第19話 コボルトの館
夕闇が宵闇へと変わろうとする、そんな光の境界線。
その上に、目的の館はあった。
砂丘の上にあるそれは、四階建て。
荘厳な佇まいをしていて、いつからそこにあるのか分からないほどに塵とほこりにまみれてなお、その表面を着飾る宝石や黄金の輝きを失わないでいた。
「ブッキミーっ」
金持ちの悪趣味! そんな嫌味を込めてペルラは毒づいた。
自分の肌を飾る白竜の鱗よりもその館は天から降って来た数億の星々に照らされて、不気味に輝いていたから。
この世で一番輝くのは自分だけでいい。そんな意図も込められていて、確かに劇毒姫だとアンジュは笑ってしまった。
「私、なにか変な事した?」
「べっつに、ただ真珠姫も輝かないんだなあって」
「……ほっといてよ。肌をだしたらダメだってお父様に言いつけられてるから……」
「あーそういえば」
彼女、数日に数時間は陽光を浴びなければ死んでしまう呪いに侵されているのだ、とアンジュは思い出した。
この地下世界は、地上世界の天候を反映してしまう。
上が雨だったら雨だし、雪が降れば地域によっては雪が降るのだ。
「まだ数日は大丈夫だから」
「そう」
無用な心配よ、とペルラはアンジュに告げると、登りにくい砂丘への第一歩を歩み始めた。
「ちょっとー……なんなのよこの場所。見た目よりめちゃめちゃ距離があるじゃない」
「文句言ったって始まらないわよ。思ったよりも砂丘が高かっただけなんだから」
見上げれば数十メートルほどしかないその砂丘が、実際は比較対象物のない砂漠の中ではその数倍の距離があるなんて、思わなかった。
昼間はあんなに暑かったのに夜になればこんなに寒いなんて。
寒暖の差が激しい気候の中で、二人の少女は明らかに体力を奪われていた。
とはいえ、常人ならここで疲労のために休もうと思ったかもしれない。
生憎と、一人は魔族で一人はS級に数えられるほど鍛え上げた冒険者。
どっちにしても多少疲れはしたけれど、文句が口をついて出るのは他に理由があるからだった。
「コボルトってこんなに成金趣味だったっけ?」
「噂とは大違いかな。コボルトは家に住む聖霊で、いくら妖魔に戻ったからといってこんなにゴテゴテとした金銀財宝を飾り立てて、おまけによく見たら壁も柱も、何もかも水晶で出来てるじゃない」
「どっちかって言うとトロールの方よね。伝説にあるようなベルトルトとか、バラッドトロルの類かなあ? どう思う、魔王女様?」
「わかんない……。うちの王国にいるトロールたちは、古代の神々の末裔一つ、巨人族のさらにまた子孫になるベングール・トロルだもん」
「それって何?」
「航海が得意なのよ」
「へえ……」
いざたどり着いてみたら、大理石とかまあ何かの巨岩でできた外壁だと思っていたそれは、よくよく見れば水晶の塊だった。
正確には、水晶を加工して作られた宮殿。そんな感じだった。
「館ってイメージじゃないわね。誰よこんな無駄な名前つけたの」
「外壁だけでも引き剥がして、収納魔法でして持って帰ったらーーかなり大儲けできるんじゃん」
「それが一国の王女様の台詞だと思うと悲しくなっちゃうわね」
「これでも養女ですから、私」
「ああ、そう。どうでもいいわ、養女だから成績を上げて国に貢献しないと、魔王が振り向いてくれないとか?」
「そんなことはないけど。お父さんはとても優しいから」
はいこれ、と言われて渡されたのは義姉の形見の聖剣だ。
ペルラも同じく、一振りの身長より長い槍を空間から引き出していた。
二メートル近くあるそれは、彼女曰く白銀の槍「メルクーリオ」という銘を持つ業物らしい。
光と雷を自在に操ることができるのだとか。
炎と雷を操る自分からしたら、互いのスキルがどこか似通っていてあまり嬉しくないアンジュだった。
「これどこから入るんだろう?」
館の周囲は半径二百メートルほどあり、ぐるりと一周してみたものの正面玄関と思えたそれは単なる装飾だった。
三メートルほどもありそうな巨大なドアは押しても引いても開かず、もちろん、横にスライドさせてもダメだった。
下から上に持ち上げるということが考えられたが、あいにくと二人はそれほどの腕力を持っていない。
魔法のスキルでそれを叩き壊すという方法もある。
だが今回はお忍びだ。
ペルラもアンジュも好き勝手に自分の力を出すことはためらわれた。
「あ、そういえばー」
「いいこと思いついたの? 入れないならもう帰ってもいいんじゃない?」
「それもダメよ。まだ死んでないもの」
「どうしてそんなこと分かるの?」
「分かるものは分かるの、いいからちょっと待って」
人工女神の端末を通して、この通称「コボルトの館」へと逃げ込んだとされるA級冒険者、レットー・アドフィン。
彼の生存だけは確認できていた。ここで帰るわけにはいかない、だけどどうすれば入れるのだろう。
そう思っていたら、ハイターギルマスが餞別代わりにくれた、とある鉱石を思い出した。
「あることはあるんだけど……ここに入れる良い方法。でもあなたはちょっと無理かもしれない」
「? どういうこと?」
「こういうこと」
そう言い、アンジュが取り出したのはロケット型のペンダントだ。
上を叩くとぱかりと開いたその中には、魔族の嫌う鉱石が姿を現す。
「……ゲッ! アステイラ鉱石じゃんっ?」
「そうなのよ。魔族の力の源である魔素を遮断する効果があるから……この蓋を閉じていれば効果は中和できるみたいなんだけどー、試してみる?」
「やめてよそんなの! 私に死ねって言ってるようなもんじゃん?」
「別にそんなことないけど、でもあなたが一緒にいるとそちらにはよくないかなーって」
「気にしなくていいよ」
「へ? だってあなた魔族……」
言葉の意味が理解できアンジュは眉根を顰めた。
魔王女は自分、養女ですからー、と自虐的な発言とともに信じられない事実を暴露する。
「私も人間だから」
「はあ? その姿と能力のどこが人間なのよ?」
「これ全部、竜王の呪いだから。私の力じゃないの」
「意味が分かんないー。もういいわ、時間がもったいないしさっさと済ましちゃいましょ」
「はいはーい」
ペルラは白銀の槍をブンブンと振り回して、どこから敵が出てきても問題ないよ! なんて態度で示してみせるけど。
人間だったなんて聞いてないよ。
それ以前に、なるべく妹をお願いします。
バカで無鉄砲で目立ちたがりなどうしようもない子だけど、誰でも可愛い妹だから、どうかよろしくね。
なんて書いてよこした姉のエミスティア様に謝れ、この駄魔王女。
アンジュは、そう心の中で毒づいてしまった。
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