第17話 8/2001・後見人
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【神暦1498年6月8日
街の人が出歩く時間帯を見計らって、昨日教えて貰ったコネリーの邸宅へと向かった。
コネリーは昨日の使いを受けて待っていてくれた。彼はハーフエルフだそうだ。歓待してくれたが、師匠の遺言に触れるとひどく残念そうな表情だった。
彼は師匠が弟子を取ったという話は聞いたことが無いそうなので、おそらくオレが唯一の弟子だろうと言っていた。とても誇らしい気持ちになるが同時になんとも言えない重圧も感じる。
ともあれ、コネリーはオレの身元保証人になってくれることとなった。住まいも部屋は余っているからこの邸宅に住んでもいいと言われる。
どうしようか悩んでいたところ、コネリーはもう一つ選択肢を提供してきた。
自分の知識不足や世間知らずさは理解している。オレは彼の言う提案に乗ることにした】
メリエーラ王国 王都パルハ・貴族街
朝。
自身の日課と朝食を終えケヴィンは組合が取ってくれた宿を出た。
既に多くの人が出歩いており、通りのあちこちから威勢のいい掛け声も耳に入る。
そんな中をケヴィンは進んでいく。王都中央部の貴族街へ。
北大通りの終点に貴族街への入り口はあった。
王都の北門とはまた違う豪華な意匠の門。
そこにいた衛兵にケヴィンは呼び止められたが、既に話は通っていたらしく、昨日組合から渡された仮の記章を見せる事で中に入ることが出来た。
その後は同じく渡されたコネリー宅の場所の覚書を確認しながらケヴィンは進む。
貴族街の住人たちは遠くから見ていた。
明らかに場所と合ってない格好をして歩くケヴィンをじろじろと。
やはりこの格好で歩く場所じゃないんだな、とケヴィンは思いながら歩き続けていた。
バーク伯爵邸
覚書の通り進み、終点の屋敷に辿り着く。
その屋敷は周りのものと比較してもやや小さめであり、目立つような装飾は施されていないようだった。
閉まっている門の前にケヴィンは立つ。
しかしここでケヴィンの無知が表に出る。
どうすれば中の人を呼べるのか分からなかったのだ。
仕方ないと思いながら、ケヴィンは門を強めに叩く。
ダン、ダン、と周りに響く鈍い大きな音。
そのまましばらく反応を待っていたが、何もない。
仕方なく大声を張り上げようとした、その時に門が開いていった。
ケヴィンは門のところに人がいるのを確認する。
その人物にケヴィンは問い掛けた。
「オレはケヴィン・エテルニスという者なんだが、ここは……えっと、なんて言えばいいんだ?
そうだ、コネリー・ディ・バーク伯爵の家で間違ってないだろうか?」
「はい。間違っておりません。
ここはバーク伯爵邸でございます」
白髪に鼻の下の白髭と、見るからに老境である人物はケヴィンに返答した。
そして体の前で手を組みお辞儀をしながら言葉を続ける。
「私は当屋敷の管理を任されております、執事のモーガス・ラザーノと申します。
ようこそいらっしゃいました。
ケヴィン・エテルニス様、護導士組合よりお話は伺っております。
主がお待ちですので、中にお入りください」
ケヴィンは頷き門の中に入る。
モーガス、と自身をそう呼んだ人物は中に入ったケヴィンを確認した後、門を閉じた。
そしてモーガスに促されケヴィンは彼の後に付いていく。
「すまない、家の中に入る前に幾つか質問していいだろうか」
「はい。私でお答えできる事でしたらなんなりと」
その途中でケヴィンは自身の疑問を解消させたくなり、モーガスへと質問する。
モーガスは立ち止まりケヴィンの方を向いて聞く姿勢をとった。
「ありがとう。
さっきオレは門を直接叩いてあんたを呼んでしまったんだが、本当はどうするべきだったのかを教えて欲しいんだ」
「かしこまりました、お教え致します。
門の中ほど辺りにこれぐらい、の金属でできた輪っかが付いております。
その輪っかの台座も金属でできておりますので、金属同士叩き合わせて音を出し中の者を呼ぶのです」
モーガスは自身の両手で輪を作り、これぐらい、と言いながらケヴィンに説明していた。
