第2話 ロボット就職する 序

 ケイスケさんことケイスケ・ミヤサカ=スミス子爵がライト研究所を訪れたのは、午後二時二十分のことでした。


 ケイスケさんはメアリー様という素晴らしい奥様を亡くされて三年、使用人を束ねるということが苦手でらっしゃるため、家事に関して大変なご苦労をされていました。ケイスケさんはそのご苦労から解放されるべく、ライト研究所に家事代行ロボットを探しにいらしたのです。


 ケイスケさんはお名前からわかる通り、異世界から召喚された方でございます。十七歳の時にグリーンヒル司祭の呼びかけに応えて、こちらの世界にいらっしゃいました。魔王との戦いで多大な功績をあげられ、跡取りのいなかったスミス子爵家の当主となられました。王国が魔王との戦いに勝利した今は、異世界から来た人々をまとめて管理する、異世界人材管理局の局長として働いておられます。要はお偉い役人さんというわけです。


 一見すると順風満帆の人生を歩んでおられるケイスケさんですが、家庭生活に関してはそうもいきませんでした。二十一歳の時に長男を授かりますが、その女性とは破局。育児も家事も使用人の統率もまるでできないケイスケさんに、救いの手を差し伸べたのがメアリー様でした。メアリー様との間には次男を授かります。メアリー様は家事に加え、ご子息を立派にお育てになられましたが、先述の通り、生来の体の弱さが祟って若くして鬼籍に入られました。


 ライト研究所においでになった時、ケイスケさんは疲れきっておいででした。


「午後二時に予約されていたスミス様でございますね。ライト博士がお待ちです」


 受付ロボットが声をかけます。


「ああ、遅くなりました。申し訳ない」


「少々お待ちください」


 ライト博士が現れるまでの間、ケイスケさんは周りのロボットをチラチラとご覧になっていました。受付ロボットは私よりだんぜん旧型のA15。つるんとしたフォルムはゆで卵のようで愛嬌がありますが、ケイスケさんとの会話からわかる通り、あくまで事務的な会話しかできません。


 コミュニケーションならば私の得意分野です。私はお茶を淹れました。


「スミス様、お茶をお待ちしました」


「ああ、ありがとう」


 ケイスケさんは銀縁のメガネをかけ、濃いグレーのスーツを着て、焦茶のローファーを履いてらっしゃいました。もともとは黒かったであろう髪は、白いものが混じり灰色になっています。異世界人の特徴である黄みがかった肌と切長の瞳は、ライト研究所の記憶しかない私には新鮮でした。


 そう。ケイスケさんはなかなかの美男子なのです。髪はきっちり分けてまとめるなど、役人らしく身なりには気を遣ってらっしゃるようですが、猫背でお茶を飲んでいらっしゃる姿には、拭いきれない哀愁が漂っていました。ケイスケさんはこのとき四十三歳でしたが、私の目にはご年齢より少しばかり年上に見えました。


「ライト博士とはお知り合いですか? 」


「ああ……いや、会うのは初めてだ。共通の友人がいてね」


「ライト博士は変わり者と評されていますが、スミス様と共通のご友人がいたとは。意外です」


「意外?そうかな」


 ケイスケさんは、私の流暢な発話に戸惑っておいでのようでした。よくある反応ですので無視して会話を続けます。


「どのようなロボットをお探しなのですか? 」


「家事代行ロボットを。それから息子の話し相手といったところだ」


「息子さんがいらっしゃるんですね」


「ああ二人いる。上の息子はもう二十二だが引きこもりだし、下の子は反抗期でね。苦労してるよ」


「あらあら」


 私の高性能ぶりに驚きつつも、少し緊張がほぐれたのか、ケイスケさんは私の頭のてっぺんから爪先まで見ておっしゃいました。


「君は……なんというか受付のロボットとだいぶ違うね。ファンシーというか、フェミニンというか」


 それはそうです。A15と比べて、私D2はかなり人間に近いロボットです。声、話し方はかなり女性的ですし、人間の耳に当たる部分には通信用の白い機械がついていますが、その他は人間の女性に似せてあります。身長も平均的な成人女性と同じくらいです。ファンシーという感想は、私の色合いに由来するものでしょう。


 私を初めて見た方はだいたい淡いペパーミントブルーの肌に目がいきます。次にピンクのおさげでしょうか。ペパーミントブルー、ピンク、そして黄色の瞳。たしかにファンシーです。


 それから私は髪型こそ変えられないものの、洋服を選べるようになっています。小さい女の子が好きな、着せ替え人形をイメージしていただくとわかりやすいでしょう。その時着ていたのはお気に入りのセーラー服ですが、エプロンも二着ほど持っていました。メイドにはぴったりですね。


 私はロボットなので当然のことながら意図があって設計されています。ライト博士はDシリーズを実験的な作品群として位置付けていて、私は『おしゃべりに特化したロボット』という個性を与えられています。


 個人情報保護の関係から記憶は消されてしまいましたが、昨年の九月までは託児所で子どもの話し相手をしていました。子ども達には大変慕われていて、洋服の何着かは子どもが用意してくれたものらしいのですが、託児所側の予算がつきてしまったそうです。


 午後二時三十分。ケイスケさんとの会話から、私は自分の次の仕事先を決めました。私はなんやかんやで高性能ですから家事代行はお茶の子さいさい。若い人がいる家庭というのも、私のスキルが活かせる場所なのではないでしょうか。着せ替えで遊んでくれそうな小さな女の子がいないのは残念ですが、ぐずぐずしていてはA15と同じような受付ロボット止まりです。私は決意を胸にライト博士を待ちました。


 それから五分後、ライト博士はいつものヨレヨレの白衣を着て現れました。ライト博士は今年で六十歳。白髪に長いお髭の食えないお方です。私の生みの親にあたります。


「ライト博士、私決めましたわ。次の勤め先はスミス様のところに」


「え!」


 当人が驚いていましたが、まあ後で説得しましょう。問題はライト博士です。


「それは君が決めることではない。だが主張は聞こう。君がスミス子爵家に仕えることでスミス様が受けられる恩恵は?」

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