第18話 8/2001・進むべき道
ワイスタの話が一段落して次にケヴィンのこれからについて話が移っていった。
ケヴィンが望みを言う前に、コネリーの方から話が出る。
「ケヴィン君が王都にいる時の衣食住の心配はしなくても大丈夫です。
ここを自分の家と思って貰って構いませんよ。
それと、今後ケヴィン君の身元保証は私が承ります。
何かあった時は遠慮なく私の名前を出すようにして下さい。
当面はこの王都で活動する予定なんですよね?」
「ああ、そうだ。
師匠の後を継ぐと決めたからには、ここで護導士活動していければと、思っていたんだが……」
何故か歯切れの悪い言葉で話を締めた事に、コネリーは何がしかの懸念があると考え、ケヴィンに問う。
「何か問題でもあるんですか?」
「問題と言えば問題になるんだろうな。
オレは師匠と人里離れて暮らしていたから、人付き合いで色々経験が足りない。
それにオレも薄々気が付いてはいたんだが、師匠の教育は魔法中心になり過ぎてて、これも色々常識が足りてない。
今日も中の人呼ぶのにここの門ぶっ叩いてしまったし」
「ああ、あれは確かにいきなりで驚きましたね。
私としては気にするほどでもないとは思うのですが、行儀という点で言えば良いとは言えないでしょう」
「……やっぱりそうなんだよな。
ここに来るまでも色々あったからちょっと考えさせられてさ。
こういうのがオレ一人の問題ならいいんだが、恥を晒して賢者の弟子の名に傷をつけるわけにはいかない。
そういう事して、師匠の名を汚すような真似は決して許されないんだ。
例えそれがオレ自身の行動であっても」
会話の中でケヴィンが何を言いたいのかをコネリーは把握した。
彼としては羨ましい程の師弟の絆の強さの結果なのだろう。
「師匠思い」というのがこの場合、ケヴィンの行動を狭める事になっているのだ。
ワイスタ自身が割と気ままに行動していた事を考えると、皮肉としか言い様がないのだが。
ただそういう事であるならば、コネリーにはケヴィンに提示できる事があった。
「なるほど、要するにケヴィン君としてはある程度まで常識や人付き合いの経験を得た上で護導士活動をしていきたい、と」
「ああ、そういうことになる」
「分かりました。
でしたら、私の方からケヴィン君に提案できる事があります」
「提案?」
「はい。
その前に一つ聞きますが、ケヴィン君は今10代後半ですよね?」
「今月3日に16歳となったばかりだけど」
「でしたら尚更ちょうどいいですね。
提案というのは、私が学園長を務めるリンド高等学園に通ってみませんか、ということなのです」
コネリーの言う提案はケヴィンにとって全く予想外のものだった。
その証拠に目を瞬かせながら呆然としているケヴィンがそこにいる。
少しの後、頭を振ってケヴィンは再起動した。
「オレが、学生になるのか?」
「そうです。
しかもここの学園生はただの学生ではありません。
入学者には全員護導士資格を取ってもらっています。
これは指導内容の一環として、護導士活動が含まれるからです。
そして、護導士になる以上は当然魔族討伐にも実習で参加して貰います」
それが本当に学生のする事なのかとケヴィンは驚き疑問を持ってしまうが、当のコネリーの表情は至って真面目であり嘘や冗談を言っている雰囲気ではない。
「一つ同じ学び舎の中で同年代の人間と交流を図りながら、学ぶべきことは学ぶ。
それでいて護導士活動も行える……どうですか?
