第4話 不屈の精神
* バルザック内野社長
内野社長は、就任早々、機械警備隊員及び常駐警備隊員の不祥事が相次ぎ発生し、頭を痛めていた。大手にありがちな、社員が慢心している。べコム同様膨大な宣伝広告で、警備業が社会的に認知されたことは喜ばしいが、如何せん創業時の苦労を知る社員が少なくなって、会社全体が驕り高ぶる風潮にある。
調査部今野部長に命じた、自見取締役の調査資料を見ると、自見が現場一筋28年、機械警備隊員の時、警察感謝状12回、内1件は夜間スーパー店長連続殺人事件犯人逮捕で一躍大同警備の名を世間に知らしめた功績。
その功績がありながら、地方支社の警備課長として、24時間365日、定年の60歳まで誠実に職務を全うしたこと。7年前大同警備前会長大同幸助の依頼で、東京湾岸ビル警備隊での侵入事案に際し適切な助言をしたこと、先の警備隊員自殺事案真相解明で活躍したこと、中央道高井戸総合ターミナル物流センターの警備受注では影の主役だった、ことが克明に書いてあった。
そうか、遠藤専務の勇退の裏にこの者がいたのか、迂闊だった。それにしても、大同社長は幸せものだ。私は創業者の孫として、誰もが敬意を払ってくれるが、反面諫言する者はいない。5年前、関連会社を小会社化して些か増長していたのかもしれない。安易に、遠藤専務を利用し、大同警備を傘下に収めようとしたのは浅はかな一語に尽きる。
しかし、私には使命がある。何事も2番手では、意味、価値がない。大同警備吸収合併を諦めるのはまだ早い。必ず綻びが生じる、大同警備に自見があるなら、私にもあの者がいる。
* 全国支社長会議
新体制発足後、全国50支社の支社長を集めて支社長会議が実施された。冒頭、社長から新体制の役員紹介があり、5番目に紹介された自見取締役は、今後の大同警備発展20年計画の立案者及び実行者だと紹介した。
支社長の間からどよめきが起こった。K市総合ターミナル物流センター警備隊の自殺事案で手腕を発揮した人、及び遠藤専務勇退の影の功労者だと人口に膾炙されていた。が、72歳の高齢者、白髪で些か腰も曲がっているだろう、皆の予想に反し身長170センチ弱、背筋が張り、髪は黒く目は炯々して輝きながらも、慈愛に満ちた眼差しに圧倒された。
各支社長には予め、20年計画案の第1期5年の具体的実行案が配布されていた。総論で本社の実施項目、各論で各支社それぞれの実施項目、結果5年後の成果を社会情勢の推移を予測しつつ、大胆かつ綿密な計画案が大型スクリーンで映し出された。
その計画案でまたどよめきが起こった。今までの全国支社長会議は、本社指示事項と各支社からの報告事項を、ただ漫然と繰り返していたが、この計画案は各支社が持つその地域性、特徴、特性を活かしつつ営業活動の具体的実行案が示されていた。
各支社長は改めて、予め本社から配布された、各支社の現状分析並びに具体的実行案、を見直した。各支社長は、互いにその資料を見比べたが、ひとつとして同じ内容のものはなかった。
いつの間に、この自見取締役は支社の現状を知り、かつこのような具体案を纏めたのか、会議が始まるまで、皆は、何故本社はあの噂で持ちきりの高齢者、言葉を代えればただの老人を役員にしたのか、その真意を図り兼ていた。が、今初めて理解した、と同時に身震いを覚えた。
事業部制と独立採算制は廃止されたが、各支社長に予算執行権が与えられた。例えば、それまで、途中退職による人員補充の採用は、本社人事部に、何時何名補充、部署、営業所、警備隊を明記し、その裁可が必要だったが、それを廃止した。と、同時に、取り敢えず誰でも良いという安易な欠員補充は、徒に時間と経費の無駄、採用は人格、能力を重視すべき。
各支社長は、皆等しく高揚した。大同警備の歴史が変わる。この新体制の元思う存分暴れてやる、絶対に業界のトップになる。一人ひとりが、新体制の役員と握手しながら会議場を後にした。
* ネット社会と警備会社
社長を中心に6名、20年計画案第1期本社実施項目について額を寄せている。
「自見取締役、この機械警備新商品開発についてだが、こんなこと出来るのですか」
「はい、各県が警察署を統合し分駐所をおいたのも、警察官の人手不足だからです」
そこで、銀行、スーパーが店頭に表示してある警察官立ち寄り先を、大同警備警備員立ち寄り先に変更するため、積極的な営業活動を実施する。全国支社長会議で、既に各支社に指示してある。
また、今日、レジ袋の有償化はマイバッグの持ち込みで、万引きが増加傾向にある。各店舗は保安員の増加でその防止を図っているが、万引を現行逮捕時に保安員が受傷する事案も後を絶たない。
