第9話 ロボットとハーフエルフ 破

 私たちはカンタスズキ商店という食料品を広く扱っているお店に来ました。いわゆるスーパーマーケットという形態のお店です。


「便利ですよね、こういうお店」


「そうだね」


スーパーマーケットも確か異世界転移者が持ち込んだ概念だったはずです。転生者かもしれませんが。スーパーマーケットを持ち込んだのが転移者か転生者かという情報は、さほど重要と思わなかったのでネットワークで調べることはしません。私のメモリの中にも情報はありませんでした。


「今日は何を買いましょうか」


エディーと店内を物色します。


「エディー、今夜の夕食の材料を選んでくださいませんか? 」


「え、でも」


「私は高性能ロボットですから何でも作れます。できないことは少ないです。ですがエディーが何を食べたいかはエディーの方がよくご存知です」


「僕の独断でいいのかな」


「今夜はそれでいいです。チャーリーやケイスケさんの意見はまた聞きましょう」


「わかった」


エディーは真剣な目付きで食材を選び始めました。


「これと、これと、これと……」


私はある法則に気が付きました。


「エディー、別に安くなっている食材に拘らなくても良いのですよ」


「いやあ」


エディーは気恥ずかしそうにニット帽ごしに頭をかきました。


「お得に弱くて……あと旬のものの方が美味しいのは確かだし」


なるほど。まんまとスーパーマーケットの策略に乗せられている気がしないでもないですが、エディーが満足ならそれも良いでしょう。


 スーパーマーケットを出ると私たちに


「ちょっと……」


と話しかけてくる人がいました。


「あなた、メアリーのとこのエディーでしょう?大きなって……」


話しかけてきたのは、大きな犬を連れた中年女性でした。髪の色は紫ですが、おそらく染めたのでしょう。ケイスケさんと同じ転移者らしき顔立ちです。大きな犬は私に興味があるようです。


「えっと、カトウさん? 」


エディーが戸惑いながら尋ねました。


「ああ、すんません。そうよ。小さかったから覚えてへんわよね」


「いえ、覚えています。お久しぶりです」


「元気そうね」


「はい」


「あの、エディー、この方は? 」


「ああ、この人はカトウさん。メアリーさんのお友達なんだ」


「そうなのですか」


「ええ、そうよ。貴女はみたところ家事代行ロボットだけれども、おうとるかしら? 」


「その通りです。新米ですが」


「あらまあ綺麗な発音だこと。貴女みたいな高性能ロボットが雇えるなんて、メアリーは幸せ者ね」


「えへへ、それほどでも……」


高性能は事実ですけれども、面と向かって言われると照れますわね。しかし気になることをおっしゃいましたね。


「……あの、カトウ様。メアリー様は……」


私から申し上げてよいのでしょうか。私が口籠くちごもっているのを見かねたのか、エディーが重い口を開きました。


「メアリーさんは、もういないんです」


「えっ」


「三年前に、病気で」


「そう……」


カトウさんは顔を覆いました。そのまましばらく手で顔を覆っていましたが、深い深いため息を吐くと


「そうやないかとは思うとったけど、そう、そうなのね」


とおっしゃいました。エディーも俯いています。


「……せやけどメアリーは幸せ者やわ。エディーがいたもの」


「いや僕は、何も」


なんだかしんみりした空気になってしまいました。大きな犬だけが呑気に私のスカートの臭いを嗅いでいます。


「カトウ様」


「なあに? 」


「その、メアリー様は、どんな方でらっしゃったのですか? 」


「せやなあ」


カトウ様は少し考えてから言いました。


「メアリーは、優しい子やったわ。それにめっちゃ強くてね。闘病中とは思えへんほど」


「強い? 」


「あら聞いてへん?シンガンドーの名人なのよ。メアリーは」


シンガンドー。転生者が持ち込んだ異世界の武術です。こちらの世界で魔法などの知識を取り込んだため、現在では元の武術とはすっかり別物らしいのですが。


「メアリーはお嬢様やのに気取ったところがなくてね。ウチらみたいな異世界人とも良い友達になれる子やったんやで。昔から身体が弱かったから、体格を問わず強くなれるシンガンドーに憧れがあったみたいでね。ウチが出会でおた時にはむちゃくちゃ強なってたの」


「良家の子女がシンガンドーを。珍しいですね」


「せやろ?メアリーは優しいだけやのうて偏見も少ないし、明るくてユーモアがあって、お日様みたいな子やったわ。子持ちのスミス子爵が好きだって言い出した時はどうなることかと思うたけど、心配はいらんかったみたいね。そう言えばエディー、チャーリーは元気にしとる? 」


「はい。弟はシンガンドーも続けてます」


「そう。そらよかったわ」


「メアリーさんのこと、連絡できなくてすみません」


「気にせんといて。四年前から転勤になっとってね。つい先日戻ったところなのよ。連絡先はメアリーにしか教えてへんかったから、無理ないわ」


カトウ様と私達はしばらくメアリー様の話をしました。お話しを聞けば聞くほど、メアリー様とは人に好かれるお方だったようです。


「久しぶりにメアリーの話ができて楽しかったわ。ほんなら、またね」


カトウ様は気さくな方でした。


「ビッグ、ほら行くで」


犬のネーミングセンスはどうかと思いますが。

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