第10話 ロボットとハーフエルフ 急

「ずいぶんカトウさんと話していたね」


ぽつりとエディーが言いました。


「ええ」


「メアリーさんのこと、気になる? 」


「興味がないといえば嘘になりますが、私の好奇心で会話をしたのではありませんよ。カトウ様に必要だと思ったので」


エディーは形の良い眉を寄せました。


「どういうこと? 」


私は少し言葉を整理しました。


「カトウ様が、古い友人であるメアリー様を悼むには、メアリー様の話題を出すのが手っ取り早いと推察しました。親しい人を亡くしたショックを癒すには、楽しかった思い出を振り返る時間が必要です。ロボット管理局のネットワークに掲示されていた『死を悼むためのコミュニケーション』という論文に書いてありました」


「よく勉強しているんだね」


本分ほんぶんはコミュニケーションロボットですから」


エディーは微笑みましたが、その笑顔はどこか寂しげな色を帯びていました。メアリー様は彼の養母でもあります。亡くなった時の悲しみは人一倍だったことでしょう。私とカトウ様が話しているうちに、彼女のことを思いだしたのかも知れません。私が黙っていると、彼は独り言のように呟きました。


「カトウさんが話していた通り、メアリーさんは素晴らしい人だったよ」


「ええ」


エディーにとってもそうだったのですね。


「ちょっと長い話になるけど聞いてもらえる? 」


「もちろん! 」


エディーは一つ長めに息を吐いて話しはじめました。


「お父様がメアリーさんを紹介してきたのは、僕が七歳の時だったんだ。僕は出自が特殊だから学校に通っていなかったし、仕事の手伝いをしていたわけでもない。実の母親も家を出た後だったから、家の中で何をしていいか分からなくて、毎日とても退屈だったよ。メアリーさんはとても優しくて、僕の話をなんでも聞いてくれた。だからお父様とメアリーさんが結婚した時は嬉しかったし、一年後にチャーリーが生まれた時はもっと嬉しかった。メアリーさんが道場に連れて行ってくれたから、少しだけだけど社会との接点も持つことができた」


エディーはニット帽をいじくりました。


「こうして少し変装すれば意外とバレないことを教えてくれたのもメアリーさんだし」


「メアリー様のことおしたいしていたのですね」


私が口を挟むと、エディーは目を丸くしていましたが、そのあと軽く吹き出しました。


「おしたいって。その言い方、間違ってはいないけど大いに誤解があるな。うん。でも好きだったよ。恋愛的な意味じゃなくて、家族愛的な意味で。チャーリーと一緒に道場でしごかれて大人げなく技決められたりしたけどね。でも……」


明るかったエディーの表情が、再び暗くなってしまいました。


「もともと体の弱い人だったうえに持病があったから、長い命じゃないことはわかっていた。倒れたら介護するのは僕だっていうのもわかっていた。ほらチャーリーは小さすぎるし、今ほど忙しそうじゃなかったけどお父様には仕事があるから。僕なりの使命感に燃えていた。家族のために生きる、なんてかっこいいじゃないか。納得済みのことだから、辛いことなんてない……」


そう言いながらも、エディーは辛そうでした。


「……メアリーさんがいなくなった時、まず安心して寝れると思った。もう夜中にトイレに行こうとして階段から落ちるんじゃないかとか、水を飲みに行こうとして廊下で倒れているんじゃないかとか、そういう心配をしなくていい。大好きだった人が弱っていくのを見るのはなかなかしんどいことだけど、もうそんな思いさえさせてもらえないと気づいたのは、葬式で真っ青な顔をしているお父様と、泣き腫らした目のチャーリーを見てからだった。気づいてしまってからなんだか虚しくなったんだ」


「虚しく? 」


「そう。見送ることが。だって考えてごらんよ。これから僕は見送る一方だ。お父様も、チャーリーでさえも、僕より先に死んでしまう。僕は一人で、ずっと一人で生きていく。どんなに愛していた人も、僕の横を通り過ぎていってしまう。わかっていたことなのに……なんだかやるせなくなってしまって」


不老かつ実質的に不死のエルフの血をひくハーフエルフは、最長で四百二十五歳まで生きます。この記録は魔王との戦時中のものですから、本当はもっと長く生きるかもしれません。そして交雑種の常として、ラバに子どもが生まれないように、ハーフエルフに生殖能力はありません。例外的に妊娠したハーフエルフの女性がいるとされていますが、伝説の域であり、男性での繁殖成功例はありません。現在、王国に住んでいるハーフエルフはエディーを含めて十三人。けして多くはありません。


「初めて話したよ、こういうこと。お父様とチャーリーには言わないでね。特にチャーリーには」


「何故ですか? 」


「何故って、メアリーさんはチャーリーの実のお母さんだもの。亡くなって本当に辛かったのは、まだ小さかったチャーリーだよ。兄貴がくだらない感傷で引きこもりになってるなんて、知らない方がいいだろ?自分でもわかってるんだよ、家事も仕事もしないで引きこもって何がしたいんだって」


そうやってまた、悲しそうな顔をする。余計なお節介かもしれませんが、言っておこうと思いました。


「……エディー。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、そういうことは人と比べるものではありません。悲しいと思ったら悲しい、辛いと感じたら辛いでいいのです。悲しみの大きさを比べるなんて、それこそ虚しいことですよ。同じ強さで殴られても、痛い人とそうでない人がいるように、感じ方は人それぞれです。強い弱いとか、偉い偉くないとか、そういう尺度はいりません。引きこもったっていいじゃないですか。私が外出に付き合っていただいたのは、息抜きになると思ったからです。あと私は生物の寿命を延ばすことはできませんが、修理していただければ長く愛用いただけます。あと四百年働くこともできますよ」


エディーは何か言いかけてはやめ、それを繰り返した後、


「君は不思議なロボットだね」


と言いました。


「不思議ですか? 」


何がでしょう。


「君にはなんでもかんでも余計なことまで話してしまうけど、それが不快じゃない。君には不思議な魅力があるんだね」


あらあら。そんな本当のことを。


「もちろん!私、超高性能なコミュニケーションロボットですから! 」

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