第32話 ロボットと転生者 序

 エディーとのドライブデートから数日が経ちました。はっきりと返事をしなかったのでギクシャクする……なんてことはなく、いつも通りの日々が続きました。本当に四百年待つつもりでしょうか。


 そんなある土曜日のこと。当たり前のように出勤しようとするケイスケさんの部屋から、こんな声が聞こえてきました。


「今日は休みなさい。本来出勤日じゃないんだから。昨日も休んだ? それは正規の休みなんだから気に病むな。どうせ無理してるんだろう。誰か手伝ってくれる人いないの? いない? 誰も?」


 仕事の通話なら聞いてはいけないのですが、どうやら通話の相手が困っていそうなのが気にかかります。


 思い切ってノックをして部屋に入りました。


「ケイスケさん、私でよければお手伝いします!」


「えっ……ああ、ごめん。うちのロボットが……待てよ。そうか!」


 ケイスケさんは通話相手に捲したてました。


「お前が本当に大丈夫なのか、今からうちのロボットが見に行くぞ。青い肌にピンクのおさげの人型ロボットだ。絶対家に入れるように。わかったら返事!」


 通話を切ったケイスケさんは私の方に向き直りました。


「と、いうことで、この住所に向かってくれ。体調不良だから何か栄養になるものを与えてやってくれ。あとなんか困ってたら助けてやって。ちょっと、いやだいぶ変わってるけど、長い付き合いの優秀な部下だ。頼んだよ」


「かしこまりました!」


 私はエディーとチャーリーに事情を話してから車に乗り込み、ナビに従って目的地に向かいました。


 住宅街の一角にある大きなアパートに車を停めました。駐車場がわかりにくかったので、改善の余地がありますね。かなり古いアパートです。


 壊れかけのインターホンを押して呼びかけます。


「テイラーさん、スミス子爵家のD2です。開けてくださーい」


「はいはいはい、ただいまいきます〜」


 ガチャリと扉を開けたのは金髪に青い瞳の女性です。ケイスケさんの口ぶりから、年齢は二十代後半から三十代と仮定していたのですが、彼女はどう見ても二十二、三歳。下手したらエディーより年下かもしれません。


「本当にロボット送り込むとか、局長ったらマジ大袈裟。相手間違えたらハラスメントだっつーの。まあ立ち話もアレだし入って入って」


 ぐちゃぐちゃに物が置かれた廊下をかき分けながら進みます。なるほど、これは片付けがいがありそうです。ちなみにテイラーさんも家の中では靴を脱ぐ派なようです。


 テイラーさんは貧血気味なのか青白い顔をしています。体調不良は本当のようです。そして着ているものは真っ赤なネグリジェのみ。暑いのはわかりますが、最近夕方から夜にかけては冷えますし、第一、ガンガンに冷房を効かせたこの部屋では寒いのではないでしょうか。


 裸足でペタペタと歩いてリビングにたどり着いたテイラーさんは


「どっこいしょ」


 とソファーに腰掛け、ポリポリとお尻をかきました。


「ま、この通り元気してるから帰って大丈夫だよ」


 ……どこからツッコミを入れればいいのでしょう。私は無言で床に落ちていた靴下を拾い、テイラーさんに差し出しました。


「部屋を片付けさせていただきますので、テイラーさんは空調の温度を一度下げて靴下を履いてください。夏場でも体を冷やしすぎると体調不良に繋がります」


「え〜」


「ケイスケさんに何か困ってたら助けてやって、とおおせつかっています。この部屋は今は困っていなくても、いずれ困ることになります。プライバシーに関わるメモリは後で消すのでご安心を」


「え〜でも」


 テイラーさんにむりくり靴下を履かせると、私はまず落ちている服を拾い集めて洗濯することにしました。洗濯機は洗面所の近くにありました。


「あ、洗面所はダメ! 」


 テイラーさんの主張は一秒遅く、私は洗面所と洗濯機周りの惨状を見てしまいました。


 正直ショーツやブラジャーが散乱しているのは予想の範囲内でしたが、血のついたシーツが放置されているのは予想外です。


「い、いや〜。昨日は生理痛ヤバくてシーツ剥がしたら力尽きたっていうか、なんていうか……」


 血液は冷水で洗わないと落ちませんし、他のものと一緒にはできないので手洗いしないといけません。その辺りが面倒だったのでしょう。


「シーツは私が洗濯するので構いませんが、その生理痛の重さは婦人科を受診したらどうですか? 」


 こういう話がすんなりできるのは女性的な見た目のメリットですね。私が女性かというと厳密にはわかりませんが。


「いや婦人科はちょっと」


「一人が不安でしたら付き添ってもいいですよ」


「やー、だって原因はわかりきってるし」


「不規則で不摂生な生活ですか?」


「その通り」


 テイラーさんはまたお尻をかきました。


「あと前世が男だからちょっと行きづらいな〜って」


 その発言で、ケイスケさんの発言とテイラーさんの年齢が若いことの齟齬に納得がいきました。テイラーさんは転生者、つまりケイスケさんはじめ異世界転移者の元いた世界で生きていた記憶を持つ、異世界転生者だったのです。


 ケイスケさんは召喚されて異世界にいた時の肉体のまま、この世界にやって来ていますが、テイラーさんのような転生者は、異世界での肉体は死亡し、魂のみでこの世界にやってきます。多くは異世界での記憶を持っていて、テイラーさんの場合はその記憶の中で男性だったというわけです。

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