第55話 ロボットと大団円 急
「今更……」
ケイスケさんはモゴモゴと口を動かします。怒っているから、というより、どう反応したらいいかわからないようです。人間でもそういうことあるんですね。
「……少し昔話をしてもよいかな? 」
とジェイが言います。
「どうぞ」
「ありがとう」
ジェイはお茶をすすりました。
「わしの母親は売春婦をしていてな、気まぐれでとったエルフの客との間にわしができた。エルフは定住をしないから、体よく逃げられてしまってな。魔女がわしを欲しいと言ったら、渡りに船と売り飛ばしてしまった。魔女はわしのことを珍しい使い魔としか思っておらなんだし、わしは自分はそのような生き物なのだと人間らしい暮らしを諦めてもいた。魔女が仕えているモリー様が強力な魔法を使いたがったから、なんて理由で目玉をえぐられても、悲しいとも思えなんだ。ハーフエルフの血肉は良い
ケイスケさんはお面のような無表情になっています。どう表情をつければいいのかわからないのでしょう。よくわかります。
「あの頃は転移者も召喚獣という扱いでな。今のように文化のある人間という扱いになったのは、皮肉にもあのモリーのおかげじゃ。モリーは公爵令嬢。その公爵令嬢が語る異世界と酷似した世界からやって来た人間を獣扱いするのは無理があった。まあモリーのせいで無用な恐怖を植え付けられたのは紛れもないな事実じゃが」
ジェイはため息を吐きました。
「話が逸れてしまったのう。要するにわしは卑屈な自尊心と異世界人への恐怖を捨てきれぬまま、百歳をゆうに超えてしまったと言うわけじゃ。わしより古くに生まれ、身分だけは高かったそこのビリーとて同じこと。子どもの頃の体験というのは恐ろしいぞ、ケイスケどの。一度できてしまった固定概念は、うっかりすると百年も二百年もこびりつく。異世界転移者とエルフの間に子どもができたと知った時、わしは化け物と化け物の子に未来はないとまで思った」
「実際に言われました」
「誠に申し訳なかった。だがその時まで積み重ねた、わしの経験から、それは紛れもない事実だと信じていたのだよ。親は子を簡単に捨てる。わしが捨てられたように。ハーフエルフは人間扱いされない。わしが長いこと人間扱いされなかったように。謝ってすむことではない。だが誠に申し訳なかった」
ケイスケさんはボソリと呟きました。
「それはわかる気がします。……今でも俺は、どうしようもない不良のまま、実の親を許せないまま、過去に縛られている気がする。メアリーが死んでから特にそうです。自分の言動とクソ野郎の言動が重なる。ろくでもない家族を再生産して、そういう業から逃げられないまま、死んでいくんじゃないかと思うこともあります。短気で暴力的で……」
ふとケイスケさんは私の方を見ました。
「あのロボットを強制的にシャットダウンしました。ロボットだからああして今まで通りですが、人間に手を上げていたらと思うと」
「ケイスケさんそれは違います! 」
私の反論を、ジェイが制しました。
「わしが過去の呪縛をほんの少し脱したきっかけを教えてしんぜよう。エドワードどのだよ」
ジェイは微笑みました。
「昔から良い子ではあったがのう。つい先日、ハーフエルフ会議でエドワードどのがこう言ったのだ。『僕らのアイデンティティは、単純に半分エルフの血が流れていることではない』アイデンティティ! わしが二十二歳の時には頭をよぎりもしなかった言葉だ。わしは唐突に理解した。彼はわしらとは違う、人間の紛い物でもエルフの紛い物でもない誇りを持っている。ケイスケどのやメアリーどのの育て方が良かったのであろうよ。そんな顔をせずとも良い。遺伝か環境か、あるいはその両方か、何が要因かは知らないが、彼は我らの光だ。誇りに思うといい」
「……子は、親が思いもよらない育ち方をするものです」
「違いない」
「そりゃそうだ」
「このビリーのようにろくでもない育ち方をすることもある」
「そんなこと言うなよ〜」
二人のハーフエルフと一人の人間は、しばらく歓談されていました。
✳︎✳︎✳︎
「D2、今日はありがとう。楽しかったし、お料理も美味しかったわ」
会がお開きになり、私はソフィーと二人で話していました。
「楽しんでいただけてよかったです。チャーリー達とずっと一緒で退屈しませんでしたか? 彼ら仲が良いですから、会話に入れなかったとか」
「いいえ! 魔法学校のことたくさん聞けて楽しかったわ! 」
ソフィーは私の指に目を止めました。
「指輪、見せてもらっていい? 」
「もちろん! 」
指輪をソフィーの手のひらに乗せると、ソフィーは光に透かしたり目の近くまで持ってきたり、じっくりと観察していました。
「キレイ……。この石、ローズクォーツ? ロマンチックね」
「良し悪しはよくわかりませんが、気持ちが嬉しいので」
ソフィーはほうとため息を吐きました。
「貴女は愛を知るロボットなのね、お幸せに」
「さあどうなんでしょう。わかりませんよ、愛なんて。でもね、私の行動が人間のように振る舞うプログラムの結果で、それが良い方に向かったように、愛するという行動も真似できるのではないかと思ったのですよ。紛い物かもしれませんけど、これが私の愛情です」
私の言葉に時々相槌を打ちながら、ソフィーは微笑みました。
「貴女ならきっとできるよ。だってあたしは、デイジーの愛情を感じながら育ったもの」
その笑顔に、言っておかなければならないことを思い出しました。
「ソフィー、デイジーのことで、無神経なことを言いましたし、酷く傷つけてしまいました。申し訳ありません。デイジーのこと、愛してくれてありがとう」
「そんなこと……いいのよ」
「それでね、一つ提案があるんです。ソフィーさえよかったら、私と友達になってくれませんか? もっとソフィーのことが知りたいし、こうしてたまに会ったり、我が家にお招きしたりしたいです」
ソフィーはまず驚いた顔をして、それからもう一度ニッコリ笑いました。
「もちろんいいわ! 」
私達は友情の握手を交わしました。
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