第18話 人質の価値

「お二人様、ね。総合ギルドからの客人なんて珍しい」

「珍しい?」


 一角の魔人。

 人と魔族とのハーフか、それともオーガか。

 アンジュにはその関門は彼らの種族から成る部隊が駐屯しているように見えた。


「珍しいって、そんなに交流ないの?」

「そういう訳じゃないんだが、こんな外交特権的な馬車を仕立てて来るのは珍しいってな」

「へえー、そうなんだ」


 前回、ここをその彼の言う外交特権的な馬車がここを通過したのは、大いに興味がある。

 でもそれを尋ねたところで教えてくれるかしら? 

 アンジュがそう思い、言い淀んでいると空気を読まない劇毒姫が口を挟んだ。


「ねーねー。それっていつくらいの事?」

「あん? いつって、それくらいそっちの中で調べられるだろ?」


 それは至極当然だ。

 知りたいなら、レットー支部に戻ったときに調べれば済む話なのだから。


「私達、地上からやって来たばかりなの。エリス様にお会いしに」

「ま、魔王様っに……? 総合ギルドがなんで?」

「それこそ、そっちが調べればいいじゃない」

「……何だよ、知りたければ教えろってか?」


 オーガの青年は黒い革を嘗めした胴衣を着込んでいて、左腕に『検問中』の腕章をピンか何かで止めていた。

 それをチラリとこちらに見せるようにして、示して見せる。

 アンジュが馬車の窓から関所の奥までを覗き見ると、建物の隣には宿舎のような別棟があり、その後方に簡易テントが張られていた。


 風に乗って聞こえてくるざわめき音も、この関所にいる人員は数十人から百人に及ぶだろうと思わせる。

 何か特別な事情があってか、この場所には通常の人員以上の人数が派遣されているのは明らかだった。


「えー、教えてくれたら嬉しいなあ。こっちも教えてあげてもいいかもよ?」

「教えてあげてもいいかもって、うちの魔王様に会い行くんだろ? 俺の知って何か得することあるのか?」

「言えることはそんな大した情報じゃないってことでしょ。別にいいじゃん」


 ペルラはペルラでオーガの青年をからかうように言ってみせる。

 男性の場合、どこか素敵だとおだてた方が手っ取り早いんじゃないのかな。

 アンジュはそう思うが、あいにく自分には男性と交流した経験はあまりない。

 ここはペルラに任せた方がいいのかなと思い、黙って様子を見守ることにした。


「別にどうでもいいけどな。寒い入っていった連中が戻ってこないから、お前達が来たんじゃないのかよ?」

「お前って言わないでお前って。一応これでも、きちんとした使節なの」

「悪かったよ、使節様にご無礼致しました! これでいいか?」

「まあ、いっかなー。ちなみにその用件できたわけじゃないの」

「はあ? じゃあ何か、また攻略しに来たってことか? あんな田舎で辛気臭い場所で何があるんだか」

「そこを知りたいのよ、わかるでしょ?」

「何がだよ」


 ペルラはどこから取り出したのか、真珠色に輝くうすい一枚のかけらを自分の手のひらの上にそっと載せる。

 陽光を反射してきらめくてそれはペルラの体のどこかを飾っている、白竜の鱗のそれだった。


「教えてくれたら、これあげていいかもね」

「賄賂かよ」

「違うわよ。私のこと見覚えない?」


 はあ? とオーガの青年は眉根を潜めて思案していた。

 銀髪に真珠色の鱗を肌の上に浮かばせている少女に、彼はどこか見覚えがあった。

 今は野暮ったい村娘のような格好をしているが、この容姿にこの口調。確かにどこかでーー?


