第30話 ロボットとドライブデート 破

 途中で休憩を挟みつつ一時間ちょっと走り、ようやく目的地に着きました。駐車場からは、遠く水平線の向こうまで続くが眺められました。エディーは青い海に反射する太陽の光が目に染みるらしく目を細めています。カツラの黒髪が風に揺れています。風とともに潮の匂いと波の音がしました。


「気持ちがいいですね! 」


海を見渡しながらエディーに話しかけました。


「そうだね。D2も楽しそうに見える」


「楽しいですよ」


私の表情はエディーの表情を写しとっているに過ぎませんが。


「……ねえD2、D2は、その、言いにくいんだけど、僕のことどう思ってる? 」


「自分の言いたいこと、やりたいことを表に出せるようになっていますし、目的意識を持って行動しているのが素晴らしいと思います。今まで希薄だった社会参画意識も持ちつつあるようですし、チャーリーの運動会の時のエヴィルスレイヤー少年に対する態度は立派でした。正直出会った頃は無気力気味に見えましたが、成長しましたね」


エディーは口の端を歪めました。


「君のおかげだよ。ありがとうね」


「私が優秀なのは否定しませんが、変わったのは貴方自身の力ですよ。もっと自信を持って! 」


私は力強く言って、親指を立てました。


「あ、ありがとう……」


しばらく景色を楽しんで、車に戻りました。そしてエディーの食事のためにレストランに立ち寄りました。


「エディー、ここちょっとお高そうですけど大丈夫ですか? 」


海辺にある大きなレストラン。白い壁が美しいですが、高級感があります。腐っても貴族、こういうお洒落な場所はよく似合うものの、今回の予行練習はエディーが全額出費すると豪語していたので、ちょっと心配です。


「チャーリーみたいにいっぱい食べないから大丈夫だよ」


「そうですか」


カツラの髪の中に耳を隠し、シャツに黒のスラックスと、いつもより少しお洒落してたのは、高級レストランに行きたかったからなのですね。


 まあエディーは最近頑張ってますし、いつも同じ味では飽きてしまいますから、こういう息抜きがあってもいいでしょう。私の料理だって美味しいはずですけど。けっこう良い食材を使ってるんですけど。でも息抜きですからね? まあいいですよ。ええ、もちろんいいのですけど。


 エディーはコース料理を頼み、なんだか目を泳がせています。ああ。


「ワイン頼んだらどうですか? 」


「え。運転するよ」


「私運転できますから。飲んだらどうです? 」


「え、でも」


「いいですから」


「……うん」


エディーは赤ワインをグラスに一杯注文しました。エディーはお酒強くないですからね。あまりベロベロにならないようにセーブしているのでしょう。ちびちび飲んでいます。


「D2は本当になんでもできるよね」


「アプリがあるんですよ。アプリで取得できるようにしてます」


「すごいや。僕、そんな便利なもの全然知らなかった」


私の優秀さを褒め称えたくなるのは自然の摂理ですが、このタイミングで褒めてくれる意図がわかりません。エディーったらどうしたんでしょう?


 エディーはいつもよりずっとゆっくりディナーを食べ、ゆっくりとワインを飲み、チェイサーのつもりか三杯もお冷やを飲んだ後、ぽつりと語り出しました。


「思うに、僕の君に対する感情は恋なんだ」


「……」


「ちょっと気がついてたんじゃない? 」


「…………」


「ねえ」


「……まるで思い至らなかったといえば嘘になります」


「まいったな」


エディーは頭をかこうとして、カツラをかぶっていたことに思いあたり、宙ぶらりんになった手を下げました。


「それでね、僕は今日一日、君と恋人みたいなことをして、とっても楽しかったんだ。もっとこういう時間が欲しいと思ったんだ」


エディーはポケットを探って、小箱を取り出しました。


「高いものじゃないよ。とりあえずのものだと思って」


おそるおそる小箱を開けると小さな指輪が入っていました。ピンキーリングと呼ばれる、小指につける指輪でしょう。シルバーでできた華奢なデザインで、ハートがモチーフになっています。小さくついている宝石は薄いピンクです。


「ローズクォーツですか?この石」


「君はなんでも知ってるね」


何か含みがありそうです。急いでネットワークに接続し、ローズクォーツの石言葉を検索します。その結果は


『愛の告白』


他にも真実の愛や恋愛成就などの意味があるそうです。


「失礼ながらエディー」


「なに? 」


「大変申し上げにくいのですが、これはちょっと重たいです。人間の女の子だったら引いちゃいますよ」


ふふん、と軽く鼻を鳴らしてエディーは微笑みました。


「人間の女の子を好きになったわけじゃないから」


……強くなったものですね。買い物に行くのも億劫がっていたエディーが。それは嬉しいです。


「少しだけ、僕のお話聞いてもらえる? 」


私は黙って頷きました。

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