第20話 ロボットとケーキと運動会 序

 エディーが家事を手伝ってくれるようになり、一か月ほど経ちました。さすがは家事を一手に引き受けていたこともあるハーフエルフ。近頃は仕事の進み方が速いのです。


 余った時間を生かして、私が絶賛修行中なのがお菓子作りです。


 スミス一家は総じて甘いもの好きなのですが、その甘いものはスーパーに頼りきり。冷蔵庫にはジンジャーエールだのサイダーだの甘味料まみれの飲み物がぎっしり。たまにはいいですが、健康にはよくありません。甘味料を調節できる手作りお菓子の方がいいのではないか、と考えたのです。


 私がお菓子作りをはじめたもう一つの理由は、エディーの料理がやたらと受けがいい、ということ。私はレシピを正解に再現することができますが、個人の嗜好の把握はエディーに利があります。ならばその技を盗もうとしたのですが、エディーの料理は、目分量の連続ではっきりとしたレシピが存在しません。


 ならば、目分量の通用しないお菓子こそ、私の開拓すべき分野なのです。


「できました! 」


私がオーブンから取り出したのはスポンジケーキです。スポンジはきっちり測らないと膨らまない代表例。しっかり測って、ちゃんと膨らませました。


 持ち運ぶことを考え、控えめにデコレーションして、タッパーに詰めて保冷剤をつけます。バスケットにはアイスオレンジティーの入った魔法瓶と、サンドウィッチとスコッチエッグの入ったお弁当箱が入っています。


「エディー、準備できましたよー」


二階に向かって声をかけます。


「はーい」


上からドタバタと降りてきたエディーは、珍しく黒のスーツを着ています。普段はリネンのシャツにジーンズかスウェットパンツなのに。


「そんなかしこまった格好しなくてもいいのでは?運動会ですよ? 」


そう。今日はエディーと、チャーリーの運動会を見に行くのです。


「それはそうなんだけど、どんな人間がいるかわからないしちゃんとした方がいいかなって」


「せめて半袖にしたらどうです?今日は暑くなりますよ」


「いやそれだと略式になっちゃうから。なんか色々いわれたら嫌だし……」


要するにいじめっ子とその父兄と遭遇した時に、つけいられる隙を与えたくないようです。気持ちはわかります。


「それでは私ももう少しドレスアップしましょうかね」


「D2って服何着持ってるの? 」


「ヒミツです。でも知っての通りそんなに多くないですよ。寒暖差は気にならないので半袖かノースリーブが好きです。袖が邪魔にならないので」


私は女中部屋に下がり、ピンクの膝丈のワンピースを着ました。ライト博士が持たせてくれた服のうちの一着です。


 私が普段愛用している白いエプロンは外します。少し汚れてきてしまいましたね。エプロンは白と水色の二着もっているのですが、白がしっくりくるので、つい白い方ばかり着てしまいます。


 ライト博士はワンピースと合わせて手袋とストッキング、それにネックレスとハイヒールまで持たせてくれました。正直使わないと思っていたのですが。ライト博士には時間を見つけてお礼に伺いましょう。


「お待たせしました」


「じゃあ行こうか」


「エディー帽子は? 」


エディーは頭を振りました。


「今日はいい。……戦ってみるよ、僕も」


他人と異なる見た目、それが象徴する背景は、それだけで警戒され排除される原因になりかねません。学校でのチャーリーは戦ってきました。それは代わることも背負うこともできませんが、一緒に戦うことは、もしかしたらできるかもしれません。


「そうですか」


ふと思いついたことがあり、私は女中部屋に戻りました。


 ライト博士が持たせてくれた箱の底を探ります。良かった、あった。


 私が探していたのはヘアゴムと黒いサテンのリボンです。ライト博士のところにいた時分に、エプロンのポケットに入っているのをみつけました。私の髪は縛ってまとめる必要はないので、何故もっていたのかは謎です。


「エディー、ちょっと椅子に座ってください」


エディーの若草色の髪を櫛でとかして、うなじで一つにまとめます。


「手慣れてるね」


「そうですか? 」


ヘアゴムの上からサテンのリボンを巻いて、蝶結びにしました。


「よく似合ってますよ」


「そうかな」


髪をまとめるとスッキリした印象になります。


「ちょっとそのまま」


ネクタイがぐちゃぐちゃになっているので、直そうとして、結び方を知らないことに気がつきました。すぐにネットワークで調べます。管理局は何かと面倒な存在ですが、こうして情報のやり取りができるのは便利ですね。


 黒のスーツにネクタイを締め、髪も結わえると、なんだか……


「大人っぽいですね」


エディーは苦笑いしました。


「大人だよ、一応」


「そうですか? 」


「そうなの。そういうことになってんの」


椅子から立ち上がったエディーはぐっと胸を反らしました。


「だから、ちょっとだけ背伸びしてみるよ」

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