第16話 ロボットとカレーうどんの不思議 急

「はあー」


食堂から出るなりチャーリーは大きく深呼吸をしました。


「兄貴があんな怒ってるところ久しぶりに見た」


「チャーリーに対して怒っていたわけではありませんよ」


「そんなのわかってる……けど、おれが何にも話さないままバレてたら、もっとヤバいことになってたかもしんない。兄貴がおれのことであんなに怒るなんて、あんなに心配してくれてるって、わかってなかったんだ。最近話せてなかったからな。人の心がわからないなんて酷いこと言ってごめんなさい」


「気にしてませんよ」


「……少なくとも兄貴の心はD2の方が良くわかってるよ」


「どうでしょう?今日の夕食の様子を見ていると、チャーリーだってエディーのことよくわかってると思いますよ。楽しそうにおしゃべりしてたじゃないですか」


「どうだろうな。少なくともカレーうどんは美味しかった。からあげも。それだけ」


チャーリーは着替えを片手に脱衣所に入っていきました。解決したことは何もないですが、チャーリーの心は少しだけ軽くなったようです。少なくとも私とエディーが味方だとわかってくれたようです。


 さて食堂からエディーが出てきません。何をしているんでしょう。


 私が食堂に入ると、テーブルにビール缶がひい、ふう、みい……六缶ほど転がっています。


「飲み過ぎはよくありませんよ」


と声をかけた私を見るなり、エディーはまたため息を吐きました。


「いや〜。チャーリーはつおいな、大人ならら〜って」


だいぶ呂律が怪しいですが、チャーリーは強くて大人だだと言いたいのでしょう。


「はい、そうですね」


「うん〜」


エディーはソファに転がってしまいました。


「大丈夫ですか?」


「らいじょぶらろ〜。うっ……」


大丈夫だよ、と言っていますが、これはダメかもしれませんね……。私は冷蔵庫にあったオレンジジュースを取り出しコップに注ぐと、それをお盆に乗せて、エディーの元に持っていきます。


「どうぞ」


「ありあろ〜」


ありがとう、と言っているのでしょう。エディーはコップを受け取ると一気に半分くらいまで飲んでしまいました。


「ぷはぁ! 」


酔いがまわって焦点の定まらない瞳が私を捉えました。


「僕はね〜、周りの悪意とか敵意とかそういうのから逃げ回ってたからさ〜。戦いたいと願う若人わこうどが眩しくて仕方ないのらよ〜」


居酒屋で絡んでくる中高年から説教くささを抜いて悲嘆を足したような言葉ですが、エディーは若人わこうどの範疇ではないでしょうか。ハーフエルフの寿命を考えれば赤ん坊も同然です。


「エディーだって若いですよ」


「そうられろ」


そうだけど、何でしょう。


「僕より後に生まれてきて、おむつだってかえたのに、僕より先に大人になっちゃって、ほんとにまいっちゃうよ」


酔いが覚めたのかと錯覚するほどはっきりとエディーはそう言いました。


「追い越されるのも先を走る者の役目ですよ」


気休めと理解しつつ声をかけると、エディーはじいっと私の瞳を見つめました。


「……なんでしょう」


「君はろ〜して僕の欲しい言葉をくれるんらろうね」


酔いが覚めたわけではなかったようです。ろーして、もといどうしてと問われても、答えは一つしかありません。


「私が人類のために作られたロボットだからです」


「人間じゃないれすよ〜だ」


「人間なんて一言も言ってません。人と言ったんです」


「人類ね〜。まあヒトモドキではあるかもね〜」


「どうしてそう卑屈なんです? 」


ふん、とエディーは鼻を鳴らしました。


「せ〜っかく魔力があっても、じゅみょ〜が長くても、役に立ったことないからさ。クソがよ」


「言葉遣いがチャーリーみたいですよ」


「あんな酷くないらろ〜」


「魔力も寿命も役に立たなくたって、エディーは今日一日、庭仕事してうどんゆでて、からあげあげて、シーザーサラダまで作ったんだからいいんです。チャーリーが言ってましたよ、カレーうどんもからあげも美味しかったって言ってましたよ? 」


「……シーザーサラダは、スーパーのお惣菜」


……。まあいいでしょう。繰言が続きそうだったので、ソファーから抱えてエディーの部屋に運びます。ベッドに座らせて部屋を出ようとするとエディーがポツリと呟きました。


「そんなに優しくされたら好きになっちゃうよ」




***




 いつものように深夜にご帰宅されたケイスケさんに夜食としてカレーうどんとからあげを出します。シーザーサラダはエディーとチャーリーで食べ切ってしまいました。


「今日はエディーが夕食を作ってくれたんですよ」


「そうか」


ケイスケさんはチラッと夜食を見ると


「ビールが飲みたい」


とおっしゃったので、最後の一缶をグラスに注ぎました。


「すみません、エディーがかなり飲んでしまったので、これが最後です」


「エディーが? 」


ケイスケさんは不思議そうにグラスのビールを見ていました。


「ええ。エディーはお酒強くないみたいですね」


「そうだっけね」


「そうですよ。ベロベロだったんですから」


「珍しいこともあるもんだ」


ケイスケさんはズルっとカレーうどんを啜り、からあげをサクっとかじって、クイっとビールを飲むと


「うまいな」


と一言だけ呟いて、あとは無言で平らげてしまいました。

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