第20話 ペルラの無駄足

 さてこの万能の盾とも呼ばれるアスティラ鉱石をどう使えばいいんだろう?

 小首をかしげて考え込むアンジュの手から、ペルラはそれをさっと奪い取ってしまう。


「どうすればいいんじゃない?」


 なんて大きな声を出して月明かりにそれを照らし出すと、中の鉱石は周囲のありあらゆる光を集めるようにして、どす黒くどぷんっと闇を飲み込むかのような奇妙な音とともに、目の前にあった建物の一部を削り取ってしまう。


 向こうに繋がっているのは――そう。

 そこには遥か向こうにまで空間そのものがまるっとえぐり取られていた。

 こちら側を入り口とすれば出口にあたる部分にはうっすらとだが、遥か向こうに位置する砂丘の一部が月明かりに見え隠れしていた。

 つまりこの館は単純にこの砂丘の上だけでなく、数キロ先の砂漠の上にまでその存在を広げていることになる。


「うっわ、えっぐい……。誰が作ったか知らないけど、結界そのものにまるっと穴を開けちゃったね」

「これが万能の盾なんて呼ばれるわけだわ。どんな攻撃も弾き返す代わりに、どんな魔力を持つ相手でも貫いてしまうんだから。恐ろしいわね」

「それさ」

「は?」

「終わったら貸してくれない?」

「別にいいけど、どうするつもり?」

「後から話す。それよりなんか出てきたけどどうすんの、あれ?」

「は?」


 槍の穂先で建物の中を貫通するトンネルの中に何かが出てきたよ、とペルラは指し示す。

 こちらからは見えなかったので入り口に顔を近づけてよくよく見たら、そこには数体の見覚えのある存在……。


「あ、コボルト? ハンズおじさんにそっくり」

「ハンズ? 誰?」

「家の近所で店をやってるコボルドのおじさん」

「へえ……そんな存在が地上にもいるんだ」

「美味しいよ」

「覚えとく」


 などと、その異常なレベルの高さ誇るが故に、のんびりとした会話を止めようとしない二人の前に来て、数体の彼らは困ったように顔を見合わせた。

 カールのかかった金髪に紅の瞳が美しい白人種のような外観――古くは農家などに住み、家主たちを支えた聖霊、コボルト。

 彼らの同族と何年も友人を続けてきたアンジュからすれば、伝説の中に生きる妖精も特に珍しいものではなかった。


「……お前たちは誰だ……?」


 不意に出現した穴の入り口付近まで姿を見せた彼らは、そこから先の外界を恐れているのか、館の範囲から出てこようとしなかった。


「私たち? えっと……」


 何だっけ? 誰だっけ?

 債務者の名前をど忘れしたのだろう。

 ペルラが困ったようにこちらを見て救いを求めた。


「わたしたち、この館の中に迷い込んだはずの男性を探しているんです。レットーっていう名の冒険者なんだけど。ああ、待って! 敵じゃないの、わたしたちは彼を連れ戻しに来ただけ。あなた達から何か奪おうとかそんなことは考えていません」

