入学試験であれば、その学校に通うだけの基準を超えているかどうかの判断材料にする、ということですね」
「しかし父上。
ケヴィン兄さんはあれだけの事ができるのですから、試験をしなくてもいいのでは……?」
アチェロはまだ先程の光景が忘れられないのか、少し興奮気味だ。
しかしコネリーはその問いかけに首を横に振る。
そうして優しく教えを授けるようアチェロに返答していた。
「そういうわけにはいきません。
既にケヴィン君は私の身内ですが、だからこそより公正さを周りに示さないといけない。
それは然るべき手順を踏む、ただそれだけの事をすればいいのです。
そうしておけば、周りが何と言おうとも自分たちは正しいと胸を張ることが出来ます。
私の言う事がわかりますね? アチェロ」
「……はい。
差し出がましい事を口にしました」
諭されて若干気落ちしているアチェロ。
その頭を宥めるようにコネリーが撫でていた。
アチェロはくすぐったそうに表情を戻している。
(養子と言っていたが、仲の良い親子だな)
ケヴィンは心が温かくなるのを感じながら二人の姿を眺めていた。
その後、ケヴィンは言われたようにコネリーの書斎を訪れる。
すぐにコネリーからの説明が始まった。
「まず当学園の入学を希望する者には、承諾して貰う事があります。
一つは昨日も言ったように護導士資格を得る事。
そしてもう一つは学園在籍中においては、授業や護導士その他活動の如何にかかわらず大怪我や死亡する可能性がある事です。
ケヴィン君。この二つに承諾しますか?」
「勿論、承諾する」
そもそもケヴィンは護導士になるために王都を訪れている。
そして護導士になるということは魔族と戦うという事。
怪我や死の覚悟無しでやっていける職業ではないことは百も承知だった。
故に、ケヴィンは一瞬も悩む事すらなく即答できる。
迷いの無いその表情を見てコネリーは頷いていた。
「結構です。
では次に学園について大まかな説明をしましょう。
まずは――」
後で試験が控えているというので、いつもより早口で説明を続けていくコネリー。
ケヴィンは時折覚書を取りながらそれを聞いていた。
大体の説明が終わったところで、コネリーはパン、と手を一つ鳴らす。
「はい、ではこれから試験を受ける場所に移動します。
本来であれば学園内で試験を行うのですが、今回ケヴィン君は中途での入学ですし、一人だけ。
ですので学科と魔法の試験を同時に行うため、別の場所になります」
「どこで行うんだ?」
ケヴィンの質問にコネリーは眼鏡を直しながら返答する。
その顔には、ニヤリとした笑みが浮かんでいる。
「護導士組合北支部です」
王都パルハ・北大通り
妙に楽し気なコネリーの後ろについていくケヴィン。
昨日コネリー邸に向かった時と逆方向を進んでいる。
二人は雑談しながら歩いていた。
「昨日今日とオレに付き合って貰ってる形だけどいいのか?
学園長という仕事があるんじゃ」
「学園長というのは基本授業には関係ないですからね。
たまに代行で授業を行うこともありますが、そんなのは稀です。
それよりも学園に関係する各所との交渉の方に多くの時間を取られます。
護導士組合もその一つ。
なので今日の事もどちらかと言えば、ケヴィン君の試験の方がついでなんです」
「そういうものなのか」
物事は単純そうに見えて、複雑な動きをしている事もあるらしい。
ケヴィンはそのように考えて納得することにした。
護導士組合パルハ北支部
しばらく歩いて二人は北支部に到着した。
コネリーは中に入るとすぐに中央の窓口へ向かう。
そこには一昨日ケヴィンが見た人とは別の女性が座っていた。
その受付女性にコネリーは話しかける。
「こんにちは。ホリス支部長に面会を希望します
」
「承りました、コネリーさん。
それでは2階の応接室で待っててください」
「お願いしますよ」
どうやら顔なじみで何度も同じやり取りが繰り返されているらしい。
余分が一切なく簡単な言葉だけで話を通せるようだ。
ケヴィンは感心しつつコネリーの後を付いていき2階の応接室で待つ事になった。
「ずいぶん慣れた感じだったな。
それに相手はコネリーの事を様付けしてなかったし」
「私は休止しているだけで、今も護導士ですから。
ここにいる時はそういう遠慮無しで、と私がお願いしているのです」
なるほど、とケヴィンが頷いていると扉がノックされホリスが中に入ってきた。
ホリスはケヴィンの姿を確認すると一瞬目を大きく開いたが、すぐ納得したように頷きを見せた。
「どうもコネリー殿。
――それと、連れがいるとは聞いていたがお前さんの事だったとはな、ケヴィン。
ちゃんと会えたようでなによりだ」
「ああ、一昨日は世話になった」
「いいってことよ」
ホリスはケヴィンに笑って返す。
他人を威圧するような体格という見た目に反して、結構世話好きな性格のようだ。
その辺が支部の長を任されている理由かもしれない、とケヴィンは笑うホリスを見ながら思っていた。
「それでコネリー殿。
いつもの打ち合わせにこいつが一緒なのは何か理由があるので?」
「はい。
ケヴィン君を高等学園に通わせようと思いまして。
試験の場所を借りに来たという次第です」
「ははあ。そいつはいいですな。
こいつの無知は放っておくとどうなるか分かったものではありませんからな」
「そうですね。
我が家で人を呼ぶのに門をドンドコ叩いたりとかね」
わっはっは、と笑い合うホリスとコネリー。
(まあ事実だけど。そこまで笑わなくても)
そんな風に思いながらケヴィンは二人を半目で見るのだった。
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