第3話 ロボット就職する 破
ライト博士のその質問を、私は待っていました。私が仕えることでスミス家が受けられる恩恵を答えよ。簡単なことです。これは私に与えられたプレゼンテーションの機会なのです。
「まず私の完璧な家事によって、家庭で自由に使える時間が増えます。睡眠時間を一時間伸ばすだけでも、飛躍的に健康になること間違いなしです。階段で息切れしたり、目の下にクマができたりすることはありません」
私の観察眼に驚かれたのか、ケイスケさんは目を白黒させていました。ライト博士は目を細めてらっしゃいます。こういう時のライト博士は、さも深く考えているように見せかけながら、何も考えていないことが多いのです。
「ほう、それで? 」
ライト博士はおっしゃいました。
「次にご子息とのコミュニケーションにおいて、私が間に入ることでお互いより冷静に話すことができます。引きこもり?反抗期?お任せください。私は託児所での実績があります!記憶はありませんが」
「ほうほう」
「そもそも私はおしゃべりが得意です。この研究所で受付とお茶くみをするよりも、若い人相手にこのコミュニケーション能力を活かした方がよりロボットとしてやりがいを感じます」
「やりがい、ね」
ライト博士は意地の悪い笑顔になりました。
「それが本音だなD2。君はこの限られた人しかこない研究所での仕事にすっかり飽きちまって、スミス様に取り入って外の世界に出たいってんだ。そうだろ? 」
「そ、そんなことはございません。スミス様にとって良いと思っての提案です」
「わかった、わかった。スミス様とお話しするから、君は下がってなさい」
「ハイ」
本当はもう一押ししたかったのですけど、下がれと言われたのですから、下がらないわけにはいきません。ですが聞き耳を立てるなとは言われていませんから、ドアの前で立ち聞きさせていただくことにしましょう。
「あのロボットをどう思います?スミスさん」
とライト博士。ケイスケさんは
「どう、とは……」
と少しばかりお困りのご様子でした。
「ロボットと話しているとは思えないでしょう? 」
「ああ……そうですね。若い子と話しているみたいです」
おや?ケイスケさんのご様子では『若い子』と話すのはけしてプラスではないようです。私はケイスケさんと話す時はもう少し落ち着いたトーンが適切であることを学習しました。
「D2には知り合いの娘の若い頃の喋り方を学習させましたから、そのように感じるのでしょう。優れた人工知能を持っていますから、不愉快だと伝えればすぐに学習しますよ」
そうです、ライト博士。その調子で押しきってください。
「ああ、不愉快ではありませんよ。ただ仕事のことを思い出してしまって」
ケイスケさんはため息を吐かれました。
「人材管理局も大変ですね」
「ああ、いや、それほどでも。ですが仕事にかまけて子どもたちは妻に任せきりだったので、そのツケがまわってきたようです」
「D2が口走っていたご子息のことですか? 」
「ええ」
今までの煮え切らない態度から一変して、ケイスケさんははっきりとそうおっしゃいました。ライト博士は目を細めてらっしゃいます。
「コミュニケーションに関しては、D2は間違いなく優秀なロボットです。あの子と話していると飽きませんし、その場の『空気をよくする』ことも得意です。異世界人が広めた言い回しらしいですが、面白い言い回しですよね『空気をよくする』って」
ライト博士は気の利いたことを言ったとばかりに、歯を見せて笑いました。ですがケイスケさんは面白いとは思わなかったようです。
「はあ」
と煮え切らない返事に戻ってしまいました。ライト博士、滑っております。たしかに私は場の雰囲気を明るくすることが得意ですが、ライト博士の伝え方でアピールできているでしょうか。
「D2……さんは家事代行ができるのですか? 」
この時のケイスケさんは、私をどう呼ぶか迷ったようです。D2というのは私の製品番号であり名前です。製品として扱うなら呼び捨てが普通ですが、私があまりに『人間くさい』ので呼び捨てに躊躇いをもたれたのでしょう。ライト博士はイキイキと喋りだしました。
「もちろん。人間ができることはD2にもできます。魔力機関も詰んでますから、ボディガードとしても使えますよ。コミュニケーション機能にかなりのリソースを割いてはいますが、知能だって悪くありません。秘書にもなれますよ。長時間水に沈めたり、銃や強力な魔法を撃ったりしない限り壊れませんし、ちょっとした不具合は再起動で治ります。バックアップは自動的にメモリに記憶されるので、再起動でデータが飛ぶことはほとんどありません。もちろんロボット管理局による制御が効いていますから、法律を破ったり自身を傷つけたりすることもありません」
ロボット管理局、ひいてはこの世界におけるロボットの成り立ちについて、異世界人の方がご存知なのでしょうか?もし尋ねられたら答えられるよう、私はメモリを漁りました。
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