オトナのお人形と色ボケ魔女 破

「ただいま〜! 」


ジェシーが玄関のドアを開ける音を聞いて、ワタシは目を覚ましマシタ。彼女は毎朝昼も夜もなく放蕩の旅に出かけ、朝帰りは珍しくないのデシタ。


「おかえりなさいませ」


「あ、起きたんだ」


朝帰りの日は、大抵アルコールの臭いがしマス。ワタシのセンサーでなくともわかるほどはっきりとした臭いデス。ジェシーと暮らしてすぐわかったことは、彼女の精神がとても不安定であることでした。


 要するにアルコールも放蕩も自傷行為なのデス。元執事が指摘したような乱れた性生活も、捨て鉢な生き方が関係していることはすぐわかりマシタ。


 その精神性を、従軍経験と結びつけることはあまりにも簡単デシタが、彼女がソウいう見られ方を望んでいないことも理解できマシタ。ジェシーは、ワタシの前では決して涙を見せませんでした。酔っ払って帰ってきた時でも、ワタシがいる前では平気な顔をしていマシタ。そうやってワタシと戯れてベッドに入って、ワタシを追い出し、独りになると、時々泣いているようでシタ。


 彼女は一人は嫌いなクセして、一人にならないと本気で寝ることをシマセン。それはまるで、誰かに抱きしめてもらっていないと生きていけない幼児のように見えまシタ。だからワタシは、彼女が帰ってくるたびに、彼女の好きなことをさせてやりマシタ。例えば髪を洗うトカ。


「カユイところはございませんカ? 」


「ないわよ〜」


溺れないよう見張る意味も込めて、ジェシーの長い髪を洗いマス。


「アンタ一応電化製品でしょ? 大丈夫なの? 」


なんてきかれましたが、ワタシは防水加工がしてあるので、バスタブやシャワーのお湯程度なら平気デス。


 その日のジェシーはワタシの新しい声に違和感があるようデシタ。


「発音はいいけど、前より低くない? 」


「そうデスカ? 元の声は同じ人物デスヨ? 」


「元になった声とかあるのね」


「ワタシを作ったライト博士デスヨ」


「あら、まあ」


ジェシーは目を泳がせました。


「ワタシはある意味で理想のライト博士デス。失敗作かもしれマセンガ。不気味になってしまって申し訳ないのと、何故作ったのだという考えから、ワタシはライト博士を避けてキマシタ。でも近頃ワタシは出自が気にならなくなってきマシタ。ワタシはワタシ。ジェシーが仕事を下さったので、ワタシはライト博士から独立した存在として社会に地位を得ました。ワタシはヒトの役に立てるロボットデス。もう見た目のことは気にしマセン。今のワタシを好きと言ってくれるヒトがいる以上、それを否定するのは失礼デス。だからライト博士に今ある技術で最高の身体にしてもらったのデス。ドウデス? 手先も器用デショウ? 」


ワタシはジェシーの頭皮をマッサージしマシタ。


「……そうね。イイ気持ち」


そう言いつつもジェシーはどこか物憂げでした。


「どこか気になりマスカ? 」


「いや、そうじゃないけど、ネ」


ジェシーはポツリと呟きマシタ。


「人の役になんか立たなくていいよ」


そう言われても困りマス。ロボットは役に立つためにいるのデス。


「ナゼ? 」


「役に立つものは、役に立たなくなったら罵られる。純粋な気持ちでやっていたことが、報酬のためになる。いつの間にかやっていいこととやっちゃいけないことの区別がつかなくなって、とんでもないこと平気でするようになる」


「アナタがそうだったようニ? 」


「……そう。誰かを喜ばせるために学んだことで、どうやって敵を殺すか考えはじめる。花火の魔法で家を燃やして、ホムンクルスに橋を壊させた。魔法人形は術者の鏡。アタシはもう役に立つ魔法は使わない。褒め称えられるようなことはしない。死んだ時に『良い人だったのに』なんて言われる人間にはならない。死んで美化されて誰かの戦う理由になるような、そんな人間には絶対にならない」


「ジェシー……」


ワタシは彼女の背中をさすってあげマシタ。ワタシは彼女と一緒に暮らして、初めてジェシーを理解したような気がしマシタ。彼女の心は深い穴の底にありマシタ。ワタシにできることは多くはありマセン。


「だからそうやって遊びまわって自分を傷つけて、ボロボロになっているのデスカ? 」


ジェシーは強く頭を振りマシタ。


「ボロボロになんてなってない。アタシもう大人だもの。遊びまわるくらい良いでしょう? 」


「ワタシの持っているデータをどれだけ分析しても、アナタは楽しそうではありマセン」


「うるさいな」


「音量を調整しましょうカ? 」


「そうじゃないよ」


ジェシーは眉を下げて笑いマシタ。


「アンタは優しいね」


「ワタシが? 」


「うん。こんなクズのために一生懸命お世話してくれてる」


「ジェシーは大切な人デスカラ。当然のことデス」


ジェシーは声を上げて笑いマシタ。


「ロボットの愛は無償ってわけね。カスでもビッチでも平等に受け取れる。そういうの素敵。神が人を愛するとしたらそういう愛だと思うわ」


罰当たりなことを言う女デス。ワタシは呆れマシタ。


「ジェシー、セクサロイドを神に例えるのなんてアナタぐらいデスヨ」


「あら、そう突飛な考えでもないわ。古代の巫女は娼婦を兼ねていたそうよ。異形フェチの女どもを抱いてまわる神がいても良いと思うわ」


「今は古代ではありマセン」


その日は何も求められない代わりに、朝までそばにいるよう仰せつかいマシタ。


「ねえD1」


甘えたような湿っぽい声でジェシーが言いました。


「アタシのこと、忘れないでネ」


ワタシはため息を吐きマシタ。


「メモリがある限り忘れませんヨ。消しても消せない女でしょ、アナタ」


ジェシーはクスクス声をたてマシタ。


「そうねえ、そうだと良いねえ」

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