第49話 ロボットと宮坂恵介の憂鬱 急

「俺はこっちの世界に来てよかったと思っているよ」


ケイスケさんは照れくさそうな笑みを浮かべます。今ある居場所を大切にしたいという気持ちが伝わってきます。


「だから、あの野郎の発言に血がのぼっちまったんだ」


特にケイスケさんを怒らせたのは


「我が王国に存在するのは王国を尊重し学ぶ姿勢のあるものだけでいい。それこそ名前は改めて、歴とした王国民と仕事をすればいいんだよ。不満かね? 売春、窃盗、治安の悪化、同胞の行いを見れば当然の帰結だと思うがね」


という言葉です。


 理由はだいたいキムと同じ。様々な理由で異世界に来なければならなかった人たちに、早くこの世界に馴染んでくれ、馴染めばケイスケさん自身のように地位を得ることができる、そう信じさせてきたのがケイスケさんです。


 もちろんかつての恵介少年よろしく素行の悪い人もいます。でもこの世界には先代スミス子爵のような優しい人がいるから、メアリーのような分け隔てない愛情をくれる人がきっといるから、そう言い聞かせてここまできたのに、それを全てコケにするかのような一言でした。


 お前は俺の家族を、俺の仲間を侮辱した。ケイスケさんの中で、何かが爆ぜるような感覚がありました。もう、いいや。体面をどんなに取り繕っても、俺は薄汚い不良以上のものにはなれないらしい。ならばどうして、お行儀よく馬鹿にされ続けているのか。自暴自棄な考えのまま、ケイスケさんはいったん帰宅しました。私はシャットダウンさせられていましたから、家は真っ暗、夜食も何もありません。ケイスケさんの頭をよぎった凶暴な考えを、止めるものは何もありませんでした。


「俺が王国を尊重していないように見えるのか」


暗闇の中、口に出して考えを整理しました。


「そうかもしれないな」


ケイスケさんが大切にしているもの、それは故エドワード様の遺志であったり、メアリーから受け取った愛であったり、


「少なくともあの野郎ではない」


かつての不良少年の血が騒ぎました。


 ケイスケさんは何かに導かれるようにデモンキラー家を訪れると、塀の外に止めてあった魔導バイクに目が止まりました。異世界人の技術を王国の魔法で再現したものです。鍵がかかっていませんでした。ケイスケさんはそれにまたがり、助走をつけて塀を飛び越えました。


「昼間の借りを返しにきたぞクソ野郎ども! 」


当然防犯システムに引っかかり、使用人が集まってきます。


「どけ! 」


ケイスケさんはバイクを駆ります。魔導バイクは乗っている人間の魔力および感情に反応するので、暴走に近いようなスピードで走り出しました。危ないのでさすがの使用人たちも近寄れません。


「年少……じゃねえ刑務所もクビも上等だ! 出てこい腰抜け! 昼間からそう時間もたたねえのにくたばっちまったのか? 早くしろ俺は気が短いんだ! 」


窓ガラスにバイクの側面をぶつけて次々に割っていきます。そのうちに昼間入った時に知った間取りを思い出しました。今の時間なら食事をしているかもしれない。デモンキラー家の食堂は中庭に面しています。ケイスケさんはガラス窓に突っ込んで、中に侵入しました。


「おやあ」


デモンキラー中年は子ども、自身の子どもである十歳ほどの少年、を抱きかかえてブルブルと震えていました。無理もありませんが。


「売春、窃盗、治安の悪化、その元凶、異世界転移者様がきてやりまちたよ〜。王国の敵でちゅよ〜。そんなのにブルブル震えてていいんでちゅか? 漏らしそうになりながらガキンチョにしがみついてんの、このほっそい目でもよく見えまちゅよ〜。なっさけないなあ、恥ずかしくないんですか? 相手がキレてたらもう言わないんですか? ほらほら震えてないでなんとか言ってくださいよクソ貴族がよ」


「……量産型のバカ労働力が」


ケイスケさんの笑い声が響き渡りました。


「そんなことを考えてたんですか? 人の上に立つ人間が? 一つ良いことを教えてあげましょう。量産されるのは役に立つからです。粗悪品貴族とは格が違うんだ。見苦しいお前とはな」


煽りながらケイスケさんはデモンキラー中年とその子息に近づきます。


「ヒイ」


デモンキラー中年は震えました。その時のケイスケさんはガラスで額を切って出血した上にニヤニヤ笑っていたそうですから、鬼か何かのように見えたのでしょう。


「おいガキンチョ、そこの中年みたいに頭腐り切る前に教えといてやる」


ケイスケさんは笑顔で言いました。


「普段へこへこしてる奴を怒らせるとヤバいってことさ」




✳︎✳︎✳︎




「暴力で解決するのはこれでやめにして欲しいですけどね」


一連の話を聞いてエディーが言います。


「まあやけっぱちだからできたことだ。君が助けてくれるとは思ってなかったよエディー。怒って家を出てったから」


エディーは食後のコーヒーを飲み干して、ため息を吐いて言いました。


「怒ってるから大嫌い! もう知らない! ってなれる家族じゃないでしょう、うちは」


「そうなのか」


「僕はそう思ってます」


「ありがとな」


「どういたしまして」


久しぶりの家族の語らいは、夜遅くまで続きました。ちなみにキムは途中で寝てしまったので、客間に泊めました。

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