幕間 咲洲香澄のエピソード

夢亜に姫子のアルバイトを勧めたことを後悔してるわけじゃない。

でも何がしたくて何を期待しているのかもわたしにはわからない。

姫子との関係は過去のこと。

それは紛れもない事実だし原因は姫子でもわたしから切ったような物だと思う。

だからもう元には戻らない。

姫子と別れてからの高校時代に色はなく何もかもがつまらなかった。

その後、大学に行って彼氏をつくって。

でもあの人じゃ姫子の代わりにはならなかった。

夢亜が産まれてからは少しだけ色味が増した気がする。

何年かぶりに世界が彩って一生守っていこうと思った。

あの人と別れたのは夢亜が中学生の頃くらいだったかな。

元々わたしから告白したわけでも惚れてもない。

夢亜には辛い思いをさしたかもしれないけどあの人と別れたのは間違っていないと思う。

夢亜が高校生になったと同じくらいに高校時代の友達から連絡が来た。

「あんた、姫子と仲直りしたの?聞いた話なんだけどあの子、家政婦雇いたいみたいよ。まだ仲直りしてないなら行って直接話してみたら?住所と電話番号送っとく。んじゃ、バイバイ」

「仲直りね……」

最初はする気がなかったが姫子のことを考える内に迷い始めた。

結局わたしは勇気が出なくて夢亜に任せてしまった。

何にも知らない娘を利用して最低な母親だと思う。

夢亜が帰ってきても姫子のことは聞かなかった。

いや、聞かなかった。

夢亜の様子からすると特に何もなかったように思える。

わたしのことなんて忘れたのかもしれない。

「また明日、姫子さんのとこ行ってくるね。カレー作るんだー」

夢亜が楽しそうに言う。

うまくやっているんだ。

一日目で沢山の心配があったけどこの子は前に進んでいる。

立派に成長したと思う。

それに比べてわたしは……?

姫子から逃げて、あの人——咲洲雄二から逃げて。

さらには夢亜を巻き込もうとしてる。

「わたしは……あの子は成長してるのに……。あの子を守るって言ったのに……」

守られてるのはわたしで弱いまま。

過去に囚われている惨めな自分。

「このままじゃダメなのにね……」

頭では感じても理解までには至らないような感覚。

「お母さん……?会社でなんかあった?話聞くよ」

わたしを気にかけて心配してくれる夢亜。

「だ、大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけ。お母さんもう寝てもいい?」

「う、うん……。お休み」

「おやすみなさい」

ああ、情けない。

夢亜からも逃げてるんじゃないの?

わたしがわたしに問いてくる。

「だって……しょうがないじゃない」

弱いわたしは誰かに助けを求めることはできない。

このまま諦めるしかない。

「それが……それがわたしの本音なのかしらね……?」

本音と言えば嘘になる。

じゃあ、このままでいいの?

何にも解決しないまま色褪せた世界にもう一度溶け込んでしまうの?

「いけないわ。そんなこと。二度としたくないわ」

じゃあ、わたしがすることは……。

「姫子と話さないとね」

これがわたしのやるべきことだから。


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