第22話 理不尽な後始末
同時にガスパールの言う大きな何かが見えるのならば――。
欲しいものはたったひとつしかない。
「あっ?」
「まずはお前さんからだ」
そんなことを考えているとふわりとした金色の牡丹雪のようなものが天空から舞い降りて来て、アンジュの頭の上で一つ一つがゆっくりゆっくりと溶けるようにして消えていく。
やがてそれらが全て消えてしまったら、アンジュは自分の両目にそれまでなかった何かを感じた。
「……これは?」
「それはさっき言った二つの魔眼だよ。お嬢さんは生きている間はずっと使えるはずだ」
「ありがとう……ございます。こんな貴重なもの……」
「いやいや気にしなくていいよ。さてこちらのお嬢さんのほうも終わったようだし」
ペルラの方を見ると彼女の上にも金色の牡丹雪が舞い降りていた。
悔しいけれど魔族のアイドルを名乗るだけあって真珠姫は黄金の舞台の中で、本物の真珠のように銀色の輝きを放っていた。
ガスパールはこれでもう役目は終わったかな?
そんな顔をして屋敷の中に戻ろうとする。
アンジュは慌てて、頭の中に駆け抜けた知りたいことを叫んでいた。
「待って! 待ってください! まだ知りたいことがあるんです。大事なことがあるんですっ!」
「ああ、すまないすまない。年を取ると物忘れがひどくなる、あなたの願いをまだ聞いていなかった。そんなに焦らなくてもいいよ、わしはまだここにいるからね」
「すいません。知りたいことがいくつもあってどうしていいか分からなくて……」
いつしか目の奥が熱くなり、鼻を詰まらせてアンジュは涙をそっと流していた。
老トロールは、彼女の涙を見てやさしくそっと微笑んでくれた。
「わしが今話せることを伝えておこう。まずその剣だが、珍しい剣だ。シュバイエのやつが持っていた剣によく似ている。元々は聖剣か、それに似た存在。肉体を持ち人格を持つそれはまるで聖剣のようだ」
「そうーーです。兄は聖剣使いでした。義姉は……聖剣でした。でも魔王に折られてしまい、どうにかくっついたって。そんなこと言われても、失った存在はもう戻ってこないし、兄さんはどっかにいってしまったし……」
「ふむ。そうだね、わしが言えることはふたつしかない。まず、その剣は死んでいない。肉体の方はどこかをさまよっている。そうではないかね?」
「そう。義姉を追いかけて兄さんはどっかにいってしまったの。わたしをおいてどこかに」
「……アンジュ」
もう泣かないで。
そう声をかけ、ペルラは親友の肩に手を置いた。
光学魔法、溶けちゃってるよ。ひどい顔だね。
そんな嫌味も暖かく感じられる、劇毒の優しい一言だった。
ガスパールはそこまでわかっているなら、と話を続ける。
「なるほど。それならばもう少し待てばいいことがあるかもしれない」
「いいことって何ですか?」
「待っていればわかることだ。しかしその前に、あなたには色々と面白い人生が待っているような気がする。負けずにそのまま前を向いて歩くことだ、大丈夫だ。黒髪のお嬢さん。あなたには親友もついていてくれるではないか」
「はい……。確かに、そうですね」
「それではもう戻っても良いかな?」
「待って。兄はどこにいるんですか、それだけでも知っておきたい」
「うーむ……、教えてあげたいのはやまやまだが。ちょっと難しいこともあるね」
「難しい? どういうこと?」
「わしの目にはあなたの未来が少し曇って見える。こういう時は何か大きな大きな運命とか世界が何かを望んでいるようなそんな巨大な何かが関わっている時が多い。シルドの時もそうだった……いや今は関係ないな。待っていれば会えるよお嬢さん。二年、いや三年はかからないだろう」
「そう……」
「それではわしは戻るとしよう。ああ、それからこの穴のことなんだが」
「え?」
「開けたものは閉じていくのが常識だとわしは思うんだがの」
「ひえっ……」
思ってもみなかった一言がガスパールの口から飛び出して、アンジュとペルラは誰か助けてと悲鳴をあげそうになった。
まず問題なのは、どうやって閉じるか、ということだ。
穴を開いたのは、アステイラ鉱石の効力で。
その効果を自分の身を守る盾として使えば、どんな魔力も受け付けず跳ね返す万能の盾となる。あくまで対魔法用に限定されるけど……。
攻撃に向ければ、魔力の源である魔素で構成されたなにかは、あっさりとその収束――つまり、魔法によって構成・構築されたなにがしかの構造を破壊されて崩壊する。
「だから、この大きなトンネルは貫通した、と。そういうことね」
「意味はわかるけど、戻すことできんの?」
「出来なくもないけど……うーん」
と二人娘が悩んでいると、どこから運び込んだのか。
コボルトたちが持ってきた大きな椅子に座ったガスパールは、うとうとと舟をこいでいたのだが、はっと何かを思い出したように、いきなり目を開いた。
「……あの冒険者は導かれて、ここへやって来た」
「え? 導かれて?」
アンジュが不思議そうに問い返す。その手には、例のペンダントが握られていて、妖魔たちはあまり近づくな、と恐れているようだった。
ガスパールは二度ほど確認するように頷くと、
「フライには一つの魔眼を与えた。それが『絶界』と呼ばれるものだ。しかし、モノを長く使えば意識が宿る。そのせいで、アレは戻りたいと思ったのだろう。昔、産まれた場所に」
「あー……だから、レットーはここにやってきた? でも彼の前にダンジョン攻略したのは――」
「私とカーティスだけど……」
と、ペルラが申し訳なさそうに返事をする。
攻略したからといって、そのダンジョンコアをそっくりそのまま、手柄にしていいとは限らないのだ。
「あなたが『絶界』の魔眼を持ち出したおかげで、フライの地下迷宮は稼働しなくなったしね……」
「ちっ、違うし! 持ち出してなんかないよ!」
「どういうこと?」
意味不明な魔王女の返答に、アンジュは眉根を寄せた。
持ち出していない、なら、何かで……複製した?
