第21話 本物の特級技巧
トロールのガスパールは「うーん?」、と一声うなると、猫背をさらに傾けてペルラの片目をじいっと覗き込む。
目を逸らしたいのにそれが許されない感覚が真珠姫を支配して、彼女は額から大量の脂汗を流していた。
「あ、あの! そんなに見つめられたら恥ずかしいっンですけど?」
「いやーそれはいかんなあ。お嬢さん、その魔眼はだめだよ壊れかけている」
「へーー?」
「いやいや、そんな粗悪品をつけてはだめだよ」
と、感心しないようにガスパールは首を横に軽く振った。
粗悪品?
自分が大事に大事に隠してきたものが粗悪品呼ばわりされて、ペルラは挙動不審に陥っていた。
仕方がないからアンジュが代わりに質問する。
「何が粗悪品何ですか? ちょっと意味がわからないんですけど」
「さっきあなたが言っただろう、フライという名前の冒険者がやって来なかったかと」
「ええ、確かに質問しました。それとどうつながるんですか」
「簡単だよ。この館の一番奥にわしは住んでいる。元々人の家に住んでいたコボルト達が行く場所がなくなったというのでともに住んでいるのだ」
「はあ……それはお優しいことで」
「だからな、わしらトロールというのは、こうやって山の上や岩の上に、黄金や水晶を使って館を建てるんだ。しかしそれを狙う輩がたくさんおってな。人間の盗賊などまだまだ可愛いもので、金銀財宝が大好きな竜族や戦争には金がかかると言う魔王たちが、わしらの財宝を持って行くのだよ」
「なるほど」
「いくら魔王と言ってもあまりにも無理強いされるのはこちらも辛いものがある。そんな時だ。エミスティア様が救いの手を差し伸べてくれたのは」
「あの、昔話はその辺で……」
「とにかく、わしらはもう止めたのだ。上に作るのはハリボテでいい。中の時間や空間といった特別なところを棲み処にしようとな」
「空間を司る魔法を編み出したということですか?」
「かなり長い年月がかかったが。まあそんなにたいしたものではないほんの少し歪めてほんの少し丸く繋げただけの話だ。だが人間にとっては、難易度が上がれば上がるほど攻略のしがいがあるらしいな。おかげでこの館を攻略しようという冒険者が後を絶たない」
「それでフライがあなたたちのところにたどり着いたと」
その通りだと、ガスパールは首を縦に振る。
そしてたどり着いた者には何がしかの褒美を与えたらしい。
「つまりそれは、フライが乗っていたもう一つの魔眼だということですか?」
「そういうことになるが、しかし、こちらのお嬢さんが持たれているその魔眼は、誰かに複製されたものだ。それも粗雑に複製をされておる。おかげでほんの少ししか空間をいじれないし、まともに扱えることはないだろう」
「そんなあっー!」
と、黙って事の成り行きを聞いていたペルラが、悲しげな悲鳴をあげた。
「しかしそれは真実なのだ。まあ、ここで会えたのも何かの縁。それを正しいあり方に戻すくらいはして差し上げよう。お姉様に対する恩をお返ししたいとお伝えいただければ、このガスパール、感謝に堪えません」
「ーーっ! もちろん、お願いします! お姉さんには必ず伝えますから!」
「ではそれは正しく直して差し上げるとして。もう片方の黒髪のお嬢さん。あなたが望んでいる人物はもうここにはおらん。残っているのは彼が出してくれと言ったこれだけだ」
「……は?」
老トロールが軽く合図をすると、傍らにいたコボルトの一人がお盆のようなものに何かを乗せてやって来た。
それを手に取ると、アンジュは騙されたーっ? と、頭の上から真水をぶっかけられたような衝撃に襲われた。
「いつかそれを求めてやってくる存在がいるはずだからまたしてほしいと頼まれていた。ああ、こんなものもあったな」
「……うちが貸した金貨……」
「お前さんが彼に貸したのか、ならそれはお前さんの持ち物だな。持って帰ってくれ、足りるかどうかは分からんが」
もう一人のコボルトが持ってきた大きめな皮袋が四つ。
開けてみたら中には大金貨だの、金貨だの、小金貨だのと混じりに混ざってそこにあった。
「お金は多分足りると思いますけど、この腕輪も回収しますけど。あれ何でこんなもの置いてったんですか?」
「うん? レットーと言ったか? あれもその腕輪がなければ魔眼を使えなくなってしまうと言うから。同じものを二つ与えてやったのだよ」
「同じ物ってもしかして……」
「『万解』と『絶界』の二つの魔眼だな。まあどちらにしてもわしらトロールと、あの御方が作り出したものだ。わしらの所にあっても意味がないからな」
「二つの、魔眼を……作った? あの御方?」
「なんだ知らんのか? もう地上では忘れ去られてるかもしれんな。魔眼を生み出した天才魔導師シルドのやつだ。あれはまだ生きておるのかな?」
「いやー……千年以上昔の人ですから、たぶん無理じゃないかなって……」
「そうかそれは残念なことだ。ところで方法は別としてたどり着いたことはたどり着いたことだから、お前さんは何が欲しい?」
へ?
何が欲しいと言われてもそんなことわからない。
欲しいとかどうこうよりも、今回の債権回収はあまりにも謎が多すぎて、欲しいものなんて考えられない。
「待って、どんなことでも叶えてもらえるの?」
「奇跡起こせと言われたら神ではないからそれは無理だが。シルドが残していった空間を操作するための二つの魔眼を私でやるぐらいはできるが」
「本当! それとちとも欲しいんだけど!」
「じゃあ銀髪のお嬢さん、あなたにはその二つを差し上げよう。どうやら、境界魔法を極めることはあなたの人生に必要なものらしい」
「何それ? トロールのおじさん未来でも見えるの?」
ガスパールは意味ありげにふふっと微笑むと、
「大きな物は空間を把握するようになれば見えるようになる。あなたには戻るべき場所と戻すべき相手と、その身から解放されるべき呪いがあるようだからな。最初の二つまではお手伝いできるだろう」
「……いろんなものが見えるって怖いね?」
「悪用しなければ大丈夫だよ」
「ありがとう。あ、じゃあ代わりにこれをあげる」
そう言ってペルラが差し出したのは、というか空間から取り出したのはひとつの大型の魔導具だった。
鏡のように見えるそれは、現代で言うところのテレビのような役割を果たしたり、伝説にあるところのありとあらゆるものを探すことができる水鏡のようなそんな存在だとアンジュは知識として知っていた。
「これは何かな?」
「お姉さまとお話ができるもの。大事にしてね、上に戻ったら連絡するから。どこかに飾って見ていてくれるだけでそれでいいから」
「ほう? よく分からんが、では大広間に飾ることにしよう。楽しみなことだ」
「うん!」
破顔一笑するペルラとは逆に、アンジュはそれを貰ってしまってもいいんだろうか?
と、二つの特級技巧を受け取る価値の大きさに恐れ入っていた。
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