第12話 6/2001・ミュリエルとエム

 落ち着いたところで、ケヴィンが疑問に思っていた事を話し出した。


「ところで、何でオレに声を掛けたんだ?

 正直この辺りで何かに襲われるような事は無いと思うんだが」

「うーん、あたしもそう思うんだけど。

 なんて言うの? そう、気分の問題よ」

「その……。こういう何も無い所で私たち二人だけだとちょっと不安だね、って私が言ったからエムが……」

「ああ、そういうこと」


 友人が不安に思ったからそれを払拭させる為に即行動を起こした、というのが事の顛末らしい。

 心意気は立派だがやり方を考えろと、ケヴィンはエムを半目で見ながら思う。


「なによー。

 ケヴィンだって、こーんなか弱い美少女二人が無防備にしてたら襲いたくなっちゃうでしょ」

「ちょっとエム、言葉選んで⁉」


 女性を襲うという意味についてケヴィンはよく分かってなかった。

 だが、エムの言葉自体には異論あり、とばかりに口を出す。


「か弱い美少女……?

 エムにその言葉は当てはまらないだろう。

 ミュリエルならともかく」

「――ほほう。んふふふふ」

「~~~~っ」


 この時、ケヴィンはエムの横に立てかけている弓や腰に吊るした短剣を確認していた。

 一方でミュリエルの方は、おそらく魔法用の杖を手に持っているだけで他に大した武装は見当たらない。

 そこからエムにはそれなりに戦いの心得がある=弱くないと考え口に出したのである。

 つまり、ケヴィンは純粋に戦える力を評価基準にしたのだ。

 だが、残る二人は違っており容姿基準でミュリエルがケヴィンの好みであるかのように考えた。

 当然、ミュリエルは顔を真っ赤にしている。

 ここまでの流れで、エムの悪戯心に火が付くことに。


「良かったねー、ミュリエル。

 ケヴィンがミュリエルの事、可愛いってさ」

「えと、あの、その」

「?」


 ミュリエルの容姿を褒めた覚えのないケヴィンは首を傾げるばかり。

 ミュリエルはしきりに髪を整えたり眼鏡を触ったりと、わたわたしている。


「そう言えばさ、さっきもケヴィンはミュリエルの髪を褒めてたよね。

 ねえねえ、ケヴィンはミュリエルのどこが気に入ってる?

 やっぱり髪の毛? それとも顔? それとも――」


 そこまで言ったエムの体は音も無くミュリエルの背後へと回り込む。

 そして後ろからミュリエルの胸を強調するように持ち上げ――


「この男の視線を釘付けにする豊満なお胸かなっ?」

「えっ⁉ きゃあああっ!

 ちょ、ちょっとエムってば!」


 女性二人が前後できゃあきゃあ言い合っている間、ケヴィンはエムの言っていた事を考えていた。

 女性の豊満な胸が男性の視線を釘付けにするという、その意味について。

 考えながら見続ける、その対象を。

 つまり、ミュリエルの胸を。


「うん。確かに今まで見た中じゃ一番大きい胸だな。

 しかしこの大きな胸が何故男の視線を釘付けにするというのだろう?」


 などと、至極真面目な表情でミュリエルの胸を凝視しながら言ってしまうケヴィン。

 その結果、彼女の恥ずかしさは限界を超えて。


「いやーーーーーーーー!」


 ばちーん、という音が夜空に響き渡るのであった。


 その後、会話の流れからケヴィンが人里からも離れて生活していた田舎者で、色々常識に欠けるという事が判明。

 その事で、ミュリエルとケヴィンは互いに謝っていた。


「本当にゴメンね、引っぱたいたりして。

 私、気が動転しちゃって……」

「いや、気にしないでくれ。

 話を聞く限り、どう考えてもオレの方が悪い。

 こっちこそ、すまなかった」

「う、うん。

 でも知らなかったんだからしょうがないよ、恥ずかしかったけど……」

「無害そうな第一印象はそのまんまだった、ってことだよねー。

 まさかミュリエル以上の奥手さんがいるとは思いもしなかったわ」


 話す中、ミュリエルの頬はまだ少し赤いままだ。

 ついでに叩かれたケヴィンの左頬も赤くなっている。

 そしてもう一人は、と言えば二人の様子をにやにやしながら見て話しに加わっていた。

 そんな悪びれもせず、のんきに笑っているエムを見て温厚そうなミュリエルも少し腹が立ったようだ。


「元はと言えば、エムがあんな事するからでしょ!

