第23話 エピローグ



 三日後。

 まずは逃亡犯の逮捕に成功した。

 地上世界で!


 + + +



 地上と地下をつなぐエレベーターのその入り口で、レットーは捕獲された。

 銀髪の少女と黒髪の少女。

 必死に逃走したのに、A級冒険者の自分を彼女達はあっさりと捕まえた。

 そして聞きたくなかったあの一言が、彼の耳の奥にしっかりと刻み込まれる。


「レットー・アドフィン? 総合ギルド債権回収課です。よくも逃げ回ってくれたわねー地下世界から地上世界まで追いかけるのに苦労したわ」

「うっ、嘘だろ? 俺は今二つの―ーあっ、いや……待ってくれ。金を返したくてもここにはないんだ」

「そんなこと知ってるわよ。そっちはちゃんと回収したからご心配なく。まあ、他にも色々ともらったから利子に関しては負けてあげるわ」

「え、ってことは―ー?」

「もちろん、わたしたちもコボルトの館であったのよ。トロールのおじいさんね」

「……」


 それを聞いた途端、彼はむっつりと黙り込んでしまった。

 まだバレてないと思っているのか、二つの本来の威力を発揮できるように調整された魔眼のことを隠し通すつもりらしい。

 しかしそんなことが、この二人に通じるわけがないのだ。


「言っておきますけど、『万解』と『絶界』。二つの特級技巧を隠し持っていることについては、地下世界から地上世界への密輸とみなして没収します」

「残念だったねー。彼女怖いから、怒らせないようにしてね!」

 銀髪の美少女にすごまれて、レットーはがくりと肩を落としてしまった。

「あなたには関係ないことだけど、開けてしまった時空間の穴を塞ぐだけで三日もかかったんだから……アスティラ鉱石の効力はなくなっちゃったし」

「どうやって塞いだんだよそんなの……俺には関係ないじゃないか」

「色々とね大変だったのよ。そんなことより話があるんだけど?」

「話? 捕まえといて、今更何の話があるんだよ」


 あれだけ苦労して手に入れたのに何も残らないなんて。

 債権回収官は借りた技巧どころか、その間に培った能力や記憶や知識まで奪い去ってしまうという。

 俺は何をしてきたんだ情けない。

 そう思うと本当に情けなくなって、目尻が熱くなる債務者レットーだった。

 しかし、そんな悲しそうな素振りを見たところで見逃すアンジュではない。


「さて、と。ところで提案があるんだけどどうする?」

「提案?」


 なんだそりゃ? 命と引き換えに何か別のものでも要求されるのか?

 まさか、噂に聞く総合ギルドの実験台にされるとか……。

 嫌なものを想像してしまい、レットーはゴクリと唾を飲み込んだ。


「わたしの能力なら、あなたに貸した特級技巧も、その間に得た知識や経験もそうだけど。記憶ごと、時間ごと奪うことも可能なのよね」

「何が提案だよ? 悪魔じゃねえか」

「借りたのはあなたでしょ。いや違うそうじゃなくて、貸したものは返してもらうけど。奪ったものはわたしが複製して戻すこともできるって話」

「……は? それ奪う意味あるのか?」

「そうしないとあなたの債権が回収できないでしょ? その全部を奪うことで、本来の債権回収になるんだから」

「まあ……それはそうだが。戻してもらって俺に何の得があるんだ?」

「知識と経験と記憶と時間を戻してあげるから、というか記憶と時間までは奪わないけど。ねえ、こんなこと考えたことない? 一度、そのレベルに達っして得た知識や経験が残っていれば、今は失ってももう一度。そう、もう一度自分の手でその特級技巧を手にすることができるかもしれないって」


 アンジュの提案が理解できず、レットーはきょとんとして首を傾げた。

 何を言ってるんだこの債権回収官は。

 俺にもう一度あの館に行けって言うのか?

 いや違う……魔眼ではない、新しい空間魔法を自分で取得しろってそういうことか。

 だがそれにしても、こいつに何の得があるんだ?

