第17話 ロボットとメアリーの日記 序

 長雨の続いた週の日曜日、久しぶりに雨があがりました。


「チャーリー、庭で水遊びしない?」


「ぜってーやだ。季節考えろよバカ兄貴」


「そうかそうか。いかに魔法学校の生徒といえど、僕に勝てる自信はないか」


「は? やってやるよ。後で文句言うなよ」


 チャーリーのいじめ事件を機に、少しずつ仲良くなりつつあるスミス兄弟でした。


 エディーもチャーリーも、お互いどう歩み寄ればいいかわからなくなっていただけで、嫌いあっていたわけではありません。チャーリーが学校の話をしやすくなったので、自然と会話が生まれるようになったのです。それが良い方向に作用しました。


 いじめ事件については教育委員会が動き、まず担任が再教育機関に送られました。特別クラスは別の教師が担当することになり、クラス内の空気はだいぶ変わったようです。今まで傍観していたり、いじめっ子の言いなりになっていた生徒が、チャーリーに話しかけてくるようになりました。


 いじめっ子の処分は反省文のみ、直接の謝罪はなし、など納得できない部分はありますが、状況は改善しつつありました。


「ほらチャーリーいくよー」


 庭でエディーが大きな水のボールを作って投げています。あちこちの水滴をかき集めて作ったようです。水遊びってそういうものでしたっけ。


 魔法で球体を保っている水は、チャーリーの真上でふよふよと浮いています。キャッチボールのように投げ合って、魔法がきれたら水が降ってくる、という遊びのようです。これは二人とも、帰ってくる頃には水浸しですね……。


 私はかねてより予定していた三階の整理をすることにしました。三階には書斎らしきものがあるのですが、鍵がかけられているのです。この機会に掃除してしまおうと思い、ケイスケさんに鍵を借りました。


「物置みたいなものだけどね」


 私が三階を掃除したいというと、ケイスケさんは不思議そうな顔をしていました。


「何があるかメモリに記憶させたいのです」


 と説明すると、なるほどとうなずいて鍵を渡してくれました。


 階段を上ると廊下があり、突き当たりに扉が見えます。扉を開けると中は予想通り書斎のようです。壁一面本棚になっています。


 本がぎゅっと詰め込まれている様は圧巻です。部屋の広さに対して天井まで届く高さの書架なので、圧迫感さえ感じられます。ハタキをかけながら背表紙を眺めていると、タイトルの書かれていない革装の本を見つけました。文庫本より少し大きいぐらいの大きさです。


 他の本はタイトルのアルファベット順に並んでいる中で、その本だけが少し飛び出ています。カバーをなくしたか、改装でもしたのでしょうか。扉にタイトルがあるかもしれません。私はその本を手に取って、パラリとめくりました。


『この日記を読む人へ


 ぜひ読んでください。でも、ここに書いてあったことは貴方だけの秘密にしてください。家族とも共有しないこと。貴方が大人であることを望みます』


 本の扉には筆圧の濃い大きな字でそう書いてあります。ご丁寧に


『メアリー・シャーロット・ミヤサカ=スミス』


 と署名がしてありました。


 本来なら故人の日記を読むなんてしてはならないことです。ロボットはプライバシーを守ります。しかし、ぜひ読んでください、の一言が気にかかりました。読むべきか、読まざるべきか……。私は掃除をしながら小一時間ほど考えました。


 メアリー様がこの日記を書いた時、想定していた読者はエディー、チャーリー、ケイスケさん、この三人のうちの誰かでしょう。友達のカトウ様に書き残した可能性もないわけではありませんが、それならば郵送するはずなので、その線は薄いのではないでしょうか。


 貴方が大人であることを望みます、と書いてあるので、エディーかチャーリーを想定して書いているのかもしれません。大きくなってから読んでね、と。ケイスケさんはすでに大人ですから。しかしながら、もしエディーかチャーリーがこの日記を見つけた場合、ケイスケさんに渡して欲しい、という意味にもとれなくはありません。


 この日記はいつごろ書かれたものなのでしょう。亡くなるよりずっと前に書き、気持ちが変わってこの部屋に置いたのだとしたら、誰かが読む前に捨てるべきかもしれません。


 亡くなる直前に伝えたいことがあって書き残したのなら、中身を見ずに捨ててしまってはいけません。どうすべきか悩みましたが、結局、私は中身を見て判断することにしました。ロボットの良い点の一つはメモリを消せることです。見てはいけない内容だったのなら、故人の尊厳のためにその部分のメモリを消去しましょう。


 日記は王国暦一○六年、今から四年前に始まっていました。日記の最初の一言はこうです。


『四月十日。昨夜の痛みについて医師の診察を受ける。どうやら私の余命はそう長くないらしい。体はもちろん弱っているが、魂の一部が抜けてしまったような感覚だ。頭ではずっと前からわかっていた事実だけど、実際に死を宣告されると動揺してしまう。


 私に残された時間はもう少ない。まだ死ぬつもりはないけれど、やりたいことを全部やっておけばよかったと思うかもしれない。後悔しないためにできることは何かしら』


 メアリー様は気丈な方、お強い方という話しか聞いていませんでしたが、彼女にとっても余命の宣告はショックな出来事だったようです。私は日記を読み進めることにしました。

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