大同警備は、各スーパー等に防犯ネットワークを呼び掛け、事案発生時には直ちに機械警備隊員が直行し、連携し現行犯確保に当たる。各種アイテムを揃えているので、どのアイテムが有効かは、それぞれの環境で異なるが、運用方法は格別異なることはない。
自見が、機械警備隊員の頃は、深夜の事件、事案に然るべく対応をしていたが、機械警備隊員の受傷、死亡事案が多発し、それを防止するに、今日警備先から侵入警報を受信したときは直ちに警察に連絡し、警備会社の警備員の安全を図っている。
機械警備発足時はセンサーの誤報も多く、警備会社そのものがその対応に追われ、警察も振り回されていたが、センサーの機能向上と効果的なセンサー配置により誤報が減少し、一旦警報を受信すれば、それは真報(実際に犯人が建物の中に侵入したこと)と信じて良い程信頼性が高まっている。
ネット社会は機械警備システムそのものを変化させた。一部保険代行業務を担う等様々なオプションも開発された
コンビニ、銀行等のATM機ブースに監視カメラを常設し、警備会社は24時間、365日監視可能となった。コンビニ強盗が減少したのも、このような急速なシステムの向上があればこそ、最早ネット社会は人々の社会生活そのものを急激に変化させた。
かっては、スーパー等の敷地内に設置されていた銀行、信用金庫の単独ブースのATM機、CD機が荒らされる事件が頻発したことがあった。酷いものは、重機でブースを破壊し、ATM機、CD機毎持ち去ったこともあった。が、それもATM機、CD機にGPS機能を設置したセンサーで、追跡が可能となり発生していない。高級車窃盗事案もそれにより、減少している。
急速なネット社会の発展は、機械警備システムの拡充及びその運用方法により各警備会社に格差を生じさせ、更に多様なオプションが格差を広げ、かつ縮められなければ存続そのものが問われる。大同警備とて然り、如何に各警備会社に格差を見せつけられるか、否離されないようにするか、常に各警備会社、特にべコム、バルザックの動きに目は離せない。
ホームセキュリティーは、警備会社が最も力を入れているところだ、それも警察機能が弱体化したことも関係があるだろう。冒頭に紹介したように、警察官の定員割れ、それに加え警察官が取り扱う事項が格段に増加傾向にある。
交通事故の処理、警備業法上の警備会社の立ち入り、特殊詐欺の増加かつネット社会を悪用した巧妙な犯罪、ストーカー防止等多忙を極めている。もはや、日本は世界一安全だという、安全神話は崩壊しているといって過言ではない。否、むしろその認識にたって、これからの安全を構築して行かなければ、やがて米国のような犯罪多発国となる恐れもある。
かって、警察は家庭内のトラブルに介入しない、民事不介入を是としていたが、モラハラ、幼児虐待を含む家庭内暴力に拱手傍観は許されない時代となった。
自見の提案は、ホームセキュリティーのオプションに、モラハラ、幼児虐待を含む家庭内暴力の相談を含み、その連絡を受ければ、現場直行と各関係機関に連絡する。時に、警察車両が到着するまで、機械警備車両に避難させる。
水面下で家庭崩壊は静かに進行している。もはや既存の公共機関だけで防止するには、物理的限界があるのは自明の理、ゆえに、警備会社が積極的に介入する意義がある。大同警備はその魁となる。ホームセキュリティー料金は据え置く、それを補うに公共機関とオプション契約を結ぶ。
社長始め、皆、腕組みをして考え込んでしまった。確かに画期的だが、警備会社は公安委員会下にある、先ずその屋根を取り払わなくてはならない。次に、各公共機関にその予算を計上して貰う必要がある。また、一警備会社にそのような委託を任せるだろうか、もうこれは賭けだ。仮にそのようになって、営業売上にどれ程の効果があるのか。
自見は、従来、社会秩序の役割は、警察が主、警備会社が従という関係を、共に対等な関係を構築することで連携を強め、もって日本社会の安全、安心を強力なものにする。当然、これは大同警備一社で出来るものではない。警備業界、特にべコム、バルザック賛同なくして成立しない。
大切なことは、その発案者が大同警備だという事、幸い中央道高井戸総合ターミナル物流センター受注で、その名が知れ渡っている。
また、警備会社も商売、何もかもが警備業法の狭い枠に閉じ籠るのではなく、発想は自由かつ大胆に、大切なことは警備をもって、全ての人達に安全、安心、幸福を提供するという崇高な使命、そしてそれを何としても果たすという責任感と実行力ではないでしょうか。
自見は静かに見つめた。皆、湖面に石を投げ込んでも、多少の波は立つものの、また静かな湖面に戻る大きな湖を、自見に重ねた。この人は何事にも動じない、信じた道を進む。
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