あのレットー支部でやっていた、技巧賃貸説明会のやり方のように?
「まさか、あなた。複製したの? だから粗悪品なんだ……お気の毒に」
「うっ、うるさいっ! 第一、そっちだってそんなモンばっかりじゃん」
アンジュの持つ界離魔法のことを言っているのだろう。
正確には、そのうちの一つ『奪還』のことを言っているのだろう。もう少し正確には、その補助スキル『聖痕償還』のことだと思われるが。
「あれは奪って、全部、複製してから戻す。そんな技巧だもん。あなたが使った粗悪な複製魔法とは質が違いますーっ」
嫌味を込めて舌をだし、悪態を突いてやる。
魔王女は悔しそうにううっ、と言い黙ってしまった。
「結局、『絶界』の魔眼が長い歳月を経過して自我に近いモノを持ち、複製したペルラも、それの本体を持ち出した犯人も、魔眼の里心に知らず知らずのうちに動かされてここに来たってこと? わたしまで巻き添えにされたけど……」
「そういうことね。でも、アンジュ。あなたのその界離スキルの多さは異常よねー」
「ほっといてよ。これも兄からの遺品みたいなもんなんだから……」
と、そこに首を挟んだのはガスパールだった。
彼は聞こえて来た単語に物珍しそうに目を見開いている。
「聖痕償還、とな?」
「え? ええ、そうですけど。わたしの界離魔法の一つです」
「ふうん……黒髪のお嬢さんの兄上は聖剣士だというし、聖痕償還はもともと、限られた聖剣士にしか使えない技巧だと聞くが。お嬢さんにはいろいろと面白い冒険が待っているようだ。いつかその話を聞かせに来てほしいものだ」
興味津々に、そう言い、ガスパールは微笑んで見せた。
「それなら、さっき渡した鏡を通じたらいいんじゃない? すぐにできるし」
「おお、それはいい。年寄りの相手を是非、しておくれ」
「いいねーアンジュはそういうの大好きだから。人の面倒見るの、ね?」
さっきのお返しとばかりに、ペルラは片頬を上げて陰悪な笑みを作って見せた。
老人の相手、お疲れ様! と、そんな意味が見て取れた。
「それはいいですけど、それなら……教えて下さいません? この空間に開いたトンネルの閉じ方を……わたしが持つ時間を奪うスキルでは、どうにも上手くいかなさそう」
「ふむ……その、アステイラ鉱石の効力が死滅しても良いのなら、閉じるように念じたほうがいい。だが、せっかく二つの空間を制御する……語弊があるな。二つ揃って初めて特定の空間を歪め、一つにつなげて維持・管理できる能力を手に入れたのだ。良い練習だと思って励む方がわしは賢いと思うが?」
時間はまだまだいくらでもある。
老トロールはそう言い、ふうと大きく息を吐くとまた眠りについてしまった。
時間は確かにあった。
でもそれは、砂漠地帯特有の極端な酷暑の昼と、あまりにも寒すぎる夜を連続して二夜ほど費やすことになり――。
「ご苦労さん」
と、老トロールが満足して、二人にお褒めの言葉を授けるまで二日ほど徹夜をしなければならない作業だった。
その間、老トロールはペルラが渡したあの鏡で、地上世界へと居を移したかつての主、魔王女エミスティアと久しぶりの対面を果たしたらしい。
らしいというのは、ご主人様が喜んでいました。そういう報告を提供された食事にありついた席で、給仕をしてくれたコボルトの一人が嬉しそうに話していたからだ。
その二日間でアンジュはいろいろと噂を耳にした。
コボルトたちはトロールの世話の為に、この館の外に出向くこともたびたびあるらしい。
「昨日は貴方たちの食事を用意するために、近くの街に買い出しに向かいました。肉や野菜などの食料品、私達が必要とする油なんかもね」
「油? こんなに魔法の光が強いのに?」
「いえいえ、宝石を磨いたりするんですよ。研磨するための鉱石も必要だ。そういうのは、どこかから採掘するよりも、買った方が早い。便利になったもんです」
「妖精も文化に流されるのねー……」
「そうなんですよ。便利さというのは毒にも薬にもなる。まるで魔法みたいだ。ああ、違う。そんな話じゃない……先週ですが、ひいきにしている道具屋にね。あまりこの国では見ない魔導具を売りに来た客がいると、耳にしましてね」
「へえ」
その話、詳しく効きたいわ。
アンジュは後ろに特大の怒りと不機嫌のオーラを背負って、コボルトに詰め寄っていた。
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