今のケヴィン君の希望にピッタリ沿えるものだと思いますが」
コネリーはそう言って提案話を締めくくる。
ケヴィンが考えるまでも無く、コネリーの言うようにまさしく希望通り。
だったらケヴィンが選ぶ道は決まっている。
「それは答えが一つしかないやつだな。
当然、提案に乗らせて貰いたい」
「分かりました。
ではその方向で話を進めていきましょう」
「でも年の途中から入学しても付いていけるのか?」
「それならたぶん大丈夫ですよ。
学園の年度始まりは6月1日なのです。
明日明後日は準備がありますので、通い始めるのは次の週頭11日からがいいですね。
まあ1週間くらいの遅れは誤差という事で、そこはケヴィン君の頑張りに期待するとしましょう」
どうやらコネリーはケヴィンを甘やかすつもりは無いようである。
ある意味教育者らしいその言葉にケヴィンは苦笑しながら頷くのだった。
この家に世話になったり、学園に通うという話になってケヴィンは自身の避けて通れない話題があるのを思い出した。
引き続き学園の話に絡めながら、ケヴィンは伝えるべき言葉をあらかじめ考えておく。
「学園ってどれくらいの期間通うものなんだ?」
「当学園は2年制です。
1年の間は基礎的な部分をしっかりと固めて貰って、2年次には実習を中心とした内容になっていきます」
「そうか。
……実は世話になる上で、コネリーには知っておいて貰いたい事があるんだ」
ケヴィンの表情が今までになく張りつめたものであるため、話の内容が軽いものではないと推測するコネリー。
話に備えるべく、気を引き締めてケヴィンを促した。
「私に知っておいてほしい事ですか……。
伺いましょう」
「ああ、なんて説明すればいいのか……。
えっと、9月と10月の2か月間、1年で合季節と言われる間。
その期間だけ、オレは極端に体調を崩しやすくなる。
重症化することもあるから、その時はだいぶ迷惑かける事になると思う」
合季節は自然において春~冬の特徴全てを含む季節の事である。
春~冬の各季節それぞれでしか採れない食物がこの季節で全て再び採れたり、高めの気温でも雪が解けずに積もったままだったりする。
逆に春や秋のような穏やかさがずっと続く年があったりと、どうなるか予想がつかない不安定な季節なのだ。
気温は冬が終わり暖かくなっていく過程で、極端に上下しないというのは救いだろう。
そしてこの季節は魔法がほぼ確実に暴発する季節ということが常識となっていた。
「――――。
そのような体質があるとは、初めて聞きます……。
確認なのですが、それは合季のみに起こるのは間違いないのですね?」
「ああ、本当に合季だけだ。
そしてここからの事は、真に信頼のおける人間以外には他言無用にして欲しい」
コネリーとしては聞いたこともない体質の事だけでも十分驚きの内容だったのだが、話はまだ前座であったらしい。
聞く側のコネリーはさらに気を引き締めた。
「この厄介な体質は……オレのこの右目に原因がある。
詳しい事を今は言えない。
ただ、この右目を覆っている布に師匠自らが封印魔法を施したという時点で事の重大さを理解して貰えたら、と思う」
「――⁉」
今度こそコネリーは絶句してしまった。
封印を施したとなれば、それは賢者と呼ばれた人間がどうにかする術を持つことが出来ず、封印という対処療法を取らざるを得なかったという事である。
さらにその封印を行ったのがワイスタだというのも問題だ。
下手をすればその封印の下には格80を超えるような脅威が眠っている可能性がある。
確かにおいそれと口にできる内容ではなかった。
「……なるほど。
これは誰にも話せませんね。
ただ一つだけ確認させて下さい。
“今言えない”のであればいつか詳しい事が聞けるのでしょうか?」
コネリーのその言葉にケヴィンは竦めながら首を横に振る。
その表情は軽いものではなく苦悩に満ちたものだった。
「正直分からないんだ。
いつか言えるようになるのか、それともこの先ずっと言えないのか……」
「そう、ですか。
分かりました。
この話は私の胸の中だけに収めておきましょう」
「すまない。
本当に迷惑をかける」
「いいのですよ、このくらい。
ケヴィン君の後見という実感が出るというものです」
コネリーが場の雰囲気を明るくしようとしているのが分かってケヴィンは少し嬉しくなった。
今までこういう風にケヴィンを思いやってくれる人間は師匠ワイスタと母ミラブール以外いなかったからである。
ケヴィンもその心意気を無駄にしようとは思わず、笑みを浮かべ明るく振る舞おうとするのだった。
話すべき事は一通り終わったと、ケヴィンは一つ大きく息を吐いた。
ケヴィンは喉を潤そうとして湯呑みに手を伸ばしたが途中で止まる。
見れば湯呑みの珈琲は既に空。
その様子を見ていたコネリーは手元にあった呼び鈴をチリリン、と鳴らした。
時間をかけず、応接間の扉がノックされ執事のモーガスが入室してきた。
「旦那様、お呼びでしょうか」
「はい。
飲み物が無くなったのでお代わりをお願いします。
それと、アチェロとパウレッタに話があると言ってここに呼んで下さい」
「かしこまりました」
モーガスが部屋を退出した後、コネリーが何か思い出したかのようにケヴィンに話をする。
「ああ、そうでした。
一つ確認したい重要な事を。
ワイスタ先生の件は私から各所へ報告しても構いませんね?」
「それは別に構わないが、何かあるのか?」
ケヴィンとしては護導士組合でも話したし、勝手に広まるだろうと思っていたのだ。
わざわざ報告なんて必要なのかと考えている。
「例えば王家の方々にすれば、例の指輪を送る程恩義を感じているのです。
勝手に広まった結果、その方々が国を挙げて葬儀したいと言ったらどうします?」
「……それは嫌だな」
「そうでしょう?
