第31話 ロボットとドライブデート 急
「ちょっと都合がよすぎないかって、自分でも思うんだ。だって君はロボットで、僕の家のために働いてくれて、僕とお喋りしてくれて、それが仕事なんだから。君の励ましで僕は頑張れたことがいくつもあるけれど、君は僕のことが好きだから励ましてくれたわけじゃなくて、僕が君の雇い主の息子だから励ましてくれたわけであって、そこに喜びを見出すのは虚しいんじゃないかって、そう思ったこともある」
それはそうです。スパイダー師匠がおっしゃっていたように、ロボットは人間を区別しません。ハーフエルフでも同じこと。
エディーが絶世のブサイクでも、性格がものすごく悪くても、同じように働きかけ同じ言葉をかけます。その行動が人間の言葉でいう恋愛ではないことは、なんとなくわかります。
「だけどそれでもよかったんだ。ただ君と一緒に居られれば。それでいいんだと思っていた。例えば先週、コーヒーを淹れてくれたでしょう?」
「淹れましたが、何かありましたっけ」
メモリを遡ってみましたが、私がコーヒーを淹れて、エディーはカフェオレが好きなのでミルクをたっぷり入れて
「どうぞ」
「ありがとう」
で終わりのはずです。
私の疑問に対し、エディーの返答は
「僕の好み覚えててくれたの嬉しかった」
でした。
「ああ……」
ロボットが利用者家族の嗜好を忘れるなんてありえないのですが。
「君には些細なことなんだと思うよ。でもそういう小さな行動の積み重ねが、僕の大切な日常になった。一緒に食卓を囲んで、くだらないお喋りができて、僕と同じように笑ってくれる存在がいる。それが本当に幸せだと感じるようになった」
エディーはワイングラスを傾けました。もうほとんど残っていませんでした。
「でもね、僕は欲張りだから、幸せな関係には名前が欲しいんだ。恋人っていう名前のついた関係でなくてもいいのかもしれない。浮かれて指輪なんて買ったけど、法的に結婚できるわけでもなんでもないし、付き合うみたいな言葉が似合う関係を、僕はよく知らないし。言葉にはしない方が、今の関係を続けられることはわかってる。でも僕は合理性だけでは満足できない生き物で、今の関係のまま僕の願望だけ肥大化していくのが嫌だった。僕はいつか、今の家族を見送ることになる。その時に隣にいてくれるのは君がいい。……ごめん、こんなこと言われても困っちゃうよね。わかってたんだけど。言わずにはいられなかったんだ」
そう言ってぼんやりと、指輪の入った小箱を眺めていました。
「D2。これしばらく持っててくれないかな」
「かまいませんよ」
「返事は急がないよ。僕、あと四百年ちかく生きるから」
「……返事」
どう答えるのが正解なのでしょう。もちろんエディーが一番喜ぶ答えはわかります。
「まあ、ありがとうエディー。私も貴方のこと愛してる」
これです。嘘の答えではありません。でも真実でもないでしょう。私に愛情なるものはありません。しかしながら愛ある関係と人類が呼ぶものを再現することは可能です。それこそ四百年ずっと続けることだって。
エディーの人生について考えた際、それはプラスでしょうか、マイナスでしょうか。ハーフエルフである以上、彼に生殖能力はなく、私への恋愛感情が、本来なら手に入れることができたであろう生殖の機会を妨げる可能性はありません。いや、四百年後の未来の科学技術のことはわかりませんね。
「エディー、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんなりと」
「未来、技術革新があったと仮定した場合、貴方は子どもを望みますか?」
「あー。君は僕らハーフエルフみたいな交雑種に……なんというか、子どもが授からないことは知ってるんだね?」
私は頷きました。
「結論から言うと、僕は実子を望まない。人間もエルフも生物である以上、超えてはならない壁がある。それを超えて生まれたのが僕だけど、そのバトンを僕から先に繋ぐっていうのは、人間という種、エルフという種を根本から変えてしまう恐れが……おっと危ない」
エディーはチラッと周りをみました。というのも、この国の王族にはエルフの血が流れている、ということになっているからです。
実際は先住種族であるエルフと血縁を主張することで支配を正当化したのだろう、と多くの人が思っています。何しろ現在の王族にエルフの特徴はまるで見当たらないのです。
「他のハーフエルフが子どもを望む分には個人の自由だから止めないけど、倫理的にどうなんだろう、とは思ってしまうよ。僕だって百年後、二百年後の倫理はわからないけどさ」
倫理もまた、ロボットには理解しがたい概念です。エディーの語る倫理もまた曖昧模糊としています。こういう理解しがたいことを、理解できないなりに尊重できるよう、ロボット憲章やもろもろの規則があるのですが。
まあ現時点でエディーに生殖に対する情熱がないことはわかりました。エディーはお冷を飲みはじめました。
「あと私、セクサロイドではありませんが」
「ゲホッ」
盛大にむせたエディーが胸を叩いています。吐かせた方が良いですかね。エディーが口をパクパクさせています。三カウント続いたら吐かせましょう。三、二、
「知ってるよ、それは!」
「あらそうですか。外付けパーツで割と簡単になれますけど、興味は?」
「ないよ!」
「ないんですか⁈ 」
「え、なんで驚いてるの」
「人類の
「どこで覚えたのそんなクソつまらない洒落」
「チャ……自分で考えました」
「あのアホ……」
エディーはお酒が入ると口が悪いですね。しんみりした空気感はうまいことぶち壊せたので、もう帰りましょう。
小箱を持ち上げると底に何か書いてあります。
「エドワード・ルリル……」
名前に付け加えられた難解な文字列に首を捻るとエディーがにやりと笑いました。
「ルリルルリア。僕の母名だよ。エルフ語なんだ」
あっさり名乗られてしまいました。母名まで知ってしまうと、なんだか逃げ道を塞がれたような……。いや逃げるつもりはないですけど。
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