「どっかで会ったか?」

「見たことがある、の方が正しといとおもうけど」


 そう言い、ペルラはいきなりシャツを胸元までめくりあげて、素肌を晒す。

 うお、と青年は嬉しそうな声を口にして、それからなにかを思いだしように二度、三度とペルラの全身をしげしげと眺めて、硬直した。


「あ……しんじゅっ」

「はい、そこまで。分かった?」


 オーガの若者はどうやらペレラの正体に気づいたらしい。

 地上世界の魔王の娘にして、魔族全体で娯楽となっている闘技場の主催者でもある超有名な劇毒の真珠姫、ペルラ・メルクーリオ。

 まさしく本物が自分の目の前に、今まさに降臨していることに彼は気付いたのだ。


「え、嘘だよな? まじかよ……」

「秘密にしといてね? 代わりにこれあげるから」

「嘘だろ、こんな貴重なものもらっていいのか?」

「ファンサービスだから気にしないで。賄賂じゃないから……でもさっきの話は詳しく聞きたいかなあ?」


 愛嬌のある子犬のような顔をさらにほころばせて、車窓に両肘を立てると、その上に顎を乗せてペルラはにっこりと営業用のスマイルを作ってみせた。

 それは普段の彼女のことをよく知る、同性のアンジュからしても強く的なものだった。


「互いに秘密にしてくれるってんなら、いいぜ」


 こうして交渉はうまくいったのか、それとも買収がうまくいったのかよくわからないけど。

 ハイターギルドマスターがアンジュに渡してくれた公式記録にはなかったある事情が判明する。

 まあ、ここで手に入れなくてもどうせどこかで手に入ったんだろうけど。


「お兄さんありがとねー。上に来た時、その鱗見せてくれたら、フリーで入れるからよろしくね? 何連れて来てもいいよ、常識の範囲でだけど」

「ああ、行くよ。子供があんたのファンなんだ、本当にいいのかそんなこと。すげーな、夢みたいだ……」


 ひとしきり感動を味わったらしいオーガの青年は、彼だけでなくその周りにいた他の役人もいつのまにか混じってしまい、地上世界の魔王女が地下世界に降りてきていることは、もう公然の秘密となってしまった。

 彼らに見送られて関所を箱馬車は通過する。

 本当に良かったのかなあ?

