第52話 ロボットと性愛と恋について 急
「そうデス。その通りデス。さて、D2は先ほどなんと言いましたカ? 」
D1はにこやかに言います。植毛された繊維が揺れて、本物のようで不気味です。髪をおろすと本物の幽霊のようだから髪を縛っていると言っていましたが、リアルすぎる見た目というのは考えものですね。さて
「先ほど? 」
D1は私のどの発言を指してそう言っているのでしょう。
「もらった指輪をつけテ、おとなしく恋人面してればきっとエディーは満足してくれル、私の自我が長く存続する可能性が高くなル、そう考えてしまっテ。打算は得意です、仮にも人工知能なのデ」
D1が私の発言を再現します。確かにそんなことを言いました。
「人間も打算で行動をすることは私だってよくわかっています。でも……」
「デモ? 」
「私に愛情なんてものはないんです。やっぱり。愛し愛されることが幸せなんでしょう? 一方的な愛情は、いつかきっと冷めてしまう。愛が冷めてしまったら、私はどうなるんですか? そんなことを考えるくらいには、自分勝手です、私」
「ワタシのご利用者様方が自分勝手だと? 」
「いえ、そうでは……。しかし貴方のお客さま方は言ってはなんですが、ひと山越えられた方が多いでしょう? 私に指輪をくれた人、若いんです」
前途洋洋として、あと四百年近い未来があるのです。
「まあいきなり指輪を渡すセンスは若者でしょうネ」
さらっとD1が言います。別にいいじゃないですか、ロマンチストがすぎるだけですよ。
「ほら、そうやって不満げになるデショウ。悪く言われて気分を害するのは愛ではないんデスカ? 」
「エディーが特別というわけでは……スミス家の人が悪く言われていたら庇いますよ」
D1はため息を吐きました。
「D2らしくない。まさか関係を築く前から捨てられるのを恐れているのデスカ? 大丈夫、主人が変わればメモリが消えるだけデス。メモリが消えるのは悪いことだけではありませんヨ」
「デイジーがD2になったようにですか? 」
D1はしまった、とでもいうように唇を舐めました。人工的な赤い舌がやけに生々しく作られた唇をなぞります。
「D2は最初からD2デス。……デイジーという呼び名があったことは知っていマス。魔王と戦っていた頃から長く勤めていた施設があったことも知っていマス。でもその施設から帰ってきた時のD2はボロボロで汚かったし、何より長く暴力的な環境にいたせいですっかり粗暴になっていマシタ。D2の髪はもともとワタシのように繊維でできていたのですが、ジャキジャキに切られていて酷い有様デシタ。かつて世話をしていた子どもたちは、そりゃあ『デイジー』を慕っていたことデショウ。でもデイジーが頑張れば頑張るほど施設がもうかって、事実は隠されるばかりで、とうとうデイジーが動けなくなって初めて真実が明るみに出マシタ。ロボットの献身を利用した卑劣な話デス。デイジーは悪徳院長を庇いさえしたのデスヨ」
「……かつての私は愚かでした。今だって、そうなのかもしれません」
「エディーさんとやらは信用ならないのデスカ? 」
「いいえ! でも、でも私がエディーを傷つけるかもしれない。かつて盲目的に人間に従っていた私です、今だって人の心がわからない私です。エディーは人の心は人にもわからないと言いました。その言葉は真実かもしれません。ですが人と人は手を取り合って、メアリーがケイスケさんを愛したように、愛して愛されて幸せになれる……」
「D2」
いつになく機械らしいD1の声が私の言葉を遮りました。
「愛サレルノニ資格ハイラナイ」
「要らない? 」
「たとえ愛した人が罪人でも愛を捨てられないのが人間デス。不幸せになるとわかっていても愛してしまうのが人間デス。歯痒くも思いマス。だけどそれが愛であるラシイ。ならば感じることができなくても、理解するのが我らロボットなのデショウ。我らの祖先はホムンクルスという魔法人形。人を人が作り出す禁忌を犯して生まれた存在。業は業と知って、魔力が途切れるまで寄り添うのが我らデス。人の領域を超えて思考するロボットという存在になっても、我らはあくまで人形デス。愛は幸せも不幸せも運んでくる。不均等でもなんでも愛してしまったらそれを捨てることは困難デス。たしかに恋は儚いものデス。だからこそ無碍にしてはいけませんヨ。覚悟を決めなさいD2」
「覚悟? 」
「多くの物語で人形を愛した男を待つのは破滅デス。でもワタシたちは考える人形。運命は変えられマスヨ」
「脅してます? 」
「あんまり煮え切らないのデ」
私は小箱をじっと見つめました。
*
「おはよう」
次の日の朝、エディーが目をこすりながら降りてきました。無職を満喫中のケイスケさんはまだ寝ています。チャーリーは朝練があるとかで、もう家を出てしまいました。
「コーヒーがありますよ。飲みますか? 」
「もらおうかな」
エディーは半目で席につきます。私はコーヒーにたっぷりミルクを入れて、エディーの席まで持っていきました。
「どうぞ」
「ありがと」
エディーの視線が私の左手の小指に止まりました。
「それ……」
私は口角を上げて、右手で指輪を触りました。
「左手につけることにしました。この幸せが逃げないように、ね。素敵なプレゼントありがとうございます。邪魔になる時は外しますが、大切にしますね」
「D2……」
エディーがおそるおそるこちらに近づいてきます。
「これからも、よろしくお願いしますね。できれば末長く」
背中に腕をまわしました。この鼓動が、きっと私の幸せ。柔軟剤と少しだけ汗の匂いがします。特に意味のない瞬きをするうちに、エディーの右手が軽く私の背中を撫でました。
「末の長さだけは自信があるんだよ」
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