第42話 ロボットと『デイジー』 破

「泣かないでください、ね、いい子だから……」


私が泣かせた? この私が。コミュニケーションロボットの私が。高性能の私が。何故、なぜ、ナゼ。分からない。この子の話すことがワカラナイ……。


「ごめん、ごめんね。わかってたの。でも悲しくて……泣いたりするつもりなかったの。ちょっとお話しましょう? 」


近くに公園があったので、そこのベンチでお話を聞くことにしました。


「あたしはソフィア・フォスター=ブラウン。ソフィーと呼んで」


「かしこまりました。ソフィー」


「貴女、前の勤め先のこと、知ってるの? 」


前の勤め先。ライト博士の研究所の前ということですね。


「託児所と伺っています。私の服やエプロンの何着かは、そこの子どもたちが用意してくれた、と」


「物はいいようね」


ソフィーはため息を吐きました。


「間違ってはいないわ。でも真実とは言いがたい」


「では真実とやらを教えてくださいますか? 」


知りたい。どうして私はソフィーを泣かせてしまったのか。私がなぜそんな失態を犯したのか。


「知りたいの? 」


「知りたいです」


ソフィーはモゾモゾとベンチに座り直しました。


「貴女がいた託児所は、あたしも暮らしていたところなんだけど、託児所というよりか女子孤児院と言った方が適切ね。タダ働きさせたり、人身売買まがいの養子縁組を平気でするような環境だったの。院長がずる賢くて、ライト博士を騙すようにして貴女を連れてきたってきいたわ。貴女は百人近い児童を人質にとられる形で、通報もせずに一生懸命に働いてた。事実が発覚した時、ライト博士が酷く怒ってね。貴女はもっと通報もするし、自分の身を守る賢いロボットにするって言ってたわ」


ライト博士がそう改造したとしたら、それは良い改造だったと思います。チャーリーのいじめ事件の時、私が通報を躊躇っていたら?


 もしもの話はやめましょう。もしソフィーの話が本当なら、過去の私は愚かです。院長が脅そうが何しようが、ロボットと人間ならロボットの方が強いのですから、通報はするべきです。劣悪な環境の発覚を遅らせて、良いことなど一つもありません。


「貴女が連れていかれた時、あたし達はこの世の終わりのように泣いたわ。だって院長は酷い人だし、お腹をすかせた他の子どもは意地悪だし、あたしの味方はデイジーしかいなかったんだもの。デイジーがいなくなったら誰があたしの話を聞いてくれるの? そう思った」


ソフィーはポケットからティッシュを取り出してはなをかみました。ソフィーはデイジーというロボットに愛着があったようです。愛着のあったものを取り上げられた悲しみが、蘇ったのでしょうか。


「でもあの孤児院がなくなって里子にだされた先を転々として、ついに良い家族に引き取られたの。今はお医者を目指しているわ」


「それはいいですね」


ソフィーが『デイジー』に執着する理由はないように思います。


「うん。新しいお父さんとお母さんは優しいし、お金持ちだし、あたしのやりたいようにさせてくれるわ。孤児院にいた時のあたしに言っても信じないでしょうね」


「そうですか」


どうして? ソフィーは可愛らしくて、身なりも言葉遣いも上品で、愛されるべきレディーに見えます。


「だってあたし、孤児院にいた時はガリガリでフケだらけで、とんでもなく不潔だったもの。誰もあたしのこと好きじゃなかったと思うわ」


「誰も? 」


そんなはずありません。


「デイジーは違ったわね。貴女は優しかった」


「私デイジーじゃないです」


そう『デイジー』の記憶は私にありません。どうやって『デイジー』を私と認識できるというのでしょう。


「……そうね。D2と呼ばれてるの? 」


「そうです」


呼ばれているだけでなく、私の意識は私を『D2』と認識しています。その他にはなりません。


「製品番号そのままでいいの? 」


「みなさんネーミングセンスなさそうですし」


エディーとチャーリーの不服そうな顔が浮かびます。ケイスケさんはさほど怒らなそうです。


「みなさん……どんなところで働いてるかきいてもいいかしら」


「ある貴族の家で働いています。いわゆるメイドロボットですね」


ソフィーは首を傾げました。


「女の子はいる? 」


「いません。それだけは少し不満です。私には着せ替えで遊べる、という素晴らしい機能があるのに、それが生かされてないんですもの」


ソフィーは視線を上げて、ふふっと笑い声を漏らしました。


「デイジーの服を選ぶの楽しかったな。いっつも他の子と喧嘩になって、怒られてばっかりだったけど。でも自分の服を選ぶよりずっと楽しかったわ」


ソフィーはチャーリーとあまり変わらない年頃に見えます。自分の服を選ぶのが一番楽しい年頃ではないでしょうか。


「不思議そうね。でも女の子って、自分よりも親友に似合う服を考えている時の方が楽しいものよ」


「そうなんですか……」


言われてみれば、私はあまり女の子と関わっていません。ケイスケさんの部下のキムは、転生者で前世が男性と少々特殊ですし。ソフィーの質問は続きます。


「デイジー、いえD2。貴女は今のお仕事、楽しい? あたしね、貴女と過ごした思い出が、あんまり楽しくて幸せで、大切な記憶なものだから、それが貴女と共有できていないとわかって悲しかったの。でも、今の貴女が幸せなら、あたしも幸せなんだわ。貴女、今の家族と楽しい思い出を作れている? 」


ソフィーのコーヒー色の瞳が私を捉えます。私が楽しい、私が幸せ、私の楽しい思い出……それって、ナニ?

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