第41話 ロボットと『デイジー』 序
「おれ、おばあちゃん家に行くことにした」
エディーが家を出て一週間経った朝、ケイスケさんの自室を訪ねたチャーリーは言いました。
「友達のことに口出すのも、バカ兄貴に酷いこと言ったのも、おれらのこと考えてくれてるからだってわかってる。でも、でもそうやって平然と仕事して、平然と遅く帰って、今だっておれと目も合わせないで出かける準備して、お父様の考えてることがわかんない。嫌だよ、こんな家」
「……そうか。じゃあ出て行け」
「言われなくても出てくとこだよ!」
扉を閉めかけたチャーリーは、部屋を出る前に振り返って言いました。
「おばあちゃんもおじいちゃんも、お父様と仲良くないからさ。おれ、帰ってこないかもしれないよ」
「親権は俺が持ってる」
「バカ兄貴だってさ、ハーフエルフにしては人間くさい方だけど、ロボットガチ恋だし、本ばっか読んでるから言葉遣いたまに変だし、運動会にスーツでくるし、キレると怖いし、引きこもりだしコミュ障だし……まあけっこうヤバい兄貴だけど、いなくなったらちょっと寂しいじゃん。あいつバカだけど執念深いから、もう帰ってこないかもしんないよ」
「成人してるんだから好きに暮らせばいいだろ」
「……もう知らない。独りで正論吐いてろ」
ぷいとそっぽ向いて、廊下をどすどす歩いていくチャーリーの目は赤くなっていました。
「待ってくださいチャーリー」
「なんだよ。止めても無駄だぞ」
「おばあちゃん家とやらの連絡先を教えてください」
「ああ……」
チャーリーはメモ帳に連絡先を書いて渡してくれました。
「メアリーのお母さんにところに行くんですか?」
「そうだよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、母さんがお父様と結婚するの反対してたからさ、お父様とは仲悪いんだ」
「そうですか」
「本当は母さんが死んじゃった時に、おれのこと引き取ろうとしてたんだ。でも俺が嫌だったから、こっちに残った。なのに……」
チャーリーは首を振りました。
「D2と離れるのはちょっと寂しいな。兄貴が帰ってきたら、おれに会いに来てって伝えといて」
「かしこまりました」
チャーリーもまた、荷物をまとめて出て行ってしまいました。迎えにきたメアリーのご両親と話している時も笑顔で、後悔はなさそうです。
「このままでいいんですか?」
ケイスケさんにきいてみました。
「子どもの癇癪さ。俺も覚えがある」
とケイスケさんは言います。
「ケイスケさんは寂しくないんですか?」
「寂しくなんかないよ」
ケイスケさんは言います。ケイスケさんがそう言うなら、きっとそうなんでしょう。こういうことは、本人がどう思うかが大事です。
エディーは時々、連絡をくれます。アルバイトをしているキンジョーさんのお家にいるみたいです。
「君がいいならすぐにでも迎えに行くよダーリン」
そんなことを口にします。でも私はスミス子爵家のロボットです。スミス子爵家にいなければ。
一人で家にいると、家事が捗ります。一人で家事をすることは、コミュニケーションロボットの私には少々退屈です。でも私は高性能ですから、仕事はきちんとこなします。
ケイスケさんは相変わらず遅くに帰宅されます。夜食を食べてくださらないことが増えました。外食をしたからもういいそうです。ならば朝ごはんに力を入れましょう。香ばしいバターをたっぷり塗ったトーストに、熱々のブラックコーヒー、サラダにジャムを落としたヨーグルト。ゆで卵もつけたらいいかもしれません。
ケイスケさん一人分の食事なら、カンタスズキ商店のような安売りのところでなくても大丈夫です。ケイスケさんはエディーのようにお得や旬にこだわりません。私は普段は使わないちょっと高級な食材店に行ってみることにしました。
お買い物が済んで、食材店を出ようとした時、話しかけてくる人がいました。
「デイジー! やっぱりデイジーだ。会いたかったわ。あたしずっと寂しかった!」
声の主の少女は、明らかに私に向かって話しかけていますが、私はデイジーさんではありません。
「ロボット違いかと」
癖のあるブルネットにコーヒーのような茶色の瞳の少女は、ポニーテールの頭を振りました。
「貴女みたいな個性的なロボット、そういるわけないでしょう? 自分で言ってたじゃない『私は世界に一つだけのロボット、超高性能コミュニケーションロボットです!』って」
それはたしかにそうですが、私はやっぱり目の前の少女に見覚えがありません。人の顔や名前など重要な情報は、すぐにバックアップをとっておくので間違いありません。ロボットに『うっかり』が起きるとしたら、それは重大な故障の時です。
「やっぱり私はデイジーさんではありません。私はライト研究所製人型コミュニケーションロボットD2と申します」
「デイジー……」
だからデイジーではないと言っているのに。
「あたしのこと、覚えてないの……? 」
大粒の涙が頬を伝ったかと思うと、少女は泣き出してしまいました。
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