 反省しなさい、反省」

「いひゃいよー、いひゃい」


 エムの頬をつねりながら、反省を促すミュリエル。

 しかし痛がってはいるが余裕ありそうなエムの表情を見れば、どれだけ聞いているのかは疑わしい。

 二人の様子を見ていたケヴィンは不意に、フッ、と軽く笑みを漏らす。

 それを目にしたエムは抗議した。


「何笑ってんのよう。

 女の子が苛められてるのがそんなに楽しい?」

「エムの場合は自業自得だと思うけど。

 じゃなくて、二人は仲良いんだなって。

 そう言えばさ、二人はどうして今日ここで野営してるんだ?

 二人で旅してるとか?」


 仲の良さを褒められたミュリエルは少し嬉しくなって、無意識にエムの頬から手を放した。

 ミュリエルの手から逃れたエムはささっと元の位置に座り直しながらケヴィンに返答する。


「んーん、違うよ。

 あたしたちはこの近くの村へ護導士活動した帰りなんだ」

「えっ、護導士活動⁉

 君ら二人だけでそんな危険な事を?」

「危険って……。

 さっきケヴィンも自分で言ってたじゃない。

 この辺で襲われる事なんてないってさ」

「そうだけど、魔族討伐となれば話は別だろう?」


 そうケヴィンが話したところで、エムは話がかみ合ってない事に気付いた。

 ミュリエルの方も気付いたようで頷く仕草をしている。

 二人は互いの目を見て頷き、ケヴィンの間違いを正そうとする。


「そうじゃないんだよ。

 私たちが受けた護導士活動は討伐依頼じゃなくて、その村で病人が出たから治してほしいって事だったんだ」

「魔族討伐じゃないのに……護導士活動なのか?」

「そそ。

 ケヴィンみたいに勘違いしている人多いんだけど、護導士って魔族討伐するだけが仕事じゃないんだ。

 色々な依頼を受けて、それを解決していくのも活動内容に含まれるの」

「そうだったのか……師匠が討伐の話ばかりするからてっきりそういうものだと」


 先程のミュリエルとのやり取りもそうだが、こういう時にケヴィンは自らの無知を痛感してしまう。

 ワイスタからの教えで、魔法に関する知識だけは世界の誰にも負ける気はないケヴィンである。

 だが一方で常識に欠けるという不均衡さを、人付き合いする中で露呈していく事になるのだった。


 ケヴィンが自らの無知に悩んでいる時、二人は「師匠」という言葉に興味を持った。


「ケヴィン君、お師匠さんがいるんだ。

 何のお師匠さんだったの?」

「――ん? ああ魔法の師匠だよ。

 オレが独りでも生きていけるようにって魔法の知識だけは散々叩き込まれた。

 使える魔法はまだ多くないんだけどな」


 実はこの時もケヴィンの常識の無さが出てきている。

 一般の魔法師の言う「使える魔法の多少」と、ケヴィンのそれとでは全く違うのだ。

 幸いにしてこの場の三人誰もがそれに気付かなかったので、話はそのまま進んでいく。


「へえー。

 師匠持ちの魔法師ってそこそこいるけど、実際に間近で見るの初めてだわー。

 あ、そうだ。何か魔法使ってみてよ。

 あたし師匠持ちの魔法って見てみたい!」

「私も少し興味あるかな。

 ケヴィン君、お願いできる?」

「別にいいよ。

 そうだな……喉が渇いたから水でも出そうか。

 二人共、水呑みか水筒を出してくれるか?」


 ケヴィンの言葉に二人は自分の荷物から水呑みを出してきた。

 エムの物は何の柄も描かれていないが、ミュリエルの物は側面に色々作物が描かれている。

 ミュリエルの水呑みの方が高級そうであった。

 差し出された二人の水呑みと自分の分を近くに置いて、ケヴィンは魔法を行使した。


「『流れる水よ』――流水」


 ケヴィンが行使したのは生活魔法“流水”。

 水を出すだけの単純な魔法であるが、魔法が使えるのであればどこであろうと水分補給できるので、旅する上では重宝する魔法だと言えた。

 そしてケヴィンが魔法を行使した直後、三人の水呑みの中に水が注がれていく。

 そしてちょうどいい高さまで注がれると魔法は止まったようだった。

 ケヴィンにとってはいつも通り、普通に魔法行使して水を出したに過ぎない。

 しかし二人にとっては違った。

 驚きの表情がそれを物語っている。


「えっえっ⁉ 何今の、どうやったの?」

「ケヴィン君、凄いね……」

「何を驚いているんだ? ただの流水だろう」


 心の底からそう言っているのが分かるケヴィンの表情を見て、エムは呆れる。


「そうだけど、そうじゃなくて!

