第27話 ロボットと家族の誇り 破

「バカ兄貴、無事か」


医務室に入るなりチャーリーが言いました。


「お兄ちゃんは無事だよチャーリー」


「な、聞いてたのか。意外と元気じゃねえか。バカは丈夫だからな」


「おかげさまで。チャーリーも思ったより元気そうだね」


「まあね」


「……」


「…………」


兄弟の会話がいまいち弾まないのには理由があります。


 魔法学校の医務室ですから、ベッドがズラーっと並ぶ大きな部屋を想像していたのですが、ベッドは三台しかありません。エヴィルスレイヤー少年、チャーリー、エディーが横並びで使っている状態です。一応カーテンで仕切られてはいるのですが、気まずいったらありません。


「そ、そう言えばお兄さん飛行魔法使えたんすね。すごかったです」


ケンが話題を振ってくれました。


「そうだね、産みの母がたまに魔法教えてくれたから。あとエディーでいいよ」


「エディーさんすげえっす! 」


「……」


「…………」


会話が尻すぼみになってしまいます。


「お待たせしました。まあまあまあ汚れちゃって」


気まずい空気を押しのけるように、そう言いながら入ってきたのは小太りの中年女性です。先程、養護教諭が呼びに行った学校医でしょう。養護教諭は細身で眼鏡をかけていて、同じ中年女性ながら対象的な印象を受けます。


「あなた肩外れたってきいたけど」


校医がエディーに声をかけます。


「はめなおしてもらったので大丈夫です」


「ちょっと診せてね」


少し診察をして、校医は感嘆のため息を吐きました。


「あら本当に治ってるわ。痛くもないの? 」


「はい。頑丈なもので」


「痛くなったらもう一度医者に診せて湿布もらいなさい。今日のところは大丈夫よ」


「ありがとうございます」


雑種強勢という言葉を使ってよいのかわかりませんが、歴史的にもハーフエルフが怪我や病気に強いのはわかっています。校医はあっさりエディーを解放しました。


「着替え用意したのでどうぞ」


養護教諭が真新しいシャツとズボンをくれました。


「すみません、お題は……」


「いいです、いいです。経費で落としますから」


「ありがとうございます」


カーテンの仕切りの中でエディーが着替えている間、校医はチャーリーに近づきました。


「あなたは? 」


「おれもすぐ帰れます」


チャーリーが言うので


「打撲と火傷の危険があります。回復魔法をかけましたが、額に礫をくらっていたのでそちらも心配です」


と補足をしておきました。


「あら優秀なロボットね、なるほどちょっと失礼」


校医はチャーリーにも診察を行い、湿布と薬を塗りました。


「うん、あなたも帰って大丈夫。でも二、三日は安静にしていること。頭打ってるから具合が悪くなったら救急車呼ぶなりしてね。これ処方箋。明日にでも薬局いって湿布もらいなさい」


「はーい」


チャーリーはもともと運動着だったので、制服に着替えます。気の利く養護教諭は替えの下着と身体を拭くタオルも持ってきてくれました。先程の審判といい、エディーを助けてくれた先生方といい、良い先生っているものです。


「さあ最後はあなたね」


校医はカーテンを開けて、エヴィルスレイヤー少年の近くに寄るとベッド横の椅子にどかっと腰かけました。


「意識はあるし、回復魔法が効いたからって救急車呼ばなかったけど、やっぱり呼んだ方が良いかしら」


「検査が必要なら私が車で病院に行きますよ、その方が早いでしょう」


親切な養護教諭が提案します。


「……いいです。どうせ寮に帰るだけなんでそこで寝てます」


チャーリーやテッドに暴言を吐いたのが嘘のようなしおらしさです。辺境伯家嫡男の座を追われたことが効いているのでしょうか。


 決闘の結果はもちろんチャーリーの勝利に終わりました。一本とられ、無詠唱で習っていない魔法を使ったエヴィルスレイヤー少年は、反則負けという扱いです。結果はすぐに辺境伯家に伝わるでしょう。


 退学だけは許さない、とスパイダーに通達したエヴィルスレイヤー家の人工知能ですが、貴族の体面にかけて当初のルールは守らせることでしょう。つまり暫定的に次期当主に決まっていたアルバート・エヴィルスレイヤー少年を、その地位からおろすという事です。


 貴族の地位は基本的に世襲ですが、どの子どもに継承するかは現当主が遺言で決めます。長男に継がせるのが一般的なので、長男が次期当主、すなわち嫡男として扱われますが、長男が何か不祥事を起こした際はその地位は他の子どもが引き継ぎます。


 ちなみに実子がいない場合は親戚筋から養子をもらうことが認められており、また国王の許可を得ることができれば血の繋がらない養子を迎えることもできます。ケイスケさんがスミス子爵家を継いだように。


 伯爵家十六家のうち二つしかない辺境伯家は時に格上の侯爵家をも上回る権力を握ってきました。体面にはかなり気をつかうことでしょう。貴族院議員の資格を持っているのは伯爵家までなので、位は一つしか違わずとも、子爵家と伯爵家には大きな差があります。


 というか子爵、男爵の位は魔王との戦いの最中、ちょっとすごい勲章として乱発されたので、珍しいものではなく、領地もあまりもらえません。ケイスケさんがあっさり子爵になれたのも、そういう事情があるのでしょう。


 チャーリーが負けたら退学になっていたのですから、この処分が不当だとは思いません。ですがそれはそれとして心配になるほど、エヴィルスレイヤー少年は憔悴していました。

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