 アンジュはペルラが本当の人気者なんだということを実感しつつ、箱馬車の中に音や気配を遮断する結界を展開した。


「どうしたの?」

「どうしてもないと思うんだけど、ねえペルラ。魔王さまに目立つなって言われたんじゃなかったっけ?」

「それは能力を使うなっていうことで、お忍びで行ってこいとは何も言われてないの。だからいいの」

「本当にいいの?」

「いいのよ、それにこの国を治めるエリス様にはお目通りする必要ないでしょ?」

「あなたのお父様が裏できちんと話をつけていてくれたら、ね」


 地上の魔王と地下の魔王。

 いやいや、地下世界は正式名称を魔界と呼ぶ。

 魔界から離れた場所にいる魔王の話を、魔界の中に国を持つ魔王の一人が果たして聞いてくれるだろうか。


 そんな不安は帝都を離れた時から、ずっと脳裏の片隅にあったものだ。

 いまこの場所にペルラがいるということは、魔王フェイブスタークから使者というか。

 約束を守ったという証ともいえる。


「お父様とエリス様は随分と昔から古い知り合いらしいから。問題ないと思うよ」

「上同士で話が通っていても下の方が従わないっていうこともあるしね。それにしてもさっきの話、どう思う?」


 きょとんとして、いきなり変わった話題に面食らいながらペルラは脳内で情報を整理したらしい。

 ちょっと間を置いて、あの門番たちの情報が正確なら、と話し出した。


「あいつら嘘を言ってなかったと思うよ?」

「二ヶ月前に同じようにして総合ギルド馬車があの関門を抜けたって言うのは、レットー支部からもらった資料には書かれてなかったのよ」

「そうな内部情報、私に話しちゃっていいの?」

「どうせどっかで明らかになるんだからどうでもいいわ。あなたが誰かに依頼したフライの地下迷宮の件だってちゃんと明記されてたし」

「あはは、間違いない」


 どこもかしこも抜けてるねー、とペルラは破顔した。

 しかし、その笑みはどこか顔面に張り付いて見える。まるで、とても大きな秘密を隠しているように、ペルラは振る舞って見せた。

 彼女は魔王女であると同時にエンターテイナーなのだ。

 魔族世界における、大人気アイドルと言ってもいいい。


「……そんな人質、どうにもできないじゃない」

「アンジュ? 何か言った?」

「べっつに、何でもない。支部長が何を隠しているのか、行方不明になった冒険者はまだ生きているのかとか。そんなこと考えただけ」

「へえ。その冒険者ってどんな人?」

「書類にあったでしょ? ほら」


 これ、とそのページを書類の束から引き抜いて、差し出して見せる。

 それを見た劇毒姫の感想はあまりにも辛辣だった。


「あー……この身の程知らずな人、まだ生きてたんだ……」

「生きてるって。魔眼は死んだら霧散するから、回収する意味がないでしょ?」

「勝手に殺さないで! もう、こいつが盗んでいった金貨だって回収しなきゃいけないんだから。手間がかかるからしょうがないわ」

「金貨ねー? 残ってればいいけど」

「どういう意味?」

「妖精って光り輝くものが大好きだから」

「ああ……」


 そういう意味では貸し付けた大金貨とかはもう残ってないかもしれない。

 最悪、貸与した特級技巧だけでも回収できれば御の字かなあ。

 アンジュは改めてその書類を確認して、不安な将来に向かいため息を一つ。


(ラスディア帝国総合ギルド本部所属、盗賊ギルドに登録があります。レットー・アドフィン、人族、二十八歳。帝都西区エダス通り三番地二十四に登録住所あり。冒険者レベルはA級。登録から十三年が経過しています。刑罰・懲罰はなし。二度、局長賞と奨励賞の受賞歴あり。国際ギルド連盟主催の探知魔導実務者研修では優秀な成績を残しています) 


 なんて、人工女神アミュエラと交わした会話の断片が脳裏に思い浮かぶ。

 あの頼りになる相棒は、いまここでは使えないのが悔しいところだ。

 最高のサポートをしてくれるのに……。


「無事に帰れないかもしれないよ?」

「へ? あー……エリス様のこと?」

「それだけじゃないけど、コボルトの館とか難易度Sクラスのダンジョンだから」

「そうだねーなんとかなるんじゃない?」


 ペルラは相変わらず、気楽に言って退けた。

 もし、魔王エリスが約束を破れば、魔王フェイブスタークは実の娘を殺してもいいというくらいの意志で、アンジュの側に向かわせたのだろう。

 ある意味、人質とも言えるそのやり方をアンジュは好まないし、魔王エリスが何かしらの攻撃を仕掛けてくればやることは一つ。

 二人で協力しての地上世界への生還だ。


 ああ、でも、とアンジュはもう一つの可能性に思い至る。

 エリスが約束を破った場合、ペルラは……自分の味方になってくれるとは限らないんだ、という可能性に。

 その時は、ジェイルの競争で勝ち取ったこの足元を飾る、白いハイカツトのスニーカーに複製して持ち込んだある仕掛けが活きることになるだろう。

 そんな結末は望みたくないな。


「どうして隠してたのかって気にならない?」

「その冒険者が総合ギルドから派遣されてきたってこと?」

「派遣……ああ、そうなのかもしれない。ってことは、地下支部と地上本部とで行き違い……?」

「っていうより、あなたの勤める総合ギルドも一枚岩じゃないってことよね」

「レットー支部の独断専行かあ。技巧賃貸契約説明会、なんてやってたし……」

「ま、上も下も。人間も魔族も政治が大事ってことよねー。私には関係ないけど」

「アイドルには関係ないわよね確かに」

「そーそー」


 一人頷く魔王女を尻目に車窓の外を眺めると、昼前に降りてきたはずの地下世界の太陽は、はるかの砂漠の砂丘の向こう側へと傾き始めようとしていた。

 コボルトの館まで、あと二時間の距離だと御者に確認してみたらそう返事が返ってきた。

 灼熱の砂漠の中を進んでいるはずなのに、この場所の周囲だけはなぜかとても涼しくて気温が変動していない。

 これも総合キルドの恩恵だと思えば、重要な情報を隠していたハイターに行ってやりたい文句の一つが消えてしまう。


「無事に生きていてくれたら、一番いいんだけどね」

「え?」

「このA級冒険者、レットー・アドフィンのこと。死ぬ寸前とかだったら、残された家族が可哀想だから」


 なんとなく自分の状況と彼の状況が重なってしまう。

 最も、失踪したレットーに家族がいるかどうかなんてアンジュは知らないだが。

 なぜか分からないが、魔王女も家族と聞いて何かを思い出したのだろう。

 はあ、と大きなため息をつくと、眠たそうにあくびが口をついて出る。

 どこから取り出したのか可愛い水色の毛布にくるまり、


「眠たいから寝るね。着いたら起こして」

「はいはい」


 そう言うと小さな寝息を立てて、劇毒姫は眠りの世界へと誘われていった。

 彼女の姉が書いてくれたという手紙と送られてきた品物を手にすると、アンジュは手紙の方からまず読もうと思い、封を解いた。


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