第34話 ロボットと転生者 急

「まず前提として、ぼくは前世で勉学に身を捧げてきたんだ。最難関の大学の法学部を受験するために頑張って頑張って。で、友達いないオタクくんの完成ってわけ。大学には現役合格できたから、うわーい彼女作るぞ合コンいくぞーって弾けてたら、合コンの盛り上げ方ばっかり上手くなって、結局彼女できなくてさ。それでも彼女になってくれそうな女の子ができたから、司法試験受かったら告白するぞ!って張り切ってたのに試験はまさかの不合格。もうショックすぎて朦朧としてたら空から鉄骨が降ってきて死んじゃったんだよ。だから生まれかわれたとわかった時は、神様はちゃんといたんだ! 神はここにおられたんだ~ってなったよ。だって前世のまま人生終了なんてあんまりじゃない? 」


「それはご愁傷さまです」


あんまり、というほど不幸な人生とは思えないのですが、こういうことは本人がどう思っているかの方が重要です。


「で、まあなんの因果かわからんが今世は貴族令嬢に生まれちゃったわけ。貴族っていうだけでヤバいくらい貧乏なのはともかく、親が娘売り飛ばそうとするようなクソ野郎でさ~。転生ボーナス的なものすごい魔法の才能とか、発明したらチヤホヤされるとかもないし。だいたいこの世界、転移者も転生者も溢れかえってて、文明レベルも高いから、チヤホヤされるどころか煙たがられてんだよね~。狂女モリーのせいで転生者なんて一時期バケモン扱いだったし。十二歳で覚醒して転特受けてから十一年働いてるけど、転生者でよかったとは思えないな」


狂女モリーとは魔王との戦いの最中に生まれた公爵令嬢です。王太子に一方的に婚約を破棄されて前世の記憶を思い出した彼女は田舎に引きこもって領地改革に勤しんで莫大な資産を得た……のは良かったのですが、その裏で若い貴族たちを籠絡し、反王太子勢力を膨れ上がらせて王室を脅かした挙句、魔王との共生を掲げて第三王子を担ぎ上げ反乱を起こしました。


 また彼女は一人で一個師団級ともいわれる魔法の使い手であり、王国の戦力として最強格である魔法戦士の精鋭たちすら配下に置いていました。そんな怪物じみた彼女の正体こそ転生者で、魔法の才能を存分に活かして前世の知識を利用した革命を起こし、王国に大打撃を与えたのです。彼女の魔法の才能は転生者であることとは関係がありませんが、特に貴族は転生者を忌み嫌うようになりました。


 モリー以前から、転移者と同一の世界から来た魂がこの世界の人間に宿っていることは知られていましたが、それらの魂は天才児として持て囃されていました。しかしモリー以降は魂の区別の必要が叫ばれ、魂測定器の誕生にいたりました。


 モリーは魔王の次に忌み嫌われる人物であり、ついに捕らえられた時はすでに時代遅れだった火刑に処されました。つまりこの王国で最後に火刑になった人物です。モリーは領地改革での功績や、一方的な婚約破棄が禁止になるなど良い影響ももたらしたのですが、悪影響が大きすぎました。


「で、なんの話だっけ? 」


キムは自分がなんの話をしていたのか忘れてしまったようです。恋バナ、とのことですが、まあそれはもういいでしょう。


「ケイスケさんはキムのこと優秀だって褒めてましたよ。十一年もの付き合いなら信頼関係があって当然かもしれませんが」


「局長とは正確には九年の付き合いだよ。他部署でつまんない仕事してたところを引き抜かれたんだ〜。まだ局長が局長じゃなかった頃ね」


キムは今までくりくりした青い目を輝かせ、イキイキと喋っていたのですが、急に表情を曇らせました。


「……局長さ、ぼくのこと、なんて言ってた? 」


「正確に言うと、『ちょっと、いやだいぶ変わってるけど、長い付き合いの優秀な部下だ』とおっしゃってました」


キムはほっとしたように表情を緩ませました。


「そっか。ならいいんだ」


「ケイスケさんと喧嘩でもしたんですか? 」


「まさか。でも最近の局長、上にいびられすぎて卑屈になってるからさ〜。ぼくの学歴がどうこうとか、転特の成績が優秀だからどうこうとか、そういうことすぐ言うんだよね。案外そういうの気にする人だからさ〜」


「そういうのって? 」


「ほら、学歴とかそういうの。高校中退してて転特の成績あんま良くなかったの気にしてんだよ。部下で局長の学歴気にする人なんて誰もいないのに。だって高校だの転特だのはもうずっと過去の話で、今の局長と深い繋がりはないじゃない? 」


「はあ」


ケイスケさんの職場での意外な一面がわかりました。しかしながら、鬼上司呼ばわりされながらも、キムには慕われているようです。


 キムの冷蔵庫を整理して、夕食を作ってから、家路につきました。こんなに遅くに帰宅するのは初めてです。時計を確認すると、いつもケイスケさんがお帰りになるより、少し早いぐらいの時間でした。別れ際、キムは寂しがっていました。


「もう慣れてるからいいけどさ〜。こうやって家で一人になると、一緒にいてくれる恋人が欲しくなるよ。ヤバいくらい寂しいもん」


「キムが来て欲しいなら、また来ますよ」


「ありがと。でも恋人欲しいな、やっぱり。頑張ったねって、ぼくだけに言ってくれる人が欲しい」


車を運転して帰ると、エディーが待っててくれました。


「お帰り」


「ただいま帰りました」


ふと思いついたことがありました。


「エディー、ちょっとだけ屈んでください」


「なんで? 」


「いいから」


エディーの頭に手をおいて、髪がぐちゃぐちゃにならない程度になでました。


「頑張ったね」


「……急にどうしたの? 」


「なんでもないです」


エディーがして欲しかったことは、キムとは少し違ったみたいです。勉強になりました。

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