「叩き金、という物ですが当家でしたら、先程ケヴィン様が為されたように門を直接叩かれても構いません。
ですが、他の貴族様の屋敷などでは不快に思わせる行動となってしまいますので、お気を付け下さい」
「分かった。田舎者の無知ですまない」
「いえいえ、この程度どうという事は。
して、他にもまだ何かお聞きになりたい事がございますか?」
率直な言葉を出してくるケヴィンに好感を覚えたモーガスは、自然と笑みを出しながら会話に応じていた。
「ああうん。
えっと、言葉遣いの事なんだが、オレは敬語というものが苦手……というより分からない。
このままの言葉遣いで、バーク伯爵?に会っても大丈夫だろうか?」
「ほっほっほ。
そのようなお気遣いは無用でございます。
主やそのご家族におかれましては、お相手の言葉遣いなどを気に致しませんので。
どうぞ、そのままの話し方でお会いくださいませ」
モーガスは楽しそうに元から細い目をさらに細めてゆらゆら笑っていた。
それを見てモーガスが真実そう言っていると理解する。
「うん。じゃあこのままで行かせてもらうよ」
「はい。それでは、こちらへ」
再びケヴィンはモーガスの後を付いていき屋敷の中へ入っていく。
屋敷は二階建てで、外観はあまり目立つ色をしていない。
屋根に少し赤色が含まれるくらいで、後は薄い黄土色など落ち着いた色で出来ていた。
凝った装飾などは無く、実用重視な姿が屋敷の主の性格を窺わせる。
このような屋敷に住んでいるコネリーという人物はどのような者であるのか、とケヴィンは色々想像しながら屋敷の中を進んでいった。
そうして廊下途中のある扉の前でモーガスが止まる。
「この応接間で主がお待ちでございます。
――旦那様、ケヴィン様をお連れ致しました」
コンコン、と扉をノックし中にいるであろうコネリーに用件を言うモーガス。
すぐ後に涼し気な声色の返答があった。
「どうぞ。入ってください」
「失礼いたします。
――さ、ケヴィン様どうぞ中へお入りください」
モーガスに促され入室するケヴィン。
その応接間の中には一つの卓を挟んで二つの大きな椅子が向かい合うように配置されていた。
その奥側に座り、現在ケヴィンを正面から見据えている者こそ、目当ての人物。
「よく訪ねてくれました。
私が当伯爵家の主、コネリー・ディ・バークです」
椅子から立ち上がり両手を広げながら、そう若々しい声で名乗った男性。
魔法師が着るような上衣を纏っており、体格は細身で大きくはない。ケヴィンより若干小さい位か。
赤い髪をやや長めに揃え、小さめの丸眼鏡をかけている。
そして特徴的な長い耳が彼の頭部に付いていた。
しかしケヴィンはそれを見て、何となく違和感を感じたのでつい言葉にしてしまう。
「エルフ……?」
「いえ、私はハーフエルフなんですよ」
名乗りもせずいきなり対面する相手の種族を口に出す失礼さも気にかけず、にこやかな表情でコネリーはケヴィンの言葉を正した。
そこでようやく自分が礼を失していたことに気付き、あわててケヴィンは名乗り返す。
「ああ、っといきなり変な事言ってすまない。
オレはケヴィン・エテルニスだ。よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言いながらコネリーが右手を差し出してきたので、ケヴィンはその手を同じく右手で握る。
そして二人共笑い合い、差し向って椅子に座るのだった。
「護導士組合より大まかな事は聞いています。
ワイスタ先生の事は、本当に残念です……。
出来るならまたお会いして教えを受けたかった……」
組合北支部でホリスやミリーが見せたものよりも、さらに深く悼む気持ちの表れた顔。
本気でそう思い、言っているのだということがケヴィンには知れた。
「……うん。弟子としてはそう言って貰えるのがなによりだ。
ありがとう」
「はい。
何でも私を訪ねたのは先生の遺言にあったからだとか。
先生から名指しされて、とても光栄に思います。よくぞ頼ってきてくれました。
私に出来る限りの支援をさせて頂きますよ」
「ああ、言葉に甘えさせて貰う。
……ところで、何故オレに対して丁寧な言葉遣いなんだ?
