第12話 ロボットと反抗期少年 破
追いかけようとした私を守衛さんが止めました。
「身分証を。それからここにサイン。用件は? 」
「身分証はロボットなのでありません。ご主人が忘れ物をしたので届けにきました」
私は用意しておいた筆箱を見せます。実はこれはエディーの持ち物で、チャーリーは忘れ物をしていないのですが。
「すぐ渡してこいよ」
守衛さんはあっさり通してくれました。
守衛さんの視野から外れると私は気配遮断魔法を使用しました。私は魔力機関を積んでいるので、簡単な魔法は使えます。とはいえここは魔法学校。見破られないよう気をつけなければなりませんね。
さて、特別クラスの教室にやってきました。さすがに教員の目の前に出るのは避けましょう。廊下から覗き見をします。チャーリーの席は廊下側の最後列。観察しやすい場所で幸いです。チャーリーはあからさまに興味のなさそうな顔で担任らしき教員の話を聞いていました。他の生徒も似たり寄ったりです。
特別クラスの様子を見ていて、なんとなく特別クラスがどのような意図で編成されたクラスなのかわかってきました。例えば最前列の真面目そうな生徒の手の甲には、王国に四家しかない公爵家の家紋が浮かんでいます。その斜め後ろの席の生徒がしている指輪は、家名はメモリに残していませんがどこかで見たことのある紋章です。要は特別クラスとは、貴族の子女を集めた学級なのでしょう。転移者が混じっている生徒はチャーリーしかいません。
大陸国家である王国は、外国との交流に乏しいこともあり、排他的傾向にあります。これだけ異世界人由来の技術が浸透しているにも関わらず、異世界人の社会的地位は低いままです。戦時下の功績により爵位を与えられたのはケイスケさんだけではありませんが、伯爵以上の貴族には転移者のみならず転生者もいません。
魂を測定できるようになってから、この世界には異世界の記憶を持つ転生者が多く存在することがわかりました。転生者は赤ん坊の頃から記憶を持っていたり、なんらかの条件で覚醒したりと人によって様々ですが、魂を見ればその魂が異世界から来たのかどうか判別できます。魂の測定は高価な機械が必要ですが、よほど貧乏でないかぎり貴族は妊娠中に測定を受け、異世界人とわかれば墜胎してしまいます。魂が穢れているから、だとか。くだらない。
モヤモヤしていると朝礼が終わりました。一限は教室移動があるようです。生徒たちが移動する中、チャーリーが担任の先生に呼び止められています。
「
妙な呼び方ですが、スミスという名字は貴族だけでも十家ありますから、クラスの誰かと被っているのかもしれません。MはミヤサカのMでしょう。
「昨日汚してしまって。申し訳ありません」
チャーリー、先生には敬語が使えるのですね。感心、感心。
「今日は許すから明日は夏服でこい」
……感じが悪い担任ですね。たしかに正しいことを言っていますが、そんなに偉そうに言うことでしょうか?
「はい」
あのチャーリーのことですから黙れクソ教師くらいは言うと思ったのですが、素直に返事をして教室から出ていきました。
さて、授業が始まりました。一限は理科のようです。教室を移動したのは器具などを用意するためだったのでしょう。教壇にいるのはあの担任でした。
「ではミスタ・エヴィルスレイヤー、先週配布したプリントを読んでください」
ミスター付けで指名されたのは指輪をした生徒です。生徒に格差をつけるとは、とんだ先生がいたものです。
エヴィルスレイヤー。仰々しい家名からして名を成した貴族でしょう。私のメモリにはありませんが。ネットワークで調べるのは後にしましょう。気配遮断魔法が鈍ると困ります。
「王国の北西部には乾燥した草原が広がります。そこに広がる生態系は」
ハキハキとした声で音読を始めたミスタ・エヴィルスレイヤーは利発そうな、金髪に紫色の瞳の少年です。美少年の部類でしょう。彼に熱っぽい視線を送る女子生徒もいます。彼は音読を続けていましたが、
「この生態系は外来種によって遺伝子が汚染され」
といやに強調した言い方をした挙句、チャーリーに目配せしています。教室のあちこちで忍び笑いが起きました。チャーリーは理科室の隅っこで窓から外を眺めています。
「外来種は駆除するべきでしょう」
「そこまで。ありがとうミスタ・エヴィルスレイヤー」
露骨な嫌がらせを無視したクソ教師は生徒を班に分け、生態系をどのようにして守るか班で意見をまとめるよう言い渡しました。チャーリーはクラス内では孤立無援のようです。同じ班になった生徒はチャーリーを馬鹿にしたように笑った後、無視を決め込んでいます。
「ねえ、あなたはどう思う? 」
「ボクは、えっと、その」
チャーリーと同じ班になったのは、先ほどのエヴィルスレイヤーに熱視線を送っていた少女と、もう一人は気の弱そうな少年でした。少年の方はチラチラとチャーリーを気にしていますが、少女に逆らえないようです。
「その、じゃないわよ。さっさと答えなさい」
「あ、はい。えーと、その、外来生物による環境破壊を防ぐためには、まずは在来種を保護する必要があると思います」
「つまり、保護すべきは」
「え、えぇ。そ、それは在来種」
「そうよね。他所から来た種じゃないわよね」
「……うん」
その様子を遠くから眺めていたエヴィルスレイヤーは満足げな表情でグループワークに取り組んでいます。
二限、三限と授業は進み、教室を何回か移動しましたが、チャーリーが窓から目を離すのは稀でした。
一部始終をメモリに記録した私は、ロボット管理局のネットワークを通じ、教育委員会と警察にデータを送付しました。
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