第39話 ロボットと喧嘩 破

 エディーの下準備の甲斐あって、つつがなく進んだ家族ピクニックですが、夕食のために入ったレストランでちょっとしたイザコザが起きました。車を運転しない人はお酒を頼もう、という流れになり、お酒が弱いエディーは運転をすることにしてケイスケさんがお酒を飲んでいました。テッドの母親エリザベス夫人とケンの母親ノリコ様もお酒を飲んでいたので、付き合いもあってのことです。ノリコ様とケンは電車で集合場所に来て、テッド親子と同じ車で移動していました。エリザベス夫人とノリコ様はすっかり意気投合し、ベス、ノリと呼び合う仲になっていました。


「ノリは偉いわね、フルタイムで働いているのでしょう?」


 とエリザベス夫人。


「それほどでも。うちはそれほど裕福じゃないから。下の子、リキとセイラっていうんだけど、まだ小さいしこれからお金がかかるから」


「あら三人きょうだいなの? うちは二人よ。上の子は女の子なんだけど今日は彼氏と遊ぶからってこなかったの。最近の子ってませてて嫌になっちゃうわね」


「あらあ、でもいいじゃない、ちゃんと紹介してくれたんでしょ? きいてるケン?」


「うるせーな、いねーよ彼女とか」


「ほんとでしょうね」


「ほんとだよクソババア」


「外でクソババアはやめろって言ったでしょ!」


 お酒が入っていることもあり、ヒートアップしそうだったのでケイスケさんが止めに入りました。ケイスケさんはエディーと違い、お酒を飲んでも全く態度が変わりません。顔色も。


「まあまあ奥さん、ケネスくんは大人っぽいですけど、彼女だなんだはまだ早いですよ」


「ああミヤサカさん、うちの子は愛称じゃなくて本名そのままで呼んでるんですよ。だからこの子の名前はケネスじゃなくてケン。カンジを当てられる名前にしたんです。健康の健」


「そうですか」


 心なしかケイスケさんのトーンが下がりました。


「で、馬力のリキに聖なるに良いで聖良セイラ。響きはこちらの名前に寄せましたけどね、やっぱり私たち向こう育ちですから。子どもには向こうでも通じる名前をつけようと思って。カンジの概念はこちらにはありませんけど、名前に意味がこもってるってやっぱりいいでしょう?」


「へえ……そうなのね」


 エリザベス夫人は興味をそそられたようですが、ケイスケさんは渋い顔を崩しません。


「それに愛称でしか呼ばないで本名使わないって習慣、私たちには馴染めなくて」


「馴染みましょうよ、そのくらい」


 ボソリと放たれた一言に場が凍りました。


「カンジなんてこっちの世界じゃ使わないし、つけてどうするんですか。向こうには二度と帰れないし、子どもたちは完全にこちらの世界の人間なんですよ……異世界人であることを声高に主張して、いいことなんか一つもない」


「え、ええ、そうね……」


 ノリコ様はケイスケさんの唐突なネガティブ発言に戸惑っておられます。


「で、でも、ノリ。こちらでも愛称をそのまま名前にするの流行ってるわよね! 私は良いと思うわ。だってうちでセオドア! なんて呼ぶの怒る時しかないもの!」


「けっこう呼ばれてるきがするなあ」


 エリザベス夫人とテッドの掛け合いで、なんとか和やかな雰囲気に戻りました。




***




「あれはどうかと思いましたよ」


 むくれて一言も口を聞かないチャーリーに代わってエディーが言いました。


「よその、しかもチャーリーの友達の家庭のことなんだから、あんな風に言わなくてもいいじゃないですか」


「そうだな。ちょっと配慮がなかったかもな。ごめんな」


「別にいいけどさ」


 チャーリーは窓の外を見ていました。


「でも二世とつるんでるのはどうなんだ?」


「え」


「お父様!」


「馴染む努力は見せろ、俺たちはよそ者だ。悪いが、俺の血が入っている以上そういう目で見られる。異世界人同士で固まるとますます除け者にされるぞ」


 チャーリーがいじめの標的になったのは確かに転移者の血が流れているせいですが、ケンと仲良くしているからではありません。そう説明しようとしたのですが、エディーに先を越されました。


「お父様、それはあんまりです。チャーリーだって自分の友達くらい自分で選べる年齢ですよ。子どもの交友関係に家庭のこと持ち込むのはどうかと思います。二世と仲が良いんじゃなくてケンと仲が良いんですよチャーリーは。先ほどの言葉は異世界人だからと除け者にしてくる奴らと同レベルですよ」


 少々言葉が刺々しいもののエディーの主張は理にかなっていました。そういう小癪なところがアルコールの入ったケイスケさんの気に触ったようです。


「交友関係の少ない君がずいぶんいうじゃないか。バイトして友達できたからか、ロボットとままごとしてるからか」


 私のメモリの中で、ケイスケさんがこれほど嫌味たらしい言葉を家族に投げつけたことは未だかつてありませんでした。のちにわかったことですが、これほど『馴染もうとしない異世界人』にケイスケさんが苛立っていたのは訳がありました。しかしそれはこの時のエディーもチャーリーも預かり知らぬことです。二人は怒るよりも先に戸惑っていました。

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