 それはまさしく――。


「不正じゃねーか、それ」

「かもしれないけど。黙っていればわからないかもね? どうする、乗る? 乗らない?」

「……見返りは何を求める」

「それは簡単――」



 + + +


 地上世界に戻った二人は、疲れ果てた顔をして挨拶もそこそこに別れ、家路につく。

 マンションに戻ってみたら一緒に住んでいたら同居人ロゼッタは、「彼氏ができたから」なんて理由とともに引っ越しの準備を始めてしまっていた。

 唖然とするアンジュを置き去りにして、親友の一人は恋愛を取って去っていく。


「また一人になっちゃった」

 飼い猫を目の前にしてぼやくアンジュは、愛猫レムの首に力を使い果たしたアスティラ鉱石の残骸が入った例のロケットを、首輪代わりにつけてやる。

「あんたたちはわたしを裏切らないでよ?」

「ナーオ」


 そんなこと知らないよ。

 何て意味を込めて軽薄そうな声を飼い猫はかけてくる。

 やれやれ、と首をすくめると今朝もまたダイアンの秘書として出勤する朝がやってきた。

 いつものように地下鉄に乗り、いつものように朝食を買って、いつものように総合ギルドの最上階に出勤する。

 エレベーターが開くとそこには懐かしい顔が待っていた。


「私の朝ご飯は?」

「もちろんありますよ、ダイアン様」


 どこかに行ってしまった兄よりも今は世界のどこかをさまよっている義姉よりも。

 本当の母親のような優しさをくれる彼女のことがアンジュが大好きだ。


「ありがとう。それでどうだったの?」

「えー? 知りたいですか?」

「楽しい内容だったら聞かせてもらうわ」

「実はですねー」


 いつものように自分のデスクの上にダイアンは上着とバッグを放り出して行く。

 それをささっと片付けてから、アンジュはダイアンのオフィスにお邪魔をした。


「どうだったの?」

「とても大変でした。ハイターギルマスから、条件付きであるもの頂いたんです。それはもう本当にひどくて」

「どんなもの?」

「アステイラ鉱石の入ったペンダントです」


 これくらいの大きさのロケット型の、と両手の指先でこんな感じと大きさを示してみせる。

 それを見てダイアンはなぜかクスクスと笑っていた。


「それって、銀色のペンダントじゃなかった?」

「多分そうだったと思いますけど、なんで?」

「だってそれ、私は彼にあげたものだもの」

「えっ? 本部長が贈り物?」

「そうよ。魔王と戦った時にたまたま見つけたの、アステイラ鉱石の破片をね。だから当時、支部長になった彼に昇進祝いとしてあげたの」


 それでか。

 ハイターが出してきた条件がなんとなく理解できた。

 彼はこれをダイアンに渡してほしいと言ったのだ。

 もしかしたら求婚でもするつもりかと思ったけど、どうやらそうではなかったらしい。

 彼にとって、あれは首輪だったんだ。

 どこまで昇進しても自分の支配からは逃れられないのよ、そんな意味を込めたダイアンの意地悪だったのだ。


「ひどい人ですね、ダイアン様」

「そんなこともないわよ。それでどこまで回収できたの?」


 あーそうでした、と頭の中を切り替えてアンジュは報告書を差し出した。

 手書きは面倒だったのでもちろん、魔導端末によるものである。

 それにをさっと一読して、ダイアンはよくやったわね。そう褒めてみせた。


「レットー、捕まえることができたのね。てっきり死んでいるものかと思ったわ」

「コボルトの館からは逃走していました。でも、報告書にある通り二つの特級技巧を手にしたら―ー冒険者ならやりたいことは一つだろうから」

「地上世界に戻るところ捕まえたと」

「そういうことです。ついでに、全部回収しておきました」

「全部って……全部?」

 訝しげに問い返すダイアンに、全部ですと言い、アンジュはにっこりと微笑んで見せた。

「あなた、いま悪魔みたいな微笑みをしていたわよ?」

「本部長の部下ですから」

「言い返すようになったのね。まあ、いいわ。約束通りあなたの昇進はきちんとします。新しい部署も任せるから頑張ってね」

「はい」


 しばらくバタバタして大変だと思うけど、とその後についてきた言葉にアンジュは頬を引きつらせる。

 また忙しい日々が始まるのだろう。

 それもそれで悪くない、いつか戻ってくると聞いた兄夫婦のために。


 戻ってくる居場所は自分が守っているからね。

 記憶の中で微笑む兄と義姉の笑顔に、アンジュはそう誓っていた。

 ところで、とダイアンはくるりと背中を向けて出て行こうとするアンジュに、思い出したかのように問いかけた。