 三つの水呑み同時に流水で注ぐなんて、こんなのあたし見た事無いよ」

「よく分からん。

 一つずつ注いでいった方が良かったのか?」

「そう言う事でもなく!」

「……量が少なかったのか?」

「だから、そう言う事じゃないんだよお!」


 エムは自分の驚き具合が伝わっていない事に苛立ち、頭をガシガシと掻き上げる。

 ミュリエルの方は素直にケヴィンの技量に感心していた。


「ケヴィン君、魔法の行使が凄く速くて滑らかだったね……。

 まるで流れるような感じだった。

 それに杖無しで行使してたし。

 うん、やっぱり凄いよ」


 ミュリエルにそう言われてようやく自分の魔法技量が二人の想像よりも高く、それについて褒められているのだとケヴィンは気付く。

 ワイスタやクル村の人以外で褒められた事の無いケヴィンは若干戸惑いながら礼を返した。


「そう、なのか? まあその、ありがとう。

 ただ、オレとしては師匠から教わった通りにやってるだけなんだけどな……」

「そうなんだ。

 ケヴィン君のお師匠さんってとても優秀な人なんだね。

 羨ましいな」

「ねー。

 こういう事出来るんだったらあたしも師匠になってくれる魔法師探しとくんだったなー。

 そう言えばさ、その師匠から護導士の活動聞いたって言ってたよね。

 て事はその人も護導士? どっかで活動してんの?」


 ミュリエルにワイスタの事を褒められ、ケヴィンは気分が良くなっていく。

 しかし続くエムの言葉には表情に少し陰りが見えた。


「いや、先日亡くなったんだ。

 その師匠の遺言で今王都に向かってるところ」

「あっ……そうだったんだ。

 ゴメン、悪い事聞いちゃった」

「気にしないでくれ。

 師匠の教えはオレの中で生きているわけだし。

 それにそのおかげというのも変だけど、こうして新しい出会いもあったんだから」

「……うん、そうだね」

「ケヴィン君……」


 ケヴィンの言葉で自分が失敗した事に気付いたエムは頭を下げた。

 こういう時は素直なんだな、と微笑ましく思いながらケヴィンは努めて明るい声を出した。

 その気持ちが伝わったからであろう。

 エムとミュリエルもこれ以上暗い雰囲気は出すまいと考えた。


「そんじゃ、ケヴィンの言う新しい出会いに乾杯しますか。

 ほら、二人共自分の水呑み取って、取って。

 いくよー?

 出会いに、かんぱーい!」

「「乾杯!」」


 エムの音頭で三人は互いの水呑みを、コチン、と音を鳴らして合わせる。

 そんな風にして飲む水は美味しいと、ケヴィンには感じられた。

 それが自身の出した魔法による水で今後何度でも飲む機会のあるものだったとしても、この時の美味さを超えることはないんだろう。

 そう思うのだった。


 夜遅く。

 三人は話し合って夜番を決めた。

 朝が強いから、という理由でケヴィンが先に休ませて貰っている。

 女性二人がいるのに、何の気もなしにすぐに寝息立て始めたケヴィンにエムはまたもや呆れてしまった。少しは緊張くらいしたらどうなのよ、と。

 ミュリエルの方は「ケヴィン君、寝付きいいね」と微笑むだけだったが。

 そして二人はいつもやっているように他愛のない話をしていく。

 そのまま、話題の中心は寝入っているケヴィンへと移っていった。


「ねえ、ミュリエル?

 正直な話、ケヴィンからの美少女扱いが勘違いだったのって、ちょっと残念とか思ってるんじゃない?」

「ええ? そ、そんなことないよ。

 その、初対面なんだしケヴィン君知識疎かったんだし」

「……ふ~ん。

 初対面じゃなくてケヴィンの知識がマトモだったら、思ってたかもしれないのか~。

 そっか、そっか~」

「だ、だから、そんなんじゃないって……!」

「しーっ、しーっ。ケヴィン寝てるんだから大きな声出しちゃダメだって」

「…………うう」


 夜は静かに、時折姦しく更けていくのであった。

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