普通オレがするべきで逆だと思うんだが」
これからの事を話し合おうとする前に、ケヴィンはコネリーの言葉遣いが気になったので質問した。
笑いながらコネリーはそれに答える。
「私のこれは癖になっていて、誰に対してもこういう言葉遣いになってしまうのです。
ですので、気にせず君――ケヴィン君と呼ばせて貰いますね、ケヴィン君は普通に接して貰っていいですよ。
ああ、それと私の事も呼び捨てにして構いませんからね。
公共の場で呼び捨てにされるとちょっと困るかもしれませんが」
「そうでございますな。一体何事かとケヴィン様に注目が集まる事でしょう」
はっはっは、と後ろに控える執事と一緒に笑い合う伯爵家当主。
おかしな貴族がいたものだ、とケヴィンも一緒になって笑っていた。
「それじゃ遠慮なくここではコネリーと呼ばせて貰うことにする」
「はいどうぞ。
さてそれでは茶でも飲みつつ、色々話し合うことにしましょうか。
ケヴィン君、紅茶は好きですか?」
「いや、紅茶より珈琲の方がいいな。
いつも修行の合間に師匠と飲んでたし」
「……そう言えば先生は珈琲がお好きでしたね。
分かりました。モーガス、お願いします」
「かしこまりました」
そう言ってモーガスは茶の準備をするため応接間から去って行った。
茶の準備ができる間、ケヴィンはコネリーの姿を眺めていた。
先程本人からハーフエルフという申告があったが、それを踏まえるとなるほどと感じている。
最も違いを感じるのはコネリーの顔立ちだろう。
エルフ男性をケヴィンはクル村で3人ほど知っているが、いずれも顔立ちの彫りが深い。
あれをエルフ族特有の端整な顔立ちというのであれば、コネリーのそれは彫りが浅くヒト族と言われても納得できる顔立ちだ。
そんな風に思いながらコネリーを見ていると、彼の方から何事かと聞いてきた。
「おや。私の顔に何か付いてますか?」
「いや、顔を眺めていてさっきのハーフエルフって言葉に納得してたところ」
「ああ、なるほど。
確かに私の顔は父親似でヒト族顔ですからね。
私は母がエルフなんですよ。
そして父はよく嘆いたものです。
自分の顔を受け継がせてしまってすまんなあ、と。
私は両親に愛されているのが分かっていたので、自分の顔についてはどうでも良かったのですが、あまりにも父が嘆くのでよく宥めていました」
コネリーの家族事情を聞かされてケヴィンが感心しているところにモーガスがお盆に湯呑みを乗せて戻ってきた。
モーガスには話が聞こえていたようで、会話に加わる。
「懐かしゅうございますな。
大旦那様は領地で隠居されてますので今でこそ静かですが、昔は毎日のように聞かされたものです」
「苦労をかけますね、モーガス」
滅相もございません、と言いながらモーガスは湯呑みを二人の前に置いていた。
モーガスはお盆の上にある別の杯を見せながらケヴィンに確認してくる。
「ケヴィン様、牛乳や砂糖はお入れなさいますか?」
「いや、大丈夫。
このままが好きなんだ」
「かしこまりました。
――では旦那様。
私は隣室で控えておりますので」
「ありがとう、モーガス」
一礼しながら部屋を退出していくモーガス。
それを眺めながら、自身の前に置かれた湯呑みを持ち口を付ける。
その珈琲を一口飲んだ時、ケヴィンは少しの驚きで目を開いた。
「これ……師匠が好きだったやつだ。
知ってたのか?」
「はい。
何度か先生はここを訪れた事がありまして、その度に今のケヴィン君のように珈琲を飲んでいました。
ですので、いつ先生が訪ねてこられてもいいように定期的に買い置きしていたのですよ。
今日という日に使うのが相応しいかと思いまして」
「そうだな。
うん、確かにその通りだ」
そう言いながらケヴィンは珈琲をもう一口飲む。
その苦さはいつも二人で味わっていたものと同じ。
でも今日のはほんの少し、より苦いかなとケヴィンは亡き師匠の姿に思いを馳せるのだった。
珈琲で時折喉を潤しながら二人の歓談は続く。
今はコネリーがワイスタを「先生」と呼ぶ理由についての話。
「それじゃ、コネリーはオレの兄弟子というわけじゃないのか」
「私など、“飛翔”やその他幾つかの魔法の手解きをして頂いたぐらいです。
その程度で弟子を名乗るのは烏滸がましい事、だと思っていますよ」
「ふうんそれで、先生、なのか」
「はい。
私も先生に弟子はいないのかと尋ねた事はあります。
返ってきた答えは――分かりますか?」
いきなり質問を振られ、面食らうケヴィンであったがワイスタならどう答えるかと考えた時、それはすぐに出てきた。
「もしその時に弟子がいないっていうなら、たぶんこんな感じかな。
――そのようなものにかまける時間があるのなら、魔法のための時間にする――
語尾が、わ、になるか、ぞ、になるかは当時どう喋ってたかによると思うけど」
ケヴィンの答えにコネリーはびっくりしたようで少しの間呆然としていた。
それを解くと今度は笑みの表情となり何度も頷いている。
「当時の語尾は、ぞ、でしたね。
それ以外は一言一句違わず同じ言葉でした。
いや、さすがは先生の唯一のお弟子さん。
その言葉の通り、ケヴィン君。
先生にとって君は魔法よりもかまける価値があったのです。
その事をどうか忘れないで下さい」
「……うん。忘れないさ。
いつだって誇りと思うことにしてる」
コネリーに唯一の弟子と言われ、ケヴィンの背に目に見えない重さが加わったような気がした。
しかし今のケヴィンにとっては何の問題も無い。
むしろ心地良さすら感じる。
この重さはワイスタと過ごした時間や思い出がもたらすもの。
ならばそれと共に在ることに何を躊躇うことがあろうか。
ケヴィンはワイスタの弟子である事を誇りに思い続ける。
この先もずっと。
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