第43話 ロボットと『デイジー』 急

「……質問が難しくてわかりません。私は共感するかのような行動は得意ですが、感情がある生き物ではないのです」


ソフィーは眉を下げましたが、もう泣くことはしませんでした。


「そう。貴女がそう思うんならそれでいいわ。でも、貴女が辛い目にあったらあたしは辛いし、貴女が幸せならあたしは嬉しい。そのことをたまには思い出して」


「はい。覚えておくようにします」


ソフィーは立ち上がって、私に手を差し伸べました。握手のようです。


「また会ってくれると嬉しいわ。D2」


「もちろん会いますとも。ソフィーが望むならね」


私の手を取って、ソフィーは嬉しそうに微笑みました。上品で優雅なお嬢さま、それが今のソフィーです。過去がどうであろうと、そんなものはより輝くためのスパイスというものでしょう。ソフィーのポニーテールには、黒いリボンが結ばれていました。


「あの」


「なあに? 」


「もしかして『デイジー』は貴方の髪を結ったことがありますか? 」


ソフィーは目を丸くして、みるみるその目が潤んでいきます。私はまた間違えたのでしょうか。


「ええ。そうよ。でももう自分で結べるの。だから大丈夫」


「何か気に触る事をしましたか? 申し訳ありません」


「ううん。ありがとう」


ソフィーは涙を拭いました。そして笑顔で言いました。


「さようなら。デイジー」




***




「おかえりなさいませ」


「……ただいま」


ケイスケさんは深夜にご帰宅されました。そのまま生気のない顔でご自身の部屋に上がろうとしていましたが、私を見ると、ぎょっとして駆け寄ってきました。


「な、何かあったのか? 」


「……はい? 」


私はガラス戸に写る自分の顔を見ました。まあ酷い顔。ケイスケさんと表情がシンクロしてしまっています。こういう時は明るい顔の方がいいのに。私の高い共感『している風』能力も困ったものです。


「少し考え事をしていて」


表情を笑顔に調整して答えます。


「考え事? 」


ケイスケさんは不思議そうです。


「お買い物に出かけて、若いお嬢さんと会ったのですが、少しばかり難しい事を言われまして」


「どんな? 」


「今のお仕事、楽しい? と聞かれたので」


ケイスケさんの眉間にシワが寄ります。


「それで? なんて言ったんだ? 」


「質問が難しくてわかりません、と伝えました」


「そうか……」


ケイスケさんは複雑そうな顔をしています。


「ケイスケさんも私が楽しい方がいいですか? 」


「まあつまらないより楽しい方がいいな」


楽しいとはなんなのでしょう。私は人を楽しませたいのであって自分が楽しむようにはできていません。私は首を傾げました。するとケイスケさんは頭をかきながら言います。


「俺もよくわからないけど、例えば……エディーはD2が今の仕事を楽しめているなら、嬉しいと思うんじゃないかな」


「それは何故ですか? 」


「何故って、俺はちゃんと聞いてないけど、あいつはD2のことが好きなんだろ? 」


……そういえば私、エディーに嘘をついてしまいました。ドライブに連れていってもらった時、楽しそうに見える、と言われて『楽しいですよ』と答えてしまったのです。悪いことをしました。謝らなくてはなりませんね。


「そうですね。『思うに、僕の君に対する感情は恋なんだ』と言っていました」


「クサいこと言うなあ。あいつ」


ケイスケさんは苦笑して私の肩を叩きました。


「じゃあおやすみ」


「お休みなさい」


部屋に入っていこうとするケイスケさんの背中を見て声をかけたくなりました。


「ケイスケさんは『楽しい』ですか? 」


「……」


「エディーもチャーリーもいませんけど、ケイスケさんは楽しいですか? 」


「何、喧嘩売ってる? 」


何故だかケイスケさんの声が異様に低いです。


「エディーが言ってたんです。『僕は、僕の家族のことが好き。今のお父様が何を考えているのかはよくわからないけど、僕はいつかいなくなってしまうことがわかっていても、チャーリーやお父様ともっと楽しい思い出を作りたい。短い人生なんだもの、嫌な思いなんかしないでのん気に生きてほしいよ』って。ケイスケさんが楽しかったら、きっとエディーも嬉しい。一人が楽しくなると二人分の幸せが生まれる、家族って素敵ですね」


ケイスケさんが喜ぶと思って言ったのに、ケイスケさんの顔は険しいままです。


「そんな家族ばかりじゃないよ。うちだって本当はそうさ。メアリーがいなくなってから俺たちはとうにバラバラだった。それがはっきりしたのが今さ。エディーについて行きたいんだったら行っていいぞ」


「そういう意味で言ったんじゃありません! 」


大きな声が出てしまいました。ケイスケさんが驚いています。


「失礼しました。でも私は、私はただ皆さんに楽しんでほしいだけです。それに私は……」


続きの言葉が出てきませんでした。私は……私は……。


「スミス子爵家のメイドロボットですから」


そう、私はその通りの存在です。


「……わかった。もう寝る」


「はい。お休みなさい」


ケイスケさんが自室に入るのを見届けます。


「私は、ただ、みんなが……」


「うるせえなあ」


ケイスケさんの足音が近づいてきて、強制シャットダウンをされた、と認識する間もなく私の意識は闇に落ちて行きました。

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