第35話 ロボットとハーフエルフ会議 序

「大変だ。すっかり忘れてた! 」


ポストに届いていた手紙を確認したエディーが素っ頓狂な声をあげました。私とエディーは今まで通りの関係のまま。指輪の入った小箱は、私が使っている女中部屋の机の上にあります。


「何を忘れていたんです? 」


「次のハーフエルフ会議の会場うちだって! しかも日曜日! 」


「それって今週ですか?︎ 」


今日は金曜日。まあ明日言われるよりマシでしょう。


「ごめん……。今手紙を見て思い出してさ。それで、その……」


「別に責めてませんよ。何を準備すればいいんです? というかハーフエルフ会議って何ですか? 」


「なんていうか……互助会かな、言うなれば。人間社会における異物としてお互い支え合おう、みたいな。集まり悪いんだけど、めんどくさ……個性的な方に限っていらっしゃるからなあ。お茶とお菓子を用意して、日曜日の午後は応接間を使わせて欲しいな。夕食を用意すると長居されそうだからそれはいいや」


「何人いらっしゃいそうですか? 」


「出席しますって手紙くれたのが一人、手紙は送ってこないけど気が向いたら冷やかしに来そうなのが一人かな。後はたぶん来ないと思う」


「かしこまりました」


エディーの返事を聞いて、私は少し考えます。


「エディー。明日、お暇でしょうか」


「え? うん、予定はないけど」


「でしたら一緒に買い物に参りましょう」


「いいね」


「では決まりですね」


明日も天気が良いといいのですけれど。そんなことを考えながら私はコーヒーを淹れました。


 翌朝。朝食を終えて出かける支度をする私たちを見てチャーリーが言いました。


「あれ? 買い物いくの? 」


「そうなんだ。何か買うものある? あ、そうだ。明日応接間使うよ」


「誰か来るの? 万年友達ゼロのバカ兄貴のとこに? マジ? 」


「こら。ハーフエルフ会議の会場、今年はうちなんだよ」


「へー、ハーフエルフ見るチャンスじゃん」


「珍獣みたいに言わないでよ。珍獣みたいな人達だけど」


少しだけお客様が来るのが不安です。でも、きっと大丈夫ですよね。


「じゃあいってくるよ」


「おデート楽しんで」


「へ? 」


「チャーリー、余計なこと言わなくていいから! 」


玄関を出て空を見上げれば雲ひとつなく晴れ渡っていて、とても気持ちの良い朝でした。赤い耳を隠すようにヘアバンドをしたエディーは、いつもより早足でカンタスズキ商店へと向かいました。お菓子とコーヒー豆を選び、家に帰ります。お喋りしながら帰るまで、エディーの様子におかしなところは見つかりませんでした。




***



 日曜日の午後、仕事に出かけたケイスケさんと入れ替わるようにしてお客様がいらっしゃいました。


「罪人に赦しを幼子に愛を……」


それが第一声でした。


「ホムンクルスを雇いおったか、罪深き家族め。わしのことはジェイと呼べ」


長い長い髪を編み込んで背中に垂らし、重々しくそう言ったのは、チャーリーより幼く見える少年でした。深緑の髪と長い耳、擦り切れたボロボロの服、青い瞳。裸足で重そうな足輪をつけています。どう見ても十歳かそこらの子どもですが、痩せこけて瞳ばかりが煌々としています。編み込まなければ背丈の倍の長さはあるであろう髪の長さだけが、彼の生きた年月を物語っていました。


「ジェイは修行僧なんだ。さん付けで呼ぶと怒るから呼び捨てにしてね」


エディーの言葉に、野次馬に来ていたチャーリーと私は頷きました。


「初めまして。本日はようこそおいで下さいました」


「ほほう」


ジェイは私をしげしげと見つめました。


「まるで人間のような話し方をする。業も極まれりだな」


「どういう意味でしょう。それから私はホムンクルスではなくロボットです」


「同じことよ。魔法にせよ科学にせよ、人が人を作ろうとする。これほど歪んだことがあろうか」


賛同するかは別として、主張はわからないでもありません。


「そういう『歪み』を許せないからそんな義眼なんですか? 」


「よく義眼だとわかったな。そうじゃ。眼窩を維持するために仕方なくつけている」


ジェイの右目は全く動きません。かなり古い義眼です。下手したら今では作られていないガラス製ではないでしょうか。


「はあ……最新式の義眼なら視力も戻りますよ」


「ないものはなくていいのじゃよ」


そう言って笑う姿は、どこか人間離れしているようでした。


「エドワードどの。俗世を捨てる準備はできたかの」


「捨てる気ありませんから。あとエディーでいいですよ」


「しかしそなたは一応は貴族じゃろうて」


「一応って言っちゃってるじゃないですか。正確には貴族の息子ってだけです。子爵継がないでしょうし」


「え、継がないの? 」


それまで黙っていたチャーリーが口を挟みます。


「継がないのって……百年はゆうに超えて生きるうえに実子持てないやつに国が爵位くれるわけないだろ。お父様の正妻はメアリーさんだけだし、次の子爵は君だよチャーリー」


「え〜。うちのしょぼすぎる領地とかいらないし。おれ結婚したら名字変えたいのに」


「大事な領地だぞ、しょぼいとか言っちゃダメだよ」


「それはそうだけど……でもスミスなんていっぱいいるんだしおれは名字変えて良くない? 」


「お父様がおじいさまから受け継いだ家なんだから、あんまり失礼なこと言わないように。まあスミスがいっぱいいるのは確かだけど」


色々と聞きたいことがありますが、お客様を玄関で待たせるのはよくありませんね。


「二人とも、お客様を応接間にお通ししましょう」


「あ、そうだね」


そんな会話をしていたところに


「ヘーイ、ベイビー! げーんきしてるー! Foooooooooo! 」


新たなハーフエルフがやってきました。

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