第13話 呪い、対する覚悟
6月6日の日記読了後――
日記を読み、その日の状況を語り終えたケヴィン。
その表情は温かさと哀しさと悔しさが入り交じったような複雑なものだった。
(ようやく思い出せた。そう、「彼女」の名はミュリエル。
彼女にも、もう逢えないんだな……。
最後に会ったのがいつかまだはっきりしてないが、オレの体感としては何日か顔を合わせていないだけ、なのにな)
還らぬ日々を想い、ケヴィンは涙がこみ上げてくるのを感じた。
振り払う様に目を瞑り首を左右に振るケヴィン。
そうしてミュリエルそっくりなミリアムの方へと顔を向ける。
よく見ればミリアムはミリアムで、ケヴィンの話に何か考えているようだった。
「ミュリエル……というのはたぶん……。
あのケヴィン様、先程の話に出てこられたミュリエル、という女性の家名は覚えていますか?」
唐突にそんな事を言われ、ケヴィンは困惑したが、自身の記憶を掘り返してみる。
やはりまだ完全ではないようで、はっきりしない。
「何だったか……。
確か、マダレとかナドレとかそんな感じだったと思うぞ」
ケヴィンの返答に得心がいったとばかりにミリアムが頷いた。どうやら喜んでいるようである。
「やっぱり! そうじゃないかって思ったんですよね。
えとですね、その方は将来こう名乗る事になります。
ミュリエル・メリエーラ。旧姓をマドレー。
私のご先祖様で、初代の聖女様です」
「――!
ミュリエルが……初代の聖女、だって?
それにミリアムのご先祖……?
だから、なのか?
ミリアムがミュリエルそっくりなのは……」
ミリアムから思いもよらない情報が飛び出し、ケヴィンは驚愕した。
まさか自身の記憶に残る女性が、そんな立場になっていたとは。
困惑しつつも思考しながらケヴィンが呟いた言葉に、今度はミリアムの方が反応した。
「えっ⁉ ケ、ケヴィン様、今の話って……本当、なんですか?」
「うん? ――ああ、ミリアムがミュリエルそっくりという話か。
そう、髪の色を除けば全く同じ顔形だ。
生き写しと言ってもいいくらいだな」
「……そんな。という事はあの言い伝えは真実だと……でも」
ミリアムが考え込み、様子がおかしい。
先程ミュリエルが先祖と分かって、一つの運命めいた偶然に喜んでいた彼女だったが、今では顔を青くしている。
「……どうやらお二人共に共通して知る人物に関して色々あるようですね。
一旦整理しましょう。
まず、そのミュリエル様という女性はケヴィン様が知り合った女性である事。
その方は将来初代の聖女様となる御方で、ミリアム殿下のご先祖様である事。
そのお顔はミリアム殿下と瓜二つである事。
ここまではよろしいですね?」
話の場が混乱し始めたのでマーティンが話を一旦纏めて二人に確認してみた。
ケヴィンとミリアムは同時に頷く。ついでにアマラも頷いていた。
「そこでミリアム殿下には何か分かっている事があるようですね。
それは一体なんでしょう」
「……実は代々の聖女とその周辺にのみ伝わっている事があるんです。
それは、何代か毎に全く同じ顔をした聖女が現れる、というもの。
そして、その顔は初代のミュリエル様のものだと……。
私は正直、いくら聖女様方に伝わってきた事とは言え、眉唾だと思ってたんです。
ですが、他ならぬケヴィン様から話が出たという事はもはや真実としか考えられず……」
「ふむ、聞いた限りでは結構な確率で先祖返りが起こったくらいにしか思えません。
それでも相当な話ですが。
ともかく、そういうのとは別に何かその事実に懸念があるのでしょうか?」
そう、ミリアムは今知った事実に対して明らかに不安を抱いている様子だったのだ。
こくり、とミリアムが頷き話し続ける。
「
ですが、代々の聖女様方は
“初代様の再臨”あるいは――“呪い”だと」
“呪い”
その単語が出た瞬間、ヒヤリとした寒気をその場にいる四人ともが感じていた。
アマラなどは顔を青くしながら手元の端末で空調の確認をしたくらいである。
ケヴィンは、信じられない、と首を何度も横に振っているし、ミリアムも俯いていて表情が晴れない。
結果、その場で最も冷静に考えられるマーティンが疑問を口に出すことになった。
「何とも、穏やかでない言葉が出てきましたね……。
“再臨”、というのは理解できます。
ミュリエル様……私も初代様と呼ばせてもらいましょうか、そっくりな聖女が出てくればそう言いたくなるでしょう」
マーティンは一旦そこで言葉を区切る。
その内容に三人は異論はない、と頷いた。
「しかしその正反対とも言える呪いが合わせて言い伝えられているとなると、そこには何らかの理由があるはずなのです。
例えば……そうですね、容姿の他にも何かを受け継いでしまっていて、それが本人や周囲の望まない事であったならどうでしょうか?」
マーティンの言葉に他の三人は各々そうした状況を想像してみる。
比較的想像力豊かなアマラは途端にしかめ面となっていた。
「関係ない私でも呪いって言っちゃいそうです……。
当事者の聖女さんたちなら、なおさらそう思っちゃうんじゃないでしょうか」
「そういう可能性は十分ある、か……。
実際ミリアムとしてはどうなんだ?
