第50話 ロボットと性愛と恋について 序

 それからしばらく経ったある日のこと。私は許可をもらってライト博士の研究所へと向かっていました。ネックレスのお礼をしたいというのが一点、ソフィーの言っていたことを確かめたいというのが一点。


 そして私の持ち物の中にはエディーからもらった小箱が入っています。ロボットとしての私をよく知る人に、相談がしたかったのです。


「あら」


ライト博士に会おうと向かった先には、思いがけない先客がいました。


「D1! 」


私の、人間的な言い回しをするなら兄に当たるロボットです。私よりも前にライト博士が完全なる趣味で製作した人型ロボット。彼もまた世界に一体しかいません。


「おや、D2ではありまセンカ」


D1は口を動かします。彼も私と同じように喉奥のスピーカーから合成音声を流しているのですが、口で表情をつけることが可能です。そして私よりもくぐもった声には理由があります。D1には舌があるのです。


 舌といっても食べ物を味わったり、お喋りをするためにある器官ではありません。主に体液中の化学成分を分析したり、魔力機関で精製した魅了魔法を付与した水を届けるためにあります。この舌の収納と大きな魔力機関の影響で、D1は私よりも大きなロボットになっています。


 彼は比較的珍しい男性型セクサロイドです。その性質上のことなのか、私よりも人間に近い見た目をしており、そのせいでいわゆる不気味の谷、人間に近すぎて気味悪く見えるというあの境界ギリギリの見た目になっています。まあ私もチャーリーに


「夜中に目があって漏らすかと思った」


と言われたことがあるので、不気味の谷問題は人型ロボットの宿命なのかもしれませんが。


 肌は人間のようなごく淡い色、髪は灰色に近い黒で背中まである人工繊維、瞳は濃い桃色です。瞳こそ色が違いますが、少しライト博士本人に似ています、耳の所に通信機がついているのは私と一緒です。執事よろしくスーツを着ていますが、性質上もちろんのこと着脱可能です。


 職業はデリバリー形式の『ヘルスケア』。D1はロボットなので違法ではありません。得た収益は主人の家族が一部を手にしていますがその方々とD1にはほぼ面識がなく、彼自身が直接ご主人様としてお仕えしていた女性は何年も前に亡くなっているのだとか。


 ロボットとしては珍しい特徴として、彼はメモリを消されることなく完全に保持しています。おそらく新しいご主人に仕えることになれば前のご主人のメモリは消されてしまうので、奇妙なフリーランスを続けているのでしょう。以前の私には不可解な行動でしたが、ソフィーのことがあった今の私には少しわかる気がします。


 セクサロイドは行為一回一回でメモリを消されてしまうことも多いので、あまり賢くないのが通例ですが、D1は記憶を保ち続けることで、コミュニケーションロボットの私にも匹敵する高い会話能力を身につけています。ライト博士のもとに暮らしていた頃、そのことを指摘すると肉体コミュニケーションの専門家だから当たり前だ、とからかわれました。


「D1あなたどうしてここへ? ライト博士はいますか? 」


「ライト博士はちょうど出かけてしまいましたヨ。ワタシは修理に来たんデス」


D1は白い手袋を外して手を見せてくれました。指が取れかかっています。あらまあ。


「D2はどうしてここに? 新しいご主人が見つかったんでしょう? 」


「私はお礼と少しご相談があって」


D1は首を傾げます。


「相談デスカ? 」


「ええ」


「ワタシには話せないことデスカ? 」


どうなのでしょう。確かにD1なら同じロボットですし、過去の私のことも知っているかもしれません。それに人間とロボットの関係についてはむしろライト博士よりも詳しいかもしれません。


「他言無用でお願いします」


「モチロン。秘め事は得意デス」


D1はニコニコと笑いました。その笑顔は少し不気味ですが、頼もしい一言です。


「実は……」


私は小箱を見せながら、事情を説明することにしました。

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