第56話 ロボットは愛されヒロイン
「しかしコミュニケーションロボットの役割はとうに逸脱している気がするのですが、良いのでしょうか」
指の不調でライト博士のところに来たので、ここ最近の報告をしました。
「D2に恋人か……」
わりと真剣な相談だったのに、ライト博士はあまり聞いていません。
「いいんですよ、そんなもの」
かわりに答えてくれたのはD1です。長い舌をだらっとバケツに垂らして、水を吸わせています。異様な光景ですが、彼は舌から取り込んだ水を、魔法で軽い媚薬に変える能力があるので、必要な作業です。
「作られた当初の役割に沿って生きるのが正しいとは限りマセン。ワタシなんて恋人に振られたライト博士が、もっと自分がこうだったら振られなかったに違いない! という妄想を元に作ったロボットなんデスから」
初めて聞く話ですが、その理由で作るのがセクサロイドというところに、ライト博士が若き日の闇を感じます。
「バラすんじゃないよD1」
ライト博士はぼやきましたが、絶対に隠したい事情、というわけでもなかったようです。
「D2だって元恋人の娘が可愛くて、羨ましくて作ったロボットなんデスヨ。当初の役割なんて離れて当然デス。状況が変わったら、役割も変わって良いのデスヨ。今のD2の役割はなんデスか?」
「愛される家事代行ロボットですかね?」
「愛されヒロインというわけデスネ。自分で言いマス? そういうコト」
「別にいいじゃないですか」
「いいデスケド」
そうこうするうちに、エディーがやってきました。アルバイト帰りに迎えに来てくれたのです。
エディーを見て少し言葉を交わしたライト博士は
「色々思うところはあるが、優しそうな青年じゃないか」
と私に耳打ちしてくれました。
その一方でD1は訝しげにエディーを観察しています。
「ちょっとD1、顔が怖いですよ」
D1は目を見開いた無表情になっています。無表情は考えごとをしているロボットにありがちな表情ですが。
「あの人、本当に人間デスカ?」
鋭いですわね。私はD1の観察眼に無い舌を巻きました。
「あの……申し遅れましたが、ハーフエルフです」
こちらの話が聞こえていたエディーが、わざわざカツラを外してくれました。
「ハーフエルフ……」
D1はまだ目を見開いたままです。
「ハーフエルフのサンプルは持っていないデス……」
蛇よろしく、半開きの口の中で舌がうごめいています。そのままホラー映画に出られそうな見た目になっています。
「摘み食いは禁止です」
「体液だけもらえれバ……」
「やめてください」
研究熱心なのはけっこうですが。ライト博士も少し呆れ気味でした。
家路につきながら、エディーと今日一日あったことを話し合いました。
「愛されヒロインかあ」
エディーは言います。
「それがまさしくD2なのかもしれないね」
「私がヒロインならエディーがヒーローですよ」
ちょっと照れくさそうにエディーが笑います。
「ヒーローかあ。そんな柄じゃないけどね」
「案外似合うかもしれませんよ」
エディーの体温のある手と私の体温のない手。エディーの吐く白い息と私の息を伴わない発声。寄り添って歩くにはちょっと不恰好かもしれません。でもちょっと不恰好なぐらいが案外バランスがいいのではないかと思う、今日この頃です。
「家に帰ったら何を作りましょうかね」
エディーと献立を考えながら、我が家へと歩みを進めるのでした。
(了)
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