その、聖女として何か受け継いだという感覚があるんだろうか」
ケヴィンからの問いに、ミリアムは首を横に振るばかり。
「分かりません……。
前にも言いましたが、私はずっとお飾りの聖女だとばかり思っていたので」
「お飾り……。
そもそもの話になってしまうんだが、“聖女”とは何を指すものなんだ?」
まずそれを知らないと話が進まないとケヴィンは考え、ミリアムに問うてみた。
ミリアムは一旦気分を落ち着ける。そして自分の立場の事なので澱みなく返答していった。
「今における聖女とはメリエーラ王家女子が認定の儀を経て就く教会内の位階の事です。
位階は教皇、枢機卿に次いで上から3番目。
ですが、認定の儀において失敗した例というのは今まで無いらしく、実質的に王家が世襲する名誉職的な扱いになってます。
ただ一つの役目を負う事以外やるべき事がありませんので」
「だから、お飾り、なのか。
今における、ってことは過去は違ったのか?」
「いえ、認定の儀を経て就くという流れは変わったことがないようです。
ただし、初代様……ミュリエル様だけは違います。
ミュリエル様はロムス神に奇跡を願い、それが成し遂げられた為に聖女という地位を教会内に築かれたのですから」
ケヴィンにとってはさらに驚くべき情報だった。
記憶の中にあるミュリエルは優しく、どちらかと言えば引っ込み思案な性格だった。
そんな彼女が神に向かって奇跡を願うという行動を取るとは、ケヴィンの頭の中では結び付かなかったのである。
その為マーティンやアマラにも確認を取ってみる。
「そのミュリエル――初代聖女の話っていうのは周知の事なのか?」
「教会内ではそうです。
最低でも私の一つ上である司祭位までは、全員先程殿下が仰られた認識を持っていると考えて貰ってよろしいでしょう。
ただ奇跡の内容は知らされていません。
把握している人が今の世にいるかも疑わしいですね」
「私は子供の患者様相手に童話やおとぎ話を読み聞かせることがあるんだけど~、その中で聖女の伝説っていうのは概ね同じような感じだね~。
聖女が祈って、それに応えた神の奇跡によって皆幸せになりました~って」
「二人までがそう言うとなると、事実あるいは限りなくそれに近いものとして捉えた方がいいって事だな。
……――もしかしたらなんだが。
その奇跡というのが、再臨ないし呪いに関係している可能性があるんじゃないのか?」
ケヴィンの問いにミリアムとマーティンは息を飲む。
苦悩するかのように歪む二人の表情。
一方でアマラだけは納得できたかのように頷きを見せていた。
「……それ、は……」
「言葉にし難きことですが……」
「というかそれ以外考えられないじゃないですか。
分かってるんですよね先生?
他にも代々聖女がいたのに、受け継いだのは初代のだけ。
しかも他の聖女は基本飾りで奇跡を起こした事なんてない、とくれば」
「……貴女のそういう率直なところは気に入っています、アマラ。
ただ、私や殿下にも立場というものがあるのですよ」
マーティンは苦笑しつつアマラの言を認める発言をする。
表情は先程よりかは幾分元に戻っているようだ。
その様子を横目に、ケヴィンは悩んでいた。
ミリアムとマーティンに言うべき事がある、だが今それを口にしていいものかと。
アマラはそんなケヴィンに気付き声を掛ける。
「ケヴィン君どしたの~?