ですのでそうなる前に、先生関連の話は私に集中するように手を打っておくのです」
「そういう事なら逆に頼みたいくらいだ。
よろしく頼む」
「はい。任せてください」
その後、しばらくしてまた扉がノックされた。
先程のノック音より少し控えめである。
モーガスじゃないのかな? とケヴィンが考えていたところで女性の声が聞こえてきた。
「――旦那様。
お呼びとお聞きしましたので、アチェロ坊ちゃまをお連れ致しました」
「ご苦労様です。
入ってください」
「失礼します」
「失礼しますっ、父上」
落ち着いた女性の声と元気の良い少年の声が続けて聞こえてきた。
中に入ってきたのは20代の女性と10歳前後の少年。
女性の方は上下が黒色ワンピースと、その上から真白い前掛けを着けた衣装。
白いバンドを付けた頭部は黒髪で後ろでお下げにしている。
頬に少しそばかすがあるのが特徴的だ。
少年の方は白い半袖シャツに紺の袖無し上衣と紺の半ズボンを着ている。
茶色の髪を短く刈り揃えており、くりっとした黒目と合わせてかわいらしいという表現が似合いそうだ。
そんな二人が今応接室の中に入ってきて礼をしていた。
女性の方は少年の後ろに控えるように立っている。
「父上、話とは何でしょうか?
それに、そちらに座られているのは?」
「今から説明します。
二人共こっちへ」
コネリーに言われて少年は彼の横に座る。
女性の方は椅子の後ろに控えるように立った。
「ケヴィン君、この子は私の養子でアチェロ・バーク。
この伯爵家の跡取りです。
後ろにいるのは女中のパウレッタといって主にアチェロの世話をお願いしています。
二人共、こちらの彼の名前はケヴィン・エテルニス君と言います。
私の恩人のお弟子さんで今日からここに住む事になりました」
コネリーの紹介を受けたアチェロは突然の話に驚き少し固まっている。
パウレッタの方は澄ました顔のままなのでよく分からないが、目を瞬かせながらケヴィンの方を見ているので驚いてはいるようだ。
ここは自分が先に言うべきかな、とケヴィンは自己紹介を始めた。
「ケヴィン・エテルニスだ。
今日から厄介になる。
無作法なのは見逃してくれるとありがたい」
ケヴィンが苦笑しながら名乗ると残る二人も緊張が解けたのか、続けて自己紹介をし始めた。
「えっと、僕はアチェロ・バークですっ。
こちらこそよろしくお願いしますっ」
アチェロ少年は元気一杯に名乗って笑顔を見せている。
「私はパウレッタ・エーマンと申します。
アチェロ坊ちゃまの身の回りのお世話をさせて頂いております。
他にも当家の家事全般を承っておりますので、用向きがございましたらいつでもお申し付けください」
方や女中パウレッタは非常に落ち着いた声色で名乗り、丁寧にお辞儀をしていた。
「私とモーガスを含めて基本的にはこの4人が伯爵邸の住人です。
今日からここにケヴィン君が加わります。
仲良くやっていきましょう。
急ぎで悪いのですが、パウレッタ。
2階の来客用として空いていた部屋をケヴィン君の部屋とします。
ですので、その部屋を整えておいて貰えますか?」
「かしこまりました。
ですが、本日のご夕食はいかがなさいますか?
そちらを優先いたしますとお時間を頂くことになってしまいますが……」
「ああ、今日の夕飯はモーガスにお願いすることにします。
貴女はケヴィン君の部屋の方を優先させてください」
コネリーの言葉にパウレッタは再度承知の言葉を告げ、応接室を退出していった。
残るアチェロ少年は瞳をキラキラさせてケヴィンを見上げている。
彼は我慢できないという風にコネリーに尋ねていた。
「あ、あのっ!
父上の恩人でエテルニスという家名ということは、もしかして……」
「よく憶えてましたね、アチェロ。
そうです。彼はワイスタ・エテルニス先生のお弟子さんですよ」
「やっぱり!
父上が尊敬する賢者様。
そのお弟子様と一緒に生活できるなんて、僕嬉しいですケヴィン様!」
両手拳を体の前で握りしめて全身から嬉しさを表現しているアチェロ少年の勢いにケヴィンは少したじろいだ。
コネリーの方を見るとニコニコ笑って様子を見ている。
とりあえず、不必要な度合いの尊敬はここでの生活の阻害になるかも、とケヴィンは考え口に出すことにした。
「あー、アチェロでいいか?
オレの事を様付けして呼ばなくてもいいぞ。
呼び捨てでもいいくらいなんだが」
「そんな! 僕にはそんな真似できませんっ」
「いやしかしだな? こんな年下の少年に様付けされるのはオレが困るというか……」
全く怯まないアチェロ少年の勢いにケヴィンはどう説得したものやら、と困っている。
その様子を見てコネリーは助け舟を出すことにした。
「アチェロ、ケヴィン君が止めて欲しいと言っているのですからそれを無視してはだめですよ。
それより別の呼び方を付ければいいのです。
ケヴィン君はアチェロより年上、兄貴分なのですから、兄をつけるとか」
「なるほど! さすがは父上ですっ。
でしたらケヴィン兄様と……。
あっ、これも様が付いちゃう……。
なら、ケヴィン兄さんと呼びますねっ」
「わ、分かった。それでいい」
勢いと無邪気な笑顔に押し切られ、ケヴィンは兄さん呼びを承諾してしまう。
そんな事にも明るい声を出し喜ぶ姿を見て、この家での生活は賑やかになりそうだとケヴィンは思うのだった。
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