「……レットーは確かにここにやってきた」

「それなら――まだいますか?」


 いいや、と一人の風格のあるコボルトが首を振る。

 彼の後ろには頭二つほど高い何かが控えていて、


「わしが話そう」

 と、言って出てきたのは背が高く猫背でかぎ鼻を持ち、赤い帽子をかぶって黒い服を着た老人だった。


「トロールだ……」

「わしの種族を知っておるのか、銀色の髪のお嬢さん」

「え、ああ、うん。うちの国にいるよ」

「国とはどちらの国かな?」

「あーえと……ここじゃない、地上世界の西の大陸にある魔王の都だけど……グレイスケーフってわかる?」


 困ったようにペルラが説明すると老人は黙ったまま首を振って否定する。


「いやいやすまんね、わしも長く生きておるが知っている魔王様といえばこの国の魔王、エミスティア様だけだ」

「エミスティア様? ここは今、第四位の魔王エリス様の土地ではなかったっけ?」

「エリス? エリス様はもう少し東に行った場所にその国を持たれておる。ここはラスクーナだぞ?」

「ええ? ラスクーナで合ってるけど……どゆこと?」


 再度救いを求める視線を送ってくるペルラ。

 そんなことをこちらに求められても、エミスティアという名前はあなたのお姉さんの名前じゃない、とアンジュは心で突っ込みを入れるしかない。


「妙なことを話すお嬢さんたちだな。いや待てよ、わしが館の外に出るのは……」


 と、トロールは指折り数えながら自分が館最中にこもっていた年数を思い出したらしい。


「千と、二百年ほど、か? この三連の月の位置からするに、そんなに長くわしは館にこもっていたのか」


 一人吐露するトロールと、彼に向かって何かを伝えようとするが今ひとつ言葉にならないコボルトたちが困っている様を見て、


「そんなに昔だったら今とは魔王様も変わってるかもしれないわよ」


 としか、アンジュに言えることはなかった。


「魔王様の代替わりか。それはあるかもしれんな、エミスティア様は父王であるフェイブスターク様と何度かここを訪れられたものだが」


 懐かしそうな顔をしてそういう彼に、やっぱり自分の姉のことかと、ペルラは嬉しいような悲しいようなそんな気持ちを抱えていた。

 魔王の娘がさらに魔王だったなんてまあ、あってもおかしくないことだけど。

 それぐらい教えておいてくださいお姉様、と心の中で嘆息しペルラは顔を上げた。

 と言うか倍ほども背が違うトロールを見上げた。


「あの!」

「何かな、銀髪のお嬢さん」

「その、あなたがおっしゃるエミスティア様は、私の義理の姉です。本当」

「義理の姉? しかしおまえさんからは魔族というより、竜族の匂いと人間の匂いもする。不思議な感じだな」

「それは何と言うかー。私が子供の頃に竜王様に呪いをかけられて……って、そんなことはどうでもいいんだけど。言ってることは嘘じゃないから」

「なるほど。そうなると我らが主の妹様ということになるな。何かそれを証明されるものはお持ちか?」

「え、いや。それは――」


 三度目の正直。

 たぶんそれを証明するものはこれだろう。


「この指輪じゃない? 手紙もあるわ、あなたの主と言うエミスティア様からの手紙も持ってきてる」

「わしに、か? まさかそんな。あのお方がこんな老いぼれのことを覚えていらっしゃるはずがない」

「これ、読んでみて?」

「人間の娘のお前さんは、どうしてそんなこと」

「色々と関係があるのよ。いいから選んでください、騙そうとしてないから」


 そう言って指輪とともにアンジュが差し出したのは、青い封筒の中にあった手紙の中にあったもう一つの手紙だった。


「ガスパール、いかにもこのわしの名だ。調べるにしては難しい名前だろうな」

「どうして? あなたの名前なのに、調べることが難しいの? ずっとここに住んでたんでしょう?」

「銀髪のお嬢さん。ガスパールという名は、あなたのお姉さんがつけてくださった、わしだけのあだ名だよ」

「あーなるほど。とりあえず中身をどぞ」


 なんだか変な会話になってるけど、当初心配されていたS級の妖魔との奮戦……なんて大乱闘の可能性は限りなく低くなったようで。

 このまま、冒険者レットーを引き渡してくれないかなー。

 そうアンジュが願っていると、封筒の中から大きくするどいつめ先で器用に手紙を取り出して開いた彼はそれを読み進めるなり、はあ。

 と、とてもとても大きなため息をついていた。

 ため息というよりは感嘆の声。


「あのお方がこんな老いぼれのことを忘れていらっしゃらないなんて。これは何という幸せだ。なんとありがたい」

「そんなに嬉しいんだ? じゃあお願いがあるんですけど!」

「お願い? 何を願いなさる?」

「だから最初に話したレットーさんを、連れて帰りたいんですけど」


 どうやらいきなり降ってきた過去の懐かしい思い出に押し流されて、トロールは大事なことを忘れていたらしい。


「おお! そういえばそんな話をしていたな。あれは来たが、もういないぞ?」

「いない? それってどういうこと? 彼の存在はこの館の中にいるって聞いてきたんだけど……」


 腕に巻いた人工女神との回線が繋がった端末には、レットーと彼が持ち出した『万解の魔眼』の存在が表示されていて。

 人工女神は地下世界に対して干渉はできないけれども、一人の冒険者。

 特に特級技巧をインストールした腕輪型の端末は、世界中のどこに行ってもアミュエラと繋がっているはずだった。

 だから間違うはずがないのだけど。


「彼は確かにここにやってきた。お前さん方はこうやって時空に穴を開けてしまい、わしらを呼び出したが。自分の腕でわしらの元へとたどり着くことができた。あんなことができたのはそう……五百年年ほど昔にやってきたあの冒険者以来だ」

「それもしかして……フライっていう。そんな名前じゃなかったですか? もう一つ、何か別の魔眼、とか持ってたりしませんでした?」

「うーん?」


 なんとなく話が繋がってきたぞ?

 これから何が起こるのか、アンジュはちょっとだけ期待してしまう。

 そしてここに来て、なんとなーくやばそうな顔をしているのは誰でもない。


 フライの地下迷宮をクリアして。

 そこからもう一つの魔眼を持ち出して今身につけているはずの、ペルラだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る