何か言いづらいことでも~?」
「そう、だな。うん、言いづらい。
でも言わないといけない事だ。
――ミリアムにマーティン」
名を呼ばれた二人はそちらへと向く。
ケヴィンの視線は二人を気遣うような色を含んでいた。
それに気付いた二人は姿勢を正して待つ。ケヴィンの言葉を。
「……これからの事だ。
この先、日記を通して3000年前に起きた様々な事実を知る事になるだろう。
その中には今回のような事もきっとある。
もっと言えば……二人にとって信仰の根幹を崩しかねないような事すらも、だ。
だからよく考えて欲しい。
引き続きオレの過去に付き合う気があるかどうかを」
「「…………」」
「オレに強制はできないし、急かすこともしない。
だけどちゃんと考えてくれ、それだけだ」
語り終えるケヴィン。
聞いたミリアムとマーティンは物思いにふけっている。
(もしかしたら二人はここまでかもな)
内心でそう思いながらケヴィンは窓の外を眺める。
陽が落ちて暗くなり始めていた。
今日はここまでにしておこうと、ケヴィンが提案しようとしたところで、マーティンが面を上げ喋り始めた。
「私は聖職者である前に一人の医師です。
患者様であるケヴィン様を放っておくことなど、私の矜持が許しません。
少なくとも、ケヴィン様が日記を読み終え記憶を元通りにされるまでは、何を知ろうとも崩れないと誓いましょう。
その後の事は、その時になってから考えるとしますよ」
「……そうか分かった。引き続きよろしく頼む」
マーティンの言葉に覚悟を感じたケヴィンは彼を見据えて頷き返した。
一方でミリアムはまだそこまで割り切れないようで、頻りに首を横に振っている。
それも仕方のない事である。
ミリアム自身の存在に関わる重大な事実に加えて、信仰の事についても疑いを持ってしまうかもしれないというのが重くのしかかっているのだ。
しかし、それを認めなければケヴィンから離れなければならないかもしれない。
哀しみを含ませた声でミリアムはケヴィンに向け縋りついていた。
「ミリアム、急がなくていいんだぞ」
「でも!
私はケヴィン様の側に居たくて、
それなのに呪われた聖女かもしれなくて、
それが神の奇跡によるものかもしれなくて!
分かりません――私には分からないんですっ!
ケヴィン様ぁ……私は、わたし、は……!」
「ミリアム……」
急がなくてもいいと言ったが、逆にミリアムを追い詰める結果となってしまったらしい。
ケヴィンは何か言葉にしなくては、と思うものの上手く言葉が出てくることは無く途方に暮れる。
嗚咽を漏らすミリアムの肩に手を置きながら、ケヴィンは無力さを噛み締めていた。
そこに差し伸べられる救いの手。
それはその場の空気にそぐわない明るい声だった。
「私はもちろん引き続きケヴィン君の過去に付き合っちゃいますよ~。
何と言ってもケヴィン君とミュリエルちゃんの関係がとてもと~っても気になってるし~」
「…………(ぴくっ)」
「は⁉ アマラいきなり何を……」
いきなり状況とは無関係な事を言われてケヴィンは一瞬正常な判断を失う。
彼は縋りついているミリアムが止まっている事に気付いていなかった。
なおもアマラの明るい声は続く。
「この日の内容聞くだけでも好感度高めって分かるものね~。
当時のケヴィン君、相当天然だったみたいだし~。
女たらしっていうか~スケコマシって言われても仕方ないような事をしてきているような気がするな~」
「……(ぴくぴくっ)」
「待て、ちょっと待て」
好き勝手な想像を言われて、ケヴィンは非常に遺憾な意思を込めて彼女を止めようとするが、言われて止まるアマラではない。
マーティンは面白がるでもなく、真剣な表情で彼女を見続けている。
「この調子で日記を読み進めていったら~、一体何人の女の子がケヴィン君の毒牙にかかっちゃってるのか~、お姉さん楽しみだわ~。
もしかすると今の世界でもそうなっちゃうかも~。
――ミリアムちゃんは、どう思う?」
「……――ます」
「おい、いい加減に――って、え?」
もはや失礼を通り越してケヴィンに対して非礼に近い台詞を出した時点でようやくアマラが止まる。
一瞬ケヴィンは怒りそうになったが、ミリアムから反応があった事で、その発露は未然に終わった。
そしてミリアムは、ガバッと顔を上げたかと思えば。
「ずぇーーーったいに最後まで付き合ってやりますよ!
何が初代様ですか! ぬぁーにが呪いですか!
そんなものに負ける私じゃありませんよ?
た・と・え! ケヴィン様が過去に何人の女性と関係を持っていたとしても!
そんな連中は既に過去、即ち敗者! 今、側にいる私こそが勝者、なんですから!」
「おおー」
「…………」
うがー、と一気に雄叫びを上げるミリアム。
その横でアマラが、パチパチと拍手して囃している。完全に他人事だ。
いきなりすぎる展開にケヴィンは頭を抱えたくなった。
「……元気になってくれたのは嬉しいが、お前もアマラも大概失礼だからな?」
「でもでもミリアムちゃん。
もし本当にそうだったら、ケヴィン君は女を取っ替え引っ替え食いまくる最低野郎って事になるんだけどいいの?」
「おいアマラぁ!」
「ダメです! 許しません!」
「清々しい程の手の平返しを見たわー」
そろそろ収拾がつかなくなってきた三者の会話の様子を見て、マーティンは口元を綻ばせる。
安堵、の表情だった。
「いいですか、ケヴィン様っ!」
「は、はいっ!」
ミリアムがあまりの剣幕で詰め寄ってくるので、ケヴィンは思わず直立不動の姿勢を取ってしまう。
「もしそのような事が事実であったなら、ケヴィン様を〇して私も死にます!」
「お前言ってる事無茶苦茶だぞ!」
その後は二人できゃあきゃあぎゃあぎゃあと言い合う光景に。
端から見れば、それは痴話喧嘩のようにしか見えなかった。
二人が言い合っている隙にアマラはマーティンのところまで退避していた。
マーティンは穏やかな表情で彼女を出迎える。
「お疲れ様です、アマラ。
よくあの状態の殿下を戻してくれました。
少なくとも私には無理だったでしょう、感謝しますよ」
「どうもです。
あの場面、本来ならケヴィン君が男を見せるべきなんですけどね。
どうやら一見万能に見えるケヴィン君も、こういうのにはヘタレてしまうようです」
ほっ、と息を吐きながら手厳しい事をさらっというアマラにマーティンは苦笑を隠せない。
それにまだ懸念があるのか確認するように会話を続けた。
「しかしあそこまで煽らなくても良かったのではないですか?」
「いいえ。
ミリアムちゃんはあの時点で自らの想いに潰されてしまいそうになりました。
それを横から覆し、覚悟まで持っていこうとするのは大抵の事じゃ無理です。
だから、あそこまでやったからこそ、なんですよ」
「理解はできますが……。
それに殿下の想いといってもあれは」
「ですね。
正直言って、この短期間でミリアムちゃんがあそこまでケヴィン君に懐くのは異常です。
一目惚れというわけでもなさそうでしたし。
おそらく元々あった神の使徒という存在への憧れ、聖女の役目、そういったものがごちゃ混ぜになってるんでしょう。
ミリアムちゃんは今、
アマラはミリアムの気持ちを正確に測っていた。
それは、同じ女性でその手の経験も大きく差があるからこそ分かり得る事。
「でしたら」
「でもそれが何だと言うんですか?
確かにこの先ミリアムちゃんの気持ちがどう変化するのかは分かりません。
けれど少なくともミリアムちゃんから感じる、ケヴィン君の傍に居ようとする気持ちは本物に見えます。
だったら、それを支えてあげるのが傍らに立つ年長者の役目というものでしょう?」
真摯な瞳でそう告げるアマラに、マーティンは降参とばかり両手を上げる仕草をする。
「――。
フフ、貴女の言う通り、ですね。
なまじ長命種族なんてものに生まれて100歳を超えるようになると、自分が年長者である事を忘れてしまうようです。
いや全く面目ないというか、アマラの方がよほど年長らし――」
「マ・-・ティ・ン・先・生? 何か仰いましたか?」
「ひぃっ! すいませんすいません」
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