第5話 ロボットとスミス一家 序
私がスミス子爵家を訪れたのは、月曜日の朝八時でした。ケイスケさんが有給休暇をとられたので、ご都合が良いとのことでした。電話口でケイスケ様から前述の家族の歴史、またご子息のお名前を伺ったのは、その前日、日曜日です。
日曜日だというのに、夜遅くまでお仕事をされていたケイスケさんは、つっけんどんに私の質問に答えると
「じゃあ明日。次男はいないかもしれないけど、私と長男はいるから」
と言って電話を切ってしまいました。しかしこの電話でのやり取りで、私はいくつかの重要な情報を得ました。
一つは詳しい家族構成。ご子息が異母兄弟であることや二人には少なくない年齢差があることがわかりました。またケイスケさんがライト博士に
「ああ、いや、それほどでも。ですが仕事にかまけて子どもたちは妻に任せきりだったので、そのツケがまわってきたようです」
とおっしゃっていましたが、その妻であるメアリー様が故人であり、また長男の生みの親ではないこともこの時判明したことです。
またライト博士との会話や見た目から察してはいましたが、ケイスケさんが異世界からの転移者であり、異世界人材管理局なる組織の局長であることがわかりました。ロボット管理局のネットワークに接続して調べたところ、異世界人材管理局とは労働省管轄の行政機関であり、異世界転移者および転生者への戸籍の発行や就労支援を行っているそうです。
三人をどう呼ぶか決定したのもこの時です。ケイスケさんが
「スミス様はやめてくれ。息子たちもスミスだ。あと一応貴族ではあるが様づけは居心地が悪い。もっとくだけた呼び方にしてくれないか」
とおっしゃるので
「ではケイスケとでもお呼びしましょうか? 」
と尋ねますと
「……。悪くないが……別の呼び方にしてくれると嬉しい」
との返答でした。ずいぶん後になってから知ったのですが、ケイスケさんのことをケイスケと呼んでいたのはメアリー様以外いらっしゃらなかったそうです。そんなことは露ほど知らない私は
「ではケイスケさんで」
なんて言ってしまいました。
「ご子息はどうお呼びしましょうか? 」
「そうだな。次男はともかく長男は坊っちゃまという歳でもないし。私が呼んでいるようにエディーとチャーリーでいいんじゃないかな」
ケイスケさんはだいぶお疲れのようでした。しかしこの投げやりな選択が結果的に功を制しました。呼び名をくだけたものにすることで、私の立場は使用人から家族の一員に変容したのです。この違いにのちのち私は助けられることになります。
もう一つわかったことがあります。それはロボットについてのケイスケさんの知識です。異世界から来たケイスケさんの故郷には、私のようなロボットは存在しないそうです。ケイスケさんは人間のような機械である私の扱いに戸惑っているようでした。しかし私が家事全般をこなすことができることや、料理の腕もかなりあることに期待を寄せてくださいました。そして
「君がきてくれることになって助かったよ。正直言って私は家事が大の苦手なんだ」
と打ち明けられました。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
こうして私はスミス家の一員として迎えられることになったのです。
翌朝八時、私はスミス家の玄関前に立ちました。
「おはようございます」
声をかけると奥からケイスケさんが出てきました。まだ眠そうな顔つきです。
ケイスケさんはエディーとチャーリーに私のことを話してくれたそうです。二人は一応は私を歓迎してくれるようです。挨拶を交わした後、電話で聞いた家族の歴史について尋ねたところ、ケイスケさんは少し顔を曇らせました。
「よく覚えているね。息子たちにあまりその話題は振らないように」
そう言われて、私は自分の迂闊さを呪いました。家族の歴史が、ご子息たちの人格形成に暗い影を落としている、少なくともケイスケさんはそう思っている、ことは容易に想像できました。私はロボットなので引きこもりも反抗期も大して気にしませんが、親であるケイスケさんが気にしていらっしゃることはわかっていたはずです。
「申し訳ありません。軽率でした」
私は素直に謝罪しました。
「いや、私が悪いんだ。君が気を遣うことはない。それより、今日はうちの屋敷を案内するよ」
そう言うとケイスケさんは玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて屋敷の中へと入っていきました。私は慌ててその後を追いかけます。スミス子爵家では家の中では靴を脱ぐようです。
屋敷の中は外見以上に広々としています。
「ここは食堂だよ。みんなで食事をとる」
「なるほど」
そんなことを話しているとケイスケさんの携帯通信具がなりました。
「ちょっと失礼」
「お仕事の電話ですか? 」
「そうみたいだ」
「では聞かないようにします」
「そんなことできるのか。ありがとう」
わかりやすく聞かないようにすると申しましたが、要は取得した情報を解析するネットワークを遮断して、音の情報を言語として理解できないようにするということです。
ケイスケさんが通話を切りました。
「言語情報の取得を再開してよろしいでしょうか? 」
「ああ、どうぞ」
ケイスケさんは焦っておいででした。
「大変だ職場に行かなくちゃいけなくなった」
「そうですか」
「君には悪いんだけど屋敷の案内は長男、エディーに任せて良いかな?」
「大丈夫ですよ。私は優秀な家事代行ロボットですもの」
「ありがとう、エディーはまだ二階の自分の部屋で寝てるけど、起きたら案内させて。よろしく」
「はい」
ケイスケさんが慌ただしく出かけていくのを見送ると、私は屋敷を探検してみることにしました。
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