第8話 ロボットとハーフエルフ 序

 D2のワクワクドキドキ、仲良し家族計画〜!


 ということで、まずはエディーと仲良くなることにしました。一週間働いて気づいたスミス家の問題点、それは家族が関わらなすぎることです。会話が、会話がないのです。


 会話の多い家族が仲の良い家族、とは申しませんがこのコミュニケーションの少なさは確実に幸福度を下げています。コミュニケーションロボットとして見逃せません。しかしながら早朝に出勤し深夜に帰宅されるケイスケさんの仕事環境を変えるのは私の職務から逸脱しますし、反抗期のチャーリーはなかなか私に心を開いてくれません。残るはエディーです。エディーは一番長く家にいますし、というかほとんど外出しませんし、コミュニケーションをとる機会は一番多いのです。


 私は行動に出ました。


「エディー、今日は一緒に街に行きましょう。食料品の買い出しを手伝ってください」


「えっ……」


エディーは嫌そうな顔をしました。


「嫌ですか? 」


「……まあいいよ。君はこの辺のお店わからないものね」


エディーは重い腰を上げました。


「じゃあ、ご飯を食べたら行きましょう」


「うん」


エディーは一人で朝ご飯を食べながら、


「でも、どうして急に? 今まではそんなことなかったのに」


と尋ねてきました。


「仲良くなりたいからです」


「……………………」


エディーは黙ってしまいました。


「エディー、私はあなたと仲良くなりたいんです」


「……ありがと」


エディーは照れくさそうに笑いました。


「でも、どうして急に? 」


「コミュニケーションは大事ですから」


「なるほどね」


エディーを観察していて気づいたことがあります。それはエディーは根っからの引きこもりではないということ。現在、エディーは家事も勉強も仕事もしていませんが、もともとそういう性分だったわけではなさそうです。


 というのも買い物に誘う三日前、珍しく早く起きてきたエディーに向かって、チャーリーが言ったのです。


「いつまでも落ち込んでないで家事ぐらい手伝ったら?バカ兄貴」


家事ぐらい、という言い方には引っかかったので問い詰めておきましたが、チャーリーやケイスケさんと違い、エディーは家事に造詣があることは私も気づいていました。そもそも台所の使い方を教えることができるということは、台所を使ったことがあるということです。お腹が空いたら冷蔵庫を漁るだけのチャーリーや、リンゴを切るのに牛刀を使おうとしたケイスケさんにはできないことです。


 いつまでも落ち込んでないで、ということはある出来事をきっかけに落ち込んで今の状態に至る、ということです。その出来事とは。まあ私は高性能なのでだいたい予想できますが、本人の口から聞きたいものです。


 エディーは本人が言っていた人見知りの他に、無気力ぎみで何事にも反応が薄いという特徴があります。反応が薄いとは無表情という意味ではありません。むしろ細かな表情は豊かなのですが、いつも困ったような薄い笑顔に収束してしまうのです。エディーは絶世の、と言えるほど私は世の中を知りませんが、十人の老若男女が十人とも美形と認めるような顔立ちをしているので、そんな表情も絵になりますが、本人の幸福度が高いとは言えないでしょう。


 だから私は思うのです。エディーには抱えている問題を相談できる相手が必要だと。ケイスケさんは多忙で留守が多く、チャーリーは若すぎます。家族には話しづらいこともあるでしょう。でもメイドロボになら話せることだってあると思うのです。仲良くなりたいのはそういう理由です。


「じゃあ行こうか」


出かける準備を整えて、エディーは言いました。ちなみに朝食で使った食器は自分で片付けてくれました。


「はい! 」


私は一週間振りに外履きに履き替えました。エディーはニット帽で髪と耳の先を覆っています。ハーフエルフはとても珍しいですから、正体を隠すのも妥当な判断なのかもしれません。なんだかもったいないですけど。


「髪の毛隠しちゃうのもったいないですね、せっかく綺麗なのに」


思ったことは口にするのが私の性分です。エディーはまた例の微笑みで


「……ありがと」


と呟きました。困らせるのは本意ではないのですが。仲良くなりたいと言ったこと、髪の毛を綺麗だと言ったこと。どちらも真実なのに、伝えたら困らせてしまうみたいです。人間って難しい。会ったことはありませんが、きっとエルフも難しい生き物なのでしょう。


「何が買いたい?予算はどのくらい? 」


「食料品が買いたいです。昨日ケイスケさんがお小遣いをくださいました。調味料などを除き、今回はだいたい三千銅貨ぐらい買えば充分かと」


なぜこの一週間買い物に出なかったかというと、冷凍しておけば腐らないとばかりに、冷凍庫に食糧がぎっしり詰まっていたからです。冷凍の効率が悪くなるのでその食料から調理していました。



 銅貨というのはこの国のお金の単位です。名前が紛らわしいですが現在は本物の銅ではなく紙幣や様々なものの混じったコインが発行されています。金貨、銀貨は廃止され銅貨の価値を基準に千銅貨単位で紙幣が発行されています。


「じゃあ、まずは食料品を売っているところだね」


「はい」


エディーは私と並んで歩き出しました。


「エディーは何を食べたいですか? 」


「…………パンとか、米とか、野菜とか、肉とか」


「質問が悪かったですね。今晩の夕食何がいいですか? 」


「カレーかな」


「昨日もそう言いましたね。カレー好きなんですか? 」


「うん。まあ」


エディーの言い方が気になりました。


「もし私が調理するのに楽な料理を、と考えてらっしゃるのならその気配りは無用です。私は高性能ロボットですから」


エディーは黙ってしまいました。


「私は高性能ロボットですから、エディーが言いたくないことを無理に聞き出そうとはしません。でも、もし言いたいことがあるのなら言ってくださいね。要望は何も悪いことではありません。また料理のリクエストはワガママではありません。私、できないことはできないと言えますから」


「そうだね」


エディーは少し考えてから言いました。


「でも、僕がカレーが好きなのは本当だよ。あとホワイトシチューが好きだ」


「ホワイトシチューですか。寒くなったら作ります」


時は五月のはじめ、ぽかぽか陽気が私たちを包んでいました。


「ありがとう。楽しみにしてるよ」


エディーは歯を見せて笑いました。

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