「ねえ、アンジュ。あなた誰を新しい部署に迎えるつもりなの?」

「あ、そうでした! それで質問なんですけど」

「質問を質問で返さないの、なあに?」

「えへへ、すいません。ダイアン様、現在、債務回収課という名前の部署はどこの支部にでも存在しますけど。新しい部署の名前は何という名前になされるのですか?」

「そのままよ。ただし、あなたが今やっている業務を引き継ぐところは、この本部の中だけに設置するし頭に特殊債権回収課、そんな名前がつくと思うわ」


 それで人員の方はどうするつもりなの、と最初の質問にダイアンは戻る。

 もちろん考えておりますと、アンジュは姿勢を正して報告する。


「これまでわたしが請け負ってきた、十数件の債権回収のなかでまともだと思われる債務者をーー重要な人材として登用しようと思います」

「……あなた、正気?」

「もちろん、ずっと考えてきたことです。彼らのように優秀なA級やS級の冒険者たち。もちろん債務者となった原因には人それぞれありますからそこはもう一度考慮しますが、それでも有用な人材には間違いありません」

「毒をもって毒を制す。そういうことかしら」

「かも、しれません」


 ほう、と部下の発案に恐れ入ったようにダイアンは目を丸くしてそれでも頷いていた。


「いいわ。私が本部長である限りは好きにやってみなさい。でも責任をどうとるかはちゃんと考えておくのよ?」

「もちろんです、ヘッドギルドマスター」

「じゃあ、今日からルビリンのデスクにはあなたが座りなさい。引き継ぎをして、なるべく身軽になれるように努力するのよ。新しく秘書を雇ってもいいわ、あなた専属のね」

「ありがとうございます。ご期待に応えるように努力します」


 心の底から感謝の意を込めてそう返事をすると、アンジュは本部長の部屋を退出する。

 それから夜遅くまで、引き継ぎだの人事異動の細やかな報告書を発案するだのと、働きアリよりも忙しそうにアンジュは働いた。

 ダイアンが本部ビルを出て行くのを見送って、ようやく彼女の一日が終了する。


 地下鉄に乗り自宅近くの駅で降りたところで、地下街に広がる飲食店にふらふらと足が向いた。

 とりあえず、お腹が空いた。

 なんだかよくわからないけど、極端に極端すぎるストレスがかかったみたいで、とにかくお腹が空いた。

 どこかで何かを買って食べよう

 あまりにもお腹が空きすぎて目の前の視界がなんだかぐるぐると回って見える気がする。

 一応それは彼女の錯覚だったのだけれど、回ったことには理由があった。


「あっ痛っ」


 前ばかり見ていたから足元に気がつかず、段差か何かにつま先引っかけてしまったのだ。

 思わずこけそうになりどうにかバランスをとって態勢を立て直す。


「なんなのよもうー」


 こんなところに段差なんかあったっけ?

 すぐ目の前には美味しそうな匂いが漂う居酒屋の一件もあるのに。

 ここで立ち止まっていてはお腹に入れることができなくなる。

 なんて思いながら下を見たら、人がぶっ倒れていた……。


「は? ちょっと、あなた大丈夫? どうしたの怪我はない?」


 問いかけに対してうーむ、と呻く相手は女性だったが、まるく埋まってしまい年齢はよくわからない。

 ただお腹を抱え込んでいるその姿は今まさしく、アンジュがつまずいたその先にあるもので。


 まずい。人を蹴飛ばしちゃった……。


 とりあえず回復魔法をかけて何とかしよう。

 人工女神を端末で呼び出しつつ、回復魔法をかけてアミュエラに倒れている女性の体をスキャンさせる。


(怪我の方が回復魔法で治るでしょう。ですが彼女は……極度の疲労と空腹に襲われているようです。ついでにアンジュ)

「何? アミュエラ」

(その女性はーーまだあなたと同じ年齢のようだと検査の結果がでています)

「だからどうしたの、どうすればいいの?」

(アンジュ。彼女は地上世界の戸籍を持っていないーー地下世界の魔族のようです)

「えっ!」


 一難去ってまた一難。

 アンジュは空腹でお腹を鳴らしまくる奇妙な魔族の少女と共に食事にありついた。

 そして行き場が無いと言う浮浪者同然の彼女ーーティラナ・ランバートを引っ越ししてしまった同居人の代わりに受け入れることになってしまったのだった。

 

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総合ギルドのチートな債権回収嬢 和泉